2010年12月26日

坂の上の雲 第2部9回 広瀬、死す

 今日はBSテレビで10時からの放送を見ている。

 とうとうロシアに戦争を吹っ掛けてしまった。これは歴史上の事実なのでいたしかたないのだが、中で『奇襲攻撃。宣戦布告なし』といっている。この時代は宣戦布告は必要なかったもいっているのだが。
 それにしても日本はよほど奇襲攻撃が好きだと見える。
 その理由はわからないわけではない。小さい国で、経済力もなく、当選武力もさほど強いものではないのだから、まともにぶつかれば負けてしまうのはわかっているから紀州しかないのかもしれない。
 しかし、それが、相手国の反感を買ってしまうということだな。

 というのは表の話で、裏は日露戦争の場合は、このドラマでは極東総督のアレクセーエフが電報を握りつぶしたことが原因。(太平洋戦争のときは、日米間の電報のやり取りに時間がかかりすぎての時間切れ。と教えられているが)

 どっちにしても、戦争をしたいやつが始めてしまったということで、これから先に多くの血が流れることになるのだ。
 この日露戦争では、今回の話ではロシア艦隊は旅順港に入り込んでしまって戦うことをしていない。簡単を日本が鎮めようとすれば旅順港に押し掛けなければいけないが、そのためには203高地の砲台を無力化しなければ攻め入る艦隊は陸からの砲撃を受けることになる。

 旅順港に入り込んだロシア艦隊を外に出さないために、旅順港の入り口をふさぐべく船を沈める閉塞作戦を実行するのだが、これが陸からの砲撃を受け失敗終わるが、渋める船に爆薬を仕掛けて逃げる途中で砲撃受けたカッターの広瀬が命を落とすことになる。
 (この話は、何やら大敗線以前は「軍神・広瀬」とかいう逸話で教え込まれていたと聞く。

 この広瀬とロシアの軍人との友情の話が織り込まれるが、こんな話太平洋戦争のさなかだったら絶対に教えてもらえない話だろうなぁ。しかし、どこまで本当か?すべてがフィクションなのか?

 どっちにしても、戦争を始めると、多くの人が死ぬ。今回のドラマでは、死ぬ人を減らすという話が出てくるが、誰も死なない方法を説くことがない。ただ、外交官たちは、戦争を避けるべく努力をしているようだが、文体は、それの理解ができないようだ。

 人の命は重く、それをほかの人が奪うこと絶対にしてはいけないこと。


**
 坂の上の雲の2010年分は今回で終わり。後は来年の11月になるって。こういうドラマは勘弁してほしいよな。

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