2011年01月22日

小説「親鸞」 激動篇20/21

 昨日はさぼってしまった。なんとなく書きたくなくて。。。。

 今日は、親鸞の出自の話が出始めたので、書くことにした。
 
 今日のストーリーでは、親鸞が京都の日野(現在の山科区日野)で生まれたといっている。そして父親が日野有範という下級役人であったと書いている。これは、善信聖人親鸞伝絵、親鸞伝絵という後の世に書かれたものに記載されていることをそのまま踏襲している。
 しかし、これが本当なのかどうかは私は疑問を持っている。前の連載のときにも書いたけど、父親・有礼が役人であったとして、親鸞の生まれたところから通勤するのには無理がある。それに下級役人であって、今回の連載に書かれていることだと牛車も持たない身分となると、日野から京都の街中まで歩かねばならないのだ。今は40分に1本のバスと地下鉄東西線で烏丸三条まで行ってもまともに行って30以上は絶対にかかる。これを歩くと何時間かかるのだ?
 それに牛車も持てない身分の役人が日野家の別荘に住んでいたとは考えられないし・・ また出産のときだけ使ったとしても、この法界寺は今でこそ本堂と薬師堂だけだけど、昔はものすごくでかい寺で、それは日野家の別荘を寺にしたものといわれている。
 こうした矛盾を満足のいく解説をしている書物に出会ったことがないのだ。

 まぁ、お西さんがこの小説をバックアップしているから、お西さんの機嫌を損ねない話にしなければいけないだろうが、お西さんは結構この土地でひどいことをしている。
 親鸞た城の寺といわれる法界寺の南隣にお西さん恵系のよう治安があり、その西隅に「親鸞聖人産湯の井戸」なるものがある。こういう嘘を大っぴらにやっている宗教集団だということ。また、この幼稚園の東には「誕生院」というものも存在する。
 
 毎年4月には親鸞の誕生日を祝って観光バスで多くの人が押し寄せる。しかし、親鸞の誕生日は公式に記されたものは存在しない。入滅の日は、末娘・覚信尼と奥さん・恵信尼戸の手紙のやり取りで明らかにされてはいるが。

 小説しか知らない人だと、こういう有名人が書くものを信じてしまいそうになるのが、気になるものだ。夢夢、描かれていることをそのまま受け止めないでほしいもの。

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