2018年09月15日

メダカ 赤ん坊から育てる 9

買ってきたホテイアオイから出てきたのか
偶然に見つけたメダカの赤ん坊
5匹位いたのが今は2匹になってしまった

見つけてから4週間にならないかな?
大きくならないんですよ
原因がわからない
小さいひ弱そうなのが1匹と
ちょっとだけ大きくなったのが1匹と
この2匹がなんとかうまくいきている
水温が下がってきたからか
動きが鈍くなった


もらってきた10匹のメダカたちは
原因不明でだんだん減って
昨日まで5匹泳いでいたけど
今朝1匹が浮いていた
これまた原因不明
残りは4匹で
今は2匹2匹で時折離れて泳いでいる
しかし
こちらも水温が下がったからなのか
じっとしているときが多くなった
ここのところの長雨で陽が指さないからなぁ。。

もらってきて2ヶ月
大きくはなったけど
だんだん減っていくのが寂しい
私の育て方が悪いのかもなぁ
どうしたらいいだろうって・・・
ゴメンなメダカたち
  

Posted by 生田 at 19:11Comments(0)TrackBack(0)メダカ飼育日記

2018年09月15日

悟り”って・・・ その4の2

 前回の「悟り”って・・・ その4の1の補足」(内容はこちら)で書いたように、仏教の中での”悟り”を考えているのではないということはおわかりいただけたかなと思うのですが。

 人生の中で”悟る”ということが一体何なのか?おそらくまともに考えると、哲学者になれるかなって思います。
 実は、私は幼少から小学校の間、身近に哲学書がたくさんありました。実の父親が学生の頃に勉強した書籍なんだろうと思うのですが、その辺は本人と話したことがないので全くわかりません。父は名古屋市にある仏教系の中学校で学び、僧侶となる資格を得ていたようです。
 そして、戦争に行って死んでしまいましたが、生きて戻れば名古屋の某大きな寺を任されるとことになっていたとご先祖さんから聞いています。死んでしまったのでそれはなくなったですが、生きて戻ってきていたら、私は今頃”南無阿弥陀仏”を唱えていると思います。

 で、私は、彼が残した哲学書を時折読んでいたようです。多分に知らないうちに哲学書に違和感を覚えない人間になっていたのかもしれません。ただ、母が宗教にかなり拒否感を持っていたので、それもある程度影響は受けているとは思いますが、父親の血のほうが買ったのかもしれません。と言って、哲学者になるなんて思ったことはないですが。まぁ、かなり終局的に哲学に近い”理論物理”をやりたいとは真剣に思っていたのですが、その夢叶わずでした。

 そういったベースを持つ私ですが、何かにつけてモノの根本を考えようとする傾向があるらしいのです。なので今回の”悟り”も仏教の教えの中で言われる”悟り”=”解脱”はモノの根本とみなしていないのです。仏教の教えは”輪廻転生””六道”などがある前提で物を考えていると私は思ってますから、そういった前提ではなく、そのもととなった考え、つまりブッダ=釈迦はなぜ”解脱”を”悟り”と考えたのか?もっと突っ込んで”なぜ六道”なるものを考えたのかということなのです。

 といって、今私が考える”悟り”は、それも頭にはなく。一人の人間として”自分の人生で何を悟るか”、”何を悟ったか”を考えるということです。
 (
いずれ、その気になったら”六道”も考えてみるかな?)

 
 この”悟り”って・・・”というシリーズの記事の”その2”だったかな?私が55歳のときに思ったことを書いたのは、”自分の死”を実感したときのこと。
 それから30年経って・今の私は何を悟ったのだろうて、自問しても、何も悟ってないなぁ。。。ていうのが現状の”悟り”かな?

 まだ頭の中には、”人のため”を考えたこともあったというのが残ってます。いつか、これについて書いてみることにします。ただ、何時書くかはわかりません。

 相変わらず支離滅裂でごめんなさい。  

Posted by 生田 at 14:55Comments(0)TrackBack(0)悟り って?

2018年09月15日

”悟り”って・・・ その4の1の補足

 ”悟り”について考えながら、いや頭に出てくるものをただ取り留めもなく書いているに過ぎないけど、その記事をお読みになった方からご教授賜りました。「”悟り”とは輪廻転生を解脱すること」と。
 この点については、仏教の中での六道の輪廻から抜けるという話は知ってはいますが、あんまり気にしたこともないので、触れることはないかって思っていたんですが。。。

 この「輪廻転生からの解脱」ということを悟りの目的(?)とするにしても、なぜこうした考えが必要なのか?という別な疑問が生じるんです。六道(天、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄の各道)を実際に経験した人がいるのか、と聞いても誰も”私が”は言わないと思います。
 では、なぜ誰も体験したことのない六道を仏教の中で説くのか?こんな疑問も生じてきます。

 だいたい、宗教というものを信じるのならば教えに対して疑問を持つことはご法度に近いかと思いますが、ときにそのご法度を破る宗教家が出てきて、宗教改革のようなものが生まれている。日本では法然、親鸞、日蓮などなど、キリスト教ではルターの宗教改革などがそれかなぁって歴史の授業の中で思ったことです。

 で、私が今考えていることは、仏教の教えの中の”悟り”ではないのです。仏教の教えの悟りなら経典を勉強すればいいことですが、まさかこの年になって今更膨大な仏典をひっくり返して勉強するなんて気持ちはサラサラないし、もともと世の主流の流れに逆らって生きてきた私ですから、一切の教えを無視して、外から”悟り”ってなんだ?”悟り”ってなんだを考えているということです。

 ということで、この先もその線に沿って”悟り”について数多の中に浮かんだことを書いていこうと思っています。
 決して、宗教を否定するものではありません。心の中にひ必要なものでもあるかと思っているので。その点はご理科いたわりたいと思います。  

Posted by 生田 at 09:22Comments(0)TrackBack(0)悟り って?

2018年09月15日

最後の1輪と未来に向けて・・・

昨日の記事に書いたように
ヒオウギは最後の1輪になりました
昨年の最後の1輪は2日前だったかと思うけど
だいたいこの時期に終焉を迎えるようです



雨上がり(上がりきっていないけど)
花に水滴がついています



楽しませてくれたえた花たちとともに



ヒオウギは終わりますが
季節は秋から冬に向けて変わっていきます
花木たちもその準備を始めています

椿の蕾が大きくなっていきます



  

Posted by 生田 at 08:59Comments(0)TrackBack(0)庭の花など
  
2015大津・京都の旅
1泊2日のドライブ旅行
2015北海道・道東の旅
1週間870kmのドライブ旅行
大学OB会と
50年ぶりの鎌倉
OB会の後に鎌倉と横浜に行ってきました
15年年頭 広島宿泊の旅
鞆の浦、竹原、宮島に行きました
14年秋 京都宿泊の旅
久しぶりに新幹線に乗りましたが・・・
13年秋 京都ドライブ旅
京都の紅葉の名所・毘沙門堂に行きました
12年秋 室生寺ドライブ旅
すてきな観音様と再会です
室生寺五重塔
12年秋 京都ドライブ旅
1年ぶりの京都です
三千院
10年秋 平泉ドライブ旅
4泊5日 2000キロの一人旅です
平泉・わんこそば
   
10年夏 室生寺 日帰り旅
素晴らしい観音さんに出会いました
室生寺・五重塔
10年初夏 宇治・長岡 日帰り旅
09年11月26日久しぶりに黄檗山満福寺・六地蔵・法界寺谷寺・長岡天神
布袋さん
09年秋京都 日帰り旅
09年11月26日久しぶりに 紅葉がきれいな京都
南禅寺の紅葉
08年秋京都 日帰り旅
08年11月25日貧乏・一人・日帰り旅の記録です。
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生田
 トップの写真は、我が家の庭で、鳥達につつかれ実もなくなり枯れ果てた柿の枝です。人生も同じで、仕事仕事で突き回されてここまで来て、落ち着いたら、だんだん枯れていくんだという思いです。  
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