2017年07月20日

ヒマワリ 虫に喰われる




地植えのヒマワリの花びらが虫に食われてました
まだ喰われている最中です


これは上のヒマワリの隣のです
よく見るとこれも喰われてます


一番背の高いヒマワリですが
前の2つとは離れているおですが
これも喰われ始めてます


役目を終えたヒマワリですが
ここまで萎れると哀れ
でも、ちょいと早過ぎやしないか?


露草が知らない間にあちこちに
自生?誰か植えた? 知りません。。。。


秋から冬に真っ赤な実をつけるマンリョウです
こんな花なんですねぇ


ムカゴです
これは実?花は咲いた?それともコブのようにできる?
たくさんできたら
ムカゴご飯を作ってもらいます
  

Posted by 生田 at 08:35Comments(0)TrackBack(0)庭の花など

2017年07月18日

庭の花 7月18日


地植えのひまわりがやっと開花しました
高さはプランターのものに比べると半分
1メートル弱です。



これも地植えのものですが、
今日もしくは明日の朝かな?開花は


小さい花です
この画像の3分の1もないくらいの花です

<

ユリです
いつからか自生してますが
もうじき庭のあちこちにたくさん咲きます

  

Posted by 生田 at 09:57Comments(0)TrackBack(0)

2017年07月15日

疲れ+筋肉痛+手の痙攣

 先日は迷いながら彫った薬師三尊を記事でアップしたけど、この3日はその次の十二神将の作成に入った。入ったのはいいけど気取りがものすごく面倒で、薬師三尊との大きさの兼ね合いもあるので、EXCELを使って寸法の計算に2日かかってしまった。昔なら、30分もあれば計算できたのに、ここのところEXCELなんて使う仕事もないのでからっきしダメになっている。自己嫌悪。
 それでもなんとか計算が終わったので、今度は材料をその寸法に合わせて作らねばならない。いっその素材をそのまま利用すれば簡単だけど焼くサインとの大きさの兼ね合いからかなり切らねばならないのだ。のみでほりこめばそんな面倒なことも必要ないのに、やはりぞ材はなんとか使い切りたいから、造像に必要ないところかかったしなければと。
 ということで、3体分の材料を切り出した。バンドソー(帯のこ)があれば簡単に済むの
に、持たない傘示唆、普通の鋸でシコシコ・・・・3日連続でもう筋肉痛の極み。明日はお休みしよう。のみで彫る方が楽だと実感。  

Posted by 生田 at 21:20Comments(0)TrackBack(0)趣味の木彫り

2017年07月14日

7月14日誕生日の庭の花たち

7月14日 74年前の今日はすごく暑い日だったと聞いている、叔母がそんなことを言っていたと、いつまでたっても忘れれない話だ。これを聞いたのは、高校か大学のときかな?ただ、この日が生まれた日となっているけど、叔母の話では日曜日だったとか、しかし日付で曜日検索すると水曜日なんだよなぁ。ひょっとしたら、役所への届けで変わってしまったのかな?戦時中ということもあって役所もいい加減な受付をしたのか、それとも今のように病院での出産ではないから産婆さんが書き間違えたか、はたまた叔母が勘違いしているのか?今となっては商人は美沙さん向こうの世界匂い気になっているのでわからんか?ん??いや、叔父が一人残っている、こんな話はしたことがないが、今度ついでの時に聞いてみよう。

 ということで、今日は悲しいかな、私の74回目の誕生日です。それを祝うかのように、かすかに小さい花が2種類咲いてました。そしてひ弱なひまわりも背だけ高くなって。。。


大きさは1センチないです。
咲いていると言われないとわからなかった。
家内にこん小さいの咲いているよと、教えられてわかった。
私の人生みたいな花です。


これも大きさは1センチくらいかな?
周りが緑で白い花ですぐわかったが、
それにしても小さい


背の高さ2メートルを超えた。
この角度で見上げないと見えないひまわりです。
でも茎は細く添え木がないとヘタれます。


これも添え木がないとヘタれるやつですが、
花の大きさだけは一人前で15センチ以上あります。

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Posted by 生田 at 10:45Comments(4)TrackBack(0)庭の花など

2017年07月13日

最近の円空仏模刻

 先日、円空仏の模刻でかなり迷っていると書いた。迷いながらも彫り続けているのだが、その迷いの中で掘っている作品の現状。完成には近いけど、まだまだ修正しなくてはならないところがいっぱい。10月の展覧会までには何とか修正するつもりではいる。


 音楽寺の薬師三尊の模刻です。中央が薬師如来で像高31センチ、右が日光菩薩で像高37センチ、左が月光菩薩で像高40センチです。実物は月光菩薩で74センチなので、約2分の1くらいの大きさです。本当は実物大彫りたいけど、材料がないのです。いずれ彫ってみたいとは思っています。

左は模刻ではなく、円空さん風のオリジナル作品で円空仏の「護法神」を想定してるんですが。。。
 この作品の材料は、昨年秋に我が家の庭に大きく育っていた松の木を伐採したものです。日当たりが悪いから背は高くなったものの枝ぶりが良くないし、手入れに毎年金がかかりずぎるので伐採を決め切ってもらいました。
 とは言え、そのままステイルには忍びなしし、松の木で彫るのもいいかということで、その松の木を使った最初の作品です。
 材料はまだ結構残っているので、これからはそれを生かしたものもいくつか彫る予定です。


 右の作品は、今回の薬師三尊の端材やこれまで彫った作品の端材を使って彫った迦楼羅です。まぁ魔除けのつもりで、展覧会の時にバザーに出す予定です。  

Posted by 生田 at 10:42Comments(0)TrackBack(0)趣味の木彫り

2017年07月12日

もしかして梅雨明け? 嘘だよなぁ。。。

 今日夕方、この日の暑さでエアコン入れて、そのエアコンが吐き出した水をヒマワリにやっていたら、なんか懐かしい音が聞こえて来た。なんて書いたらいいのやら、「ジンジンジン・・・」と今日は聞こえたのだが、まだ初鳴きだろうから上手くないと思う。本格的に泣けば「シャンシャン」かな?

 そして今、外ではかみなりの”ドン”という音が聞こえてくる。そう言えば昼間入道雲も出ていたなぁ。。

 真夏にはもう突入していると思うけど、梅雨明けではないか?なんて思いたくなる。後2日で私の誕生日、誕生日が近づけば夏なんです。ものすごく暑い日に生まれたそうです。  

Posted by 生田 at 19:57Comments(0)TrackBack(0)今日の日

2017年07月12日

昼飯 JRゲートタワー TETSU つけ麺

 月一の体のチェック、診察のために病院に行って来た。月一なので、この際歩かねばと、地可決の駅までと降りてから病院まで合計30分を歩く。この時期これだけ歩くとかなり汗を掻くことになる。汗をかいた後での地下鉄は急激に体が冷え込む、外は暑くてみんな暑さ対策をして来ているのに何であんなに冷やさねばならんのか、冬なんぞは合歓服着たところで暖房入れられるから汗をかいて外に出て体げ冷えて風邪をひきかないのになぁ。

 病院で、体調の現況を話見てもらったが、目下ちょっと体がむくみ気味だがこの程度なら年相応で問題なし、体に発疹が出ているが、イボみたいなもので、体を綺麗にしておけとのこと。ということで20分待って5分の診察で終了。
 さて時間は11時半、昼飯の時間だ。今日は名駅に行って何か店をさ画像。バスで行こうかと思ったら10分以上待つことになるので、駅までまた歩いた。そして地下鉄で一駅先の名駅で降りて、地下街にでて汚い向かう。 
 JRゲートタワーのエスカレータがあったので吸い込まれるように乗った。角界をスカレータで登っていく、12階まで結構時間がかかるものだと思いながら。
 12階に来て店を物色。。。。おやまぁどこもかしこも行列だよ。ほとんどが女性客、暇の中なぁ。。一番奥まで行って見たが、行列なしは大抵予算2000円以上としないと無理な感じかな?一番短いくて1000円以下のところ、それに今日は辛いものが食いたいと探したら、奥の方に「つけ麺」の暖簾が、行列は5人くらい、店の中はカウンター席が重だから開店はやそうと、入ることにした。
 えっ?行れるの前に券を買わねばならない。初めての店でちょっとした大きさの画像見て選択するのはかなり難しいが、今回は辛いものが食いたいということもあったので、「ピリ辛のつけ麺」を選択。行列の最後尾に並んだ。けっこう早く入れるかと思ったが、逆でけっこう待たされた、その理由が後でわかった。
 並んでいる時に、若い女性が剣を見せろと、これでオーダーを入れているらしい。へぇ〜〜〜

 やっと泣かない入ってカウンター席に着いた。ここで誰かが剣を見ることもなく、何のおもてなしもなく、最初に出された水を飲みながら待つことけっこう時間が・・・・・
 先に入っているよこの客もまだ食べていない。かなり待ってから横の客に麺が出て来た。それからまた時間が経ってやっと出て来た。長かったなぁ。。。。。体感30分(アァ並び初めてからね)
 
 出て来た麺を食べました。辛いわ、当然だよな辛いの頼んだんだから。麺濁って入りと七味が振りかけてある、それにしてもつけ麺のタレとこの麺で、相性は?イマイチだと思ったよ。期待した味とは違った。でも、これがこの店の味ね。まぁ最初だから、スタンダードのものを頼めばよかったか?

 さて、この店、時間がかかる理由がわかった。待たされている間ず〜〜〜と調理場を見ていたのだが、早くにオーダーを聞いている割にはカウンターに品物が出てくるまでにかなり時間がかかっている。どうも麺の茹でる釜の数が少ないのではないか?調理する人間が少ないのではないか?客の数の割には巻かない人の数が少ないという、言うなれば経費節減の極みかな?

 気になったこと。
 カンターにオーダー品を出すのは男性一人、この男性カウンターの片付けもする。食べ終えた食器を片付け、フキンでカウンターを拭くのだが、この後一応手を洗うが、その後で付近を持ってカウンター拭いて、オーダーの品を出す。これでは綺麗な手で出しているとは思えないよなぁ。
 男性はまだ手を洗って出していたが、たまに女性も出していた、この女性受付もするし片付けもするが、手を洗っていたかな????気づかなかった。(洗っていないとは言えないが。。)

 私の感覚では、ぜひお勧めとは言えないです。ただ、名古屋ではこれまでであっていないつけ麺です。かなり濃厚のタレです。  

2017年07月11日

木彫りで迷う

 木彫り、趣味で始めて7年目になるかな・・・ 仕事をおっぽり出したので、何をしようかと思っていた。最初は、敬老パスを使って市内のバスの旅をしようなんて思ったんだけど、始めて見たら、その頃はまだ癌宣告を受けてなかったのだけど、その代わりにトイレがものすごく近くて長いことバスに乗れないし、降りたところにトイレがないともう困ることになる、と気づいてやめたら、何をしたらいいのやらと思っていたのだが、そこで一念発起。昔々、大学生の頃実家から自転車で行けるところにあら顔観音があって、そこに円空仏があるので見に行った。
 そして護法神に惚れてしまったのだが、何せ木彫りなんてするつもりもなく、ただただ記憶にとどめていたのだが、その記憶がむっくり起き上がって、円空さん掘ってみるかって。。。。
 親父が使っていた日曜大工の飲みを使って何お資料もなく掘ったのが最初。本を買って来てそれを真似て掘ったのだがもの足らず、木彫り、円空仏をほり会に入って本格的に始めた。それから5年近くになるなぁ。

 決起雨たくさんの円空もどきの模刻を掘っているけど、これまではただ単に真似るだけ、それがだんだんツッコミを入れて、気持ちを入れ込んで掘り始めて2年近くになる。これまでは本を見て、写真を見てそれなrにに真似て彫っていたのだが、今年の初めに大垣の報恩寺の薬師三尊と十二神将を彫ったことで、なぜか江南市の音楽寺の薬師三尊と十二神将を掘ることになって締まった。
 そこで本を見たり、資料を色々調べたり、ついには音楽寺に行って本物を見て来たりしたのだが、はたと困った。これまで彫って来た円空仏と作風が違うのだ。十二神将は確かないいわゆる円空仏なのだが、阿弥陀三尊がなんとなく違うのだ。どう違うかというと、荒削りではあるけど、いわゆる円空仏の荒削りではなく、何となく一派なん的な仏像の堀に近いところがあるのだ。一見しただけでは気づかなかったのだが、掘り始めてしこしたってから「ん????」という気持ちになった。

 円空さんは、初期の頃の作品は、いわゆる物資の作る仏像を目指していたのではないかと思えるものはほとんど。それが伊勢に旅をして、奈良で法隆寺に行ったあたりから急に変わって知ったような気がするのだが、この音楽寺の薬師三尊はその作風のかと気になったのではないかって。。。。。そんな気がしたのだ。
 ということは、私はその作風の中に迷いを見たような気がして。その迷いをわたhし自身が迷って締まったということだ。荒削りの円空仏を目指して来た私が、ごく当たり前の仏像となると迷うことになる。
 円空仏以外の仏像も結構彫ってはいるけど、それらを彫る時は全く違う気持ちで彫るのでとうぜん違う彫り方になるのだが、中途半端な語りの迷いのものは彫る時の気分が定まらないのだ。
 ということで、このひと月半、迷いながら掘りつつある。とはいえ3ヶ月先には展覧会があるので、それまでに迷いつつも十二神将のうちの男体化を仕上げなければならない。迷いを持ったまま彫るのもそれもありかなぁ。。。。。  

Posted by 生田 at 00:24Comments(0)TrackBack(0)趣味の木彫り

2017年07月07日

今日の昼飯 諏訪屋鳴子店

 今日は木彫りの日、木彫りの会が終わって家内を途中で拾って、昼飯を食べに行くことにした。
 どこに行こうかと思っていたのだが、数年前に閉店した「諏訪屋鳴子店」が数ヶ月前に最下位になった。結構長い間閉店のままだったが、再開したことで一度はいってみるかって思っていたから。たまたま頭の中にそれがよぎったから行くことにしただけで。。。

 12時少し過ぎに到着。店の下の駐車場は満杯で、ちょっと離れたところの駐車場に回った。さいかいしたのなら駐車場の看板も塗り直したらいいのにと思うほどに昔の汚いままだ。駐車場と店の間でちょっとした道路工事、それを避けて店に着いた。
 店の外観、入り口などの雰囲気は変わってなくて、くましょのまま。少しは手入れしての再開かと思ったが、そうでもない金かけてないなぁ。。。店の中に入ったら、空席が目立っていた。通された席に座って、出されたメニューを見て、「ん???何だか品数減ったなぁ」と思ったものだ。注文取りも変わっていて何と板場で天ぷらを揚げていた板さんが直接取りに来た。おいおい、板さんは、特に天ぷらを揚げている人は調理場を離れてはいかんヨォ。火事にでもなったどうする?それに油の温度がわかるだろうに。
 この注文取りの時に、昼飯のセットと単品を頼んだ。板さん曰く「セットはバイキングが利用できますが、単品の方は別料金になります」だって。なんか、嫌味を言われたような、ちょっと被害妄想的なことが頭をよぎった。

 オーダーしたものが出て来た。蕎麦、ん???冷たくない。締まってない。不味くはないが何だか、閉店前と違う。昼¥のセットものの天丼を半分もらって食べて見た。天ぷら温度が高いのだろう、焦げている。たれはまぁまぁ、でも美味しくない。前の板さん(ちょっとお年を召してましたが)の方がうんとうまかった。

 諏訪屋は結構長いこと通っている店だが、目のの閉店した時の頃が一番うまかった。その前、数年前の板さんの時は、味が落ちた、その前も美味しかったが、今の一つ前の板さんの時が一番美味しかった。
 前の前の時に味が落ちたということで数年通っていなかったが、流時どこの行くところがなく久しぶりに貼ってみるかとは行ったら、板さんが変わった(と思っているのだが)からか、味が格段に良くなっていた。
 今回は、その逆で味が落ちて締まった。これでまた足が遠のくだろうなぁ。。。

 アァ、賄いの女性もいまいち動きがねぇ。水の追加、そば湯の出し方も、何だかあんまり関心しないなぁ。客の様子をしっかり未定なからなんだけどね。
 本店からの派遣とかいうことだが、本店も申し越し管理他方がいいように思うけど。

 もう一度ぜひ行きたい、という店ではなかくなってしまった。  

2017年07月02日

ヒマワリ 開花

何かにつけ花の咲くことが遅い我が家の庭
先日アップしたひまわりが今朝咲いた
天気のいい時に咲いてくれれば
いい色で撮れたものを
それにしても
まだまだ小さよ


太陽がきちんと顔出してないから
明るい方を向いていたようだ


午後になったら開いた
でも
太陽が出てないからいじけて
北のほうを向いていた



庭ではないところのプランターのもの
朝日が当たらないから
顔は南西をむている



午後になったら
開いたよ
向きは南西のまま




紫陽花はもう終焉です
  

Posted by 生田 at 18:22Comments(2)TrackBack(0)庭の花など

2017年06月30日

雨の日の運転免許書き換え

 来月誕生月となる。運転免許の更新の案内が来ていた。できるだけ早めにと思っていて来た。もっとも、高齢者になってしまっているので、高齢者講習も必要だが、あこちらは4月の終わりに済ませてしまっている。でもお早めにするせっかちな性格はこの歳になっても相変わらずで。

 今日は、夜中から結構な雨が降っている、9時ごろにはレーダーが赤く表示するほどの振りだった。それが過ぎると小ぶりになったので、これはいいチャンスと決行を決めたのだ。
 10時半くらいに試験場に着いた。雨が小降り。車をどこに止めようかと、とりあえず違反者の講習をしている建物のほうにいてみたら、何と、入口前の車が出て行くではないかぁ。。。ラッキーです。と言って、更新の方の建物とは繋がってないのだ。傘をさすまでもないので、上っ張りを羽織って更新の建物に。
 えぇ〜〜〜ガラガラじゃん、予想通りだよなぁ。更新書類を2500円で買って、暗証番号のバーコード作って、書類に必要事項書き込んで、視力検査して、その後で身体適応検査やら色盲検査が昔はあったのに、今日は何のしないでパス。
 
 3番窓口で引き換え手続きして、6番で写真撮って、その裏で5分も待ったかな?新しいのがもらえたよ。

 30分かからずに終わった。

 これでまた3年、ブルーのままだけど乗り続けます。たぶん、次回が最後になるかもなぁ。。。  

Posted by 生田 at 11:24Comments(2)TrackBack(0)今日の日

2017年06月29日

庭の花 季節の過渡期・変わり目かな?

今の我が家の庭は、ちょっと寂しいかなぁ・・・・
数が減ってます
暑さに向かって咲く花が変わって行く
そんな変わり目なのかも


我が家の沙羅双樹は日当たりの関係で遅咲きです
これは一番多いときのショット
今日は3輪だけになってます
もうじき終わりだな



これから咲こうと
一番頑張っているひまわり
これはプランターのもので元気に大きく
土植えのものもあるけど
こっちは半分もない背の高さ
真夏になるとこれらの黄色色が目立つだろう期待


目下一番咲き誇っている紫陽花
いろんな色があるけど
ここはコーヒーを飲んでいるからか
綺麗なブルー
コーヒーのせいではないよなぁ・・・・
まあ当分楽しめそう
  

Posted by 生田 at 11:21Comments(4)TrackBack(0)庭の花など

2017年06月27日

久々に 怒  静かにシロォ!!!

 今日は、朝から。いや昨日の夕方から体の調子がおかしい。ものすごく汗か書いて、眠くてたまらないのだ。それでも食欲だけは旺盛で・・・・

 と、そんな状態でありながら、昼飯にお好み焼きを食べようと出かけた。天白区の某お好み焼きのところに出かけた。毎度昼に行くと、ママ友連中がワイワイやっているのはわかっていたが、まぁ何とかなるだろうと出かけたのだ。
 今日は、団体さんがあったみたいで待たされた。10分ほど待って座敷席に上がった。案の定ワイワイやっている。その連中とは一番遠いところの席に案内されたのだが、うるさい。
 家内がメニューでイランでそれでいいかと聞いてくるのだが、その声が聞こえないほどにうるさい。
 彼女らのうるさいのは結構波があってとんでもない大きい時と、一瞬天使が通ったのか静寂な時と。その静寂な時に家内と会話をしなければならないのだが。ままならない。

 何とか我慢して食べ終わった。彼女らわたhしらよりもうんと前に来ているのだが、まだ蹴ろうとしない、テーブルにはもう食べるものが載っていないにも関わらず。(営業妨害だわなぁ・・・)
 帰り際にどんな連中かのぞいてみたら、長いテーブル2つ繋いで10人くらいで話しているのだが、何せ端と端が遠いから、誰かが大きい声を出したらそれを遮るにはもっとでかい声を出さないと聞こえないだろうから、みんながでかい声になる。でも私の耳には特定の数人がでかいということだ。

 毎度思うけど、彼女らは、畑が迷惑していることなんて考えないのだろうか?たぶんに自分たちが家族できて、周りでこんなことされたら、絶対に嫌な顔をしているはずなのだがなぁ。


 まぁ、何とか「テメェラうるさい。静かにしろ!」と怒鳴ることだけは押さえて来たが。。。。

 久々の「怒」であった。  

Posted by 生田 at 20:00Comments(2)TrackBack(0)

2017年06月25日

久々の震度3(名古屋)

 日曜日には珍しく朝6時に起床。朝飯を食べていたらお尻にかすかに突き上げがきた。地震だと思った時にTVに「緊急地震速報」が流れた。速報が間に合っていないのだ。それに携帯はならなかった。ということは名古屋あたりからは遠かったのかもな。。
 と思っていら、TVに情報が流れ時始めた。最初テロップで「近畿地方で指針が」なんて出たけど、NHKの情報が錯綜していたのはなぜ?
 
 時刻は7時2分。NHKはニュースが始まってちょっとしたところだったのだが。。。
 一番揺れていたのは長野県の王滝村で震度5強。ということは御嶽山に近いところが震源のよう。御嶽山は、先日警戒を一ランク下げたばかりだったが、大丈夫か?

 それにしても等々日本のど真ん中でこれだけの揺れになった。フォッサマグナに近いところでの揺れは、何かこの先を暗示しているのかなぁ?いつかは起きると言われている”東南海地震”の前触れでないことを祈るが、前触れであってもおかしくはないかとも思うし。。。複雑。

 何はともあれ、いざという時の心構えだけはしておかないとなぁ。  

Posted by 生田 at 07:32Comments(0)TrackBack(0)今日の日

2017年06月24日

4泊5日 石垣島の旅 最終回 お家に帰ろう

 那覇空港を夕方出発。だんだん暗くなって何も見えなくなって、寝るかなぁ・・・と思えども寝付けなくて、何をしたらいいのやら。席の上のモニターを眺めているくらいかな?

 機種によってモニターに表示されるものが違ったりする。それでも今回の旅行はどこを飛んでいるかを表示しているので分かり易かったといえば分かりやすかったかな?
 左はまだ種子島あたりを通過していることかな?結構高いとこ飛んでるんですね。33000フィートだからざっと1万メートルってとこですか。高所恐怖症の私にしてはこんな高いとことんで大丈夫んでしょうか?と言われそうですが、なぜか飛行機の中は大丈夫です。ただヘリコプターや、セスナみたいなものはダメだと思いますが。


 那覇空有高からセントレアまではざっと2時間。行きはセントレアから石垣島まで2時間半くらいだからそんなもんかと思うけど、前日の石垣島から那覇までは1時間近くかかているから、那覇と石垣島の間はそんなスピード出してなかったということなんでしょうね。

 

 上の画像は、紀伊半島沖のあたりを通過中もので、この後まっすぐ北上してた奈緒かな。何せしたがあ真っ暗で難問見えないからどの方向かもわからんかった。
 紀伊半島の沿岸の上空に来たところあたりから地上の夜景を見ることができるようになったけど、なんかケメラを下に向ける気が無かったらしくて何も取らなかった。結構綺麗だったのにねぇ。伊勢湾を通り越して着陸態勢。だんだん地上の景色が近くなってくる。そして着陸、ものすごいショックだったぞ。落とすのはわかるけど、いくら何でもきついわ。降りぎわにCAに「機長に、ちょっときつかったぞ、って言っといって」といったっら笑ってななぁ。多分彼女もそう思ったのかも。

 手荷物を預けた関係で外いでるのにかなり時間かかった。預けなければ時間垢からないけどね。荷物を引張って名鉄の乗り場に行く。何に乗ろうか?時間も遅いから一番早く出るミューだっけ、特急に乗った。乗ったのはいいけど、荷物が足りない。家内が切符を買う時に置いたまま改札を通って来たらしい。幸い発車までちょっと時間があったので、大急ぎで取りに行った。改札あたりでわかってもらえたも遺体で難を免れた。

 神宮前で降りてここから滅多に乗らないタクシーに乗った。一昨年北海道旅行の帰りに荷物を宅配で送って、神宮前からバズにしたら、とんでもなく時間がかかりすぎたので、荷物を宅配する文でタクシーに乗ることにした。この方はちょいと金かかるけど早いわぁ。

 お家に着きました。おうちはカ家事にも会わず泥棒さんも入っていなくて無事でしたよ。

 お疲れでしタァ。。。。。 風呂沸かして、ゆっくり寝ました。


 2ヶ月以上の連載になってしまった。お読みいただいた方には途中途切れ途切れでもあったので、ご迷惑をおかけしました。 
 
 さて、次は、どこに行こうかなぁ。。。。。。。。 車で行きたい。温泉に入りたい・・・  

Posted by 生田 at 14:15Comments(2)TrackBack(0)旅行など

2017年06月23日

小林麻央 逝く に思うこと

 きょう2017年6月23日の政治などを除く最大の話題が「小林麻央逝く」ではないかと思う。
 言わずと知れた”市川海老蔵”の奥さん。そして”乳がん”の闘病記をブログで書き続けて来た彼女。まだ若いのに、人生ってわからんものです。

 彼女のブログの中に「抗がん剤で毛が抜ける、その対策のウィッグ」とニュースの中で見た。彼女は抗がん剤を使っていたということで、ステージ4でどうしようもなかったのかもしれないが、どの段階から抗がん剤を使っていたのか?副作用はどの時点でで始めたのか?こんなことを本人から聞いて見たかった。
 私自身ステージ4のガンを抱えていた人間。もっとも彼女の癌が女性特有に近い(というのは乳がんは男でも発症するが極めて少ない)癌で、私の場合は男専用の癌で比較の対象にはならないのだが、”抗がん剤”という言葉にどうしても反応してしまうのだ。
 
 実は、某病院の癌患者の集いに毎月参加しているのだが、乳がん患者は独立したグループを作っていなくなってしまった(らしい)ので、現在どのくらいの人が乳がんで抗がん剤を使っているかわからない。しかし、その他の癌で末期と言われている人と多く接している。ステージ4でなくともなかなり重症の人もいるし、私のように4でありながら6年経って平穏に生活しているのもいいる。
 この患者の会で知る限り、結構な人が抗がん剤を停止している。抗がん剤を初めて対象を崩してしまう人がそうした停止という選択をしている。抗がん剤を売っている時には副作用に悩まされていたが、辞めてからはその悩みから解放されて、かなり楽に生活している人も結構いる。逆に抗がん剤をを続けていた人で旅立たれた方も多くいる。私の義弟も抗がん剤を売ってい事で癌宣告から半年持たないで逝ってしまった。

 抗がん剤は、避けて通れないのか?これは担当医師によりけりかもしれない。副作用が出はじめた時に、患者がどのようにその症状を話すかにもよりけりだが、多くは「抗がん剤しかない」という宣告をしている可能性が高い。
 癌は、患者100人いたら100通りの症状があると思う。全く同様の症状ではないらしい。さらには、抗がん剤の副作用も症状はそれぞれ違っていると、接している人の話から思う。私は、本来の”抗がん剤”を使ったことがないのでコメントできない部分だが、別な意味で癌対策として”ホルモン剤”を使用している。
 前立腺癌の場合、手術、放射線、ホルモン剤、抗がん剤などの処方があるが、私の場合は手術、放射線が適用できないまで進行した癌だったわけで、残されたのはホルモン剤だけだったから結果としてホルモン剤治療ということになったのだが、このホルモン剤治療の結果は現時点で担当医も驚くほどの効果を得ていて、多くの場合5年から6年くらいで再燃する可能性が高いのだが私は6年経った今も効果は全く変わっていないで継続している。
 しかし、一方で同じ処方でありながら効果の出ていない人もいると聞いている。その効果の出ている私でもホルモン剤の副作用のおかげで自律神経がめちゃくちゃになっているが、これは可愛いものと思っている。

 抗がん剤とホルモン剤とは大きく違うが、副作用があるという共通点で見た時に、その副作用の程度は患者一人一人違うのだが、その副作用を担当医がどう判断するかで、治療方針が決まるだろうが、医師は患者で本人ではない、患者の体の中で何が起きているのかを正確には把握できていないかもうせいもある。
 入院治療しているとかなり難しいが、通院治療の場合は「セカンドオピニオン」をするべきだろうなぁ。

 よく耳にするのは、抗がん剤治療をしていた患者が死ぬと「抗がん剤にやられた」と。多くは真実ではないだろうが、一部は真実だと言えるようだ。祈願剤で副作用がひどい時はそれなりに医師と真剣に話をするべきだろうし、本来医師はもっともっと詳しく副作用を患者に話さねばならないし、副作用の研究をしなくてはならないと思っている。

 癌患者は、がん検診の精度の向上でこれからも増え続けるだろうが、その治療に関してもっともっと医療側は情報を公開、いや広く伝わるように考えるべきだと思っている。


 最後に、小林麻央さんのご冥福を心から祈ります。  

Posted by 生田 at 22:36Comments(2)TrackBack(0)今日の日

2017年06月23日

金曜日の墓参り 暑くて・・・

 今日墓参りに行って来た。本当は数日前に行かねばならんのだけど、なんやかんやスケジュールが混んで今日になってしまった。
 まぁ午前ぞさんの命日でもないんだよな。月命日は数日ずれているけど、今日よりも前、なので・・・

 車で行っているのだが、緑の公園墓地は道路整備されたはいいけど、出入りが面倒になった。それに整備された道路がまだ完全ではないけどいずれ幹線になるもので、まだ知れ渡っていないからそんなに交通量は多くはないものの段々知ったドライバーも増えて来て出入りに気を使うことが多くなった。

 今日も入るときは、後ろにトラックがぴったりくっついていたので、早めにウィンカーを出して墓に入ると宣言をしてことなきを得たが・・・・

 公園墓地の中は墓参の人はまばら、なので車はどこに止めようとも平気な感じだ。ということで木の陰になるところに止めた。
 墓に行くと毎度の草抜きをするのだが、例年に比べると草が少ない。雨が少なかったせいなのかな?墓の掃除が楽でいいけどねぇ。

 掃除をして、手を合わせて、終わり。

 車を出口に走らせたが、今日みたいに空いているときはいいけど、お盆や年始、それに彼岸などの時はもうめちゃくちゃ混雑すると思う。そう行ったことが考慮されていない道路整備で、計画したやつの顔が見たい。

 観戦になる道路の下をくぐって、公園事務所の前を通って反対側に出るのだが、この出口がまた見にくい。右からくる幹線道路の車を見るのが難しいのだ。が^ドレールト植木が視界を邪魔している。おそらくそのうちに交通事故を起こすことになると思う。
 きょうも気をつけて出たつもりなのだが、幹線に出たら少しで追いつかれた。そしてパッシングをしおった。されるいわれはないのだが、かなり向こうはスピードを題していたのだろう。ちょいうと腹が立ったが。。。。。

 お昼を過ぎていたので、ヒルズウォークで昼飯。まだ腹が空いたか感じがしない。  

Posted by 生田 at 16:58Comments(0)TrackBack(0)今日の日

2017年06月23日

4泊5日 石垣島の旅 最終日 12 那覇空港

 ゆいレールで那覇空港に到着。石垣島から来たのが前日だったなんて思えない、何か長くいたような錯覚がここでも。なんでそんな錯覚になるのかわからないんですが・・・
 空港に着いたものの全くの不案内、来た時とは全く違う場所なので右往左往というところ、なんとかANAの受付カウンターを見つけてたが、まだ荷物を預けるわけにはいかない。トランクを一つからに近くしてあるから、これから土産を買い込んでそれに詰め込まねばならないのだ。といって、私は首里城のあののぼり下りと国際通りを歩いたことでもう足が限界に近い、とりあえずANAのサービースクーポンで買えるものを買いに売店をうろちょろ、そこで石垣島の織物を使った名刺入れを買った。(あの模様は石垣島の独特ものらしくて初日に先輩が来ていた服の模様もそれだったなぁ)
 それから家族やらご近所へのお土産を買った、買った。トランクに詰め込んで登場受付カウンターへ。この時私は足がもうパンパンに張っているから首里城の上り下りに使った杖をそのままついていた。カウンターの係りの女性が「お足がお悪いようですが、機内でお手伝いが必要ですか?」と尋ねて来た。そこまでは必要ないかと思ったので「結構です」と答えた。
 それからまだ時間が1時間近くあったので、家内はあちこちと冒険をしていたが、私は椅子に座って売店の様子を観察していた。観光客がいっぱい。さすが沖縄那覇空港。単純なローk流空港ではないなぁ。などと思いながら。

 時間も残り30分くらいになったので搭乗口に移動して待つことにした。そして登場案内のアナウンスが。最初は子供づれや体の不自由な人の案内があったのだが、私は移動だけで列に並んでいたが、前の方だったこともあって係りの女性から声をかけられ、「〇〇様ですか?」と聞かれたので「そうです」と答えたら、先に登場くださいと言われた。荷物を預けた時の係りが杖をついていたことを連絡していた(多分コンピュータに入力した)のだろう。ここはありがたくと先に登場させてもらった。(左の画像は待合から外を見ています)


 機内に入って席に着いた。おぉ〜〜〜〜また主翼のところだヨォ。。。これで3機ともに羽の横それも必ず右側で。。。。ありがたいのかどうか、できれば主翼の前の方がありがたいんだけどねぇ。。。。

 さて、最後のフライトです。まずは南に向けて飛び上がったようです。太陽が右に見えている。。。。


 だんだん外の明るさが消えていきます。そして何も見えなくなりました。夜のフライトは、海の上がつまらんですねぇ。昔アメリカに行く時も暗くなると外の星を見ていたのですが、星の名前なんか知らないからすぐに飽きてしまって寝たのをもいだしましたね。

 さて、次回は最終回「お家に帰ろう」です。
  

Posted by 生田 at 09:32Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2017年06月20日

4泊5日 石垣島の旅 最終日 11 那覇空港へ

 交際通りの脇道で、オアシス的な喫茶店で時間を過ごし、腹も膨れたことで、もう時間的な余裕もなくなって来きました。フライトの時間はまだ少し余裕はあるはずですが、何せこれまで歩くには荷物は少ない方がいいとばかりに、土産物は最後の最後空港で買うことにしているから、その時間のために早めに空港にいかねばならないのです。
 
 喫茶店を出て、国際通りに戻って東に歩いて牧志駅に。そして、コインロッカーから荷物を取り出してエスカレーターでホームに上がった。
 余談ですが、旅行に出る前は、各駅にコインロッカーがあるという想定をしていなかったので、朝ホテルをチェックアウトしたらまず空港に行って空港のコインロッカーに荷物を預けておこうと思っていたのだけど、ゆいレールの各駅にコインロッカーがあるので、できるだけ時間を無駄に使わないようにと牧志駅のコインロッカーを利用したのです。これは本当に助かりました。

 さて、最後のゆいレールです。乗客の多くが空港へ向かう観光客といったところです。そんなに運んでなくまた最前列の席を取ることができました。

 ここから空港までは、もう景色などの記憶もほとんど残ってません。なので書くこともなく。。。。(かなしいなぁ)ということで、ショットしたゆいレール内からの景色を羅列しておきます。


ゆいレールのすれ違いです
空港までの間に何回見たかな?結構見たような・・


国場川のほとりを南下しています


右に曲がると空港駅です


これが沖縄で最後に乗った乗り物 ゆいレールです




  

Posted by 生田 at 22:30Comments(2)TrackBack(0)旅行など

2017年06月17日

4泊5日 石垣島の旅 最終日 10 国際通りの脇道で



 牧志駅についた。このまま改札のコインロッカーに預けた荷物を取り出して、空港へっ直行なんてこともできるけど、フライトの時間まではまだ4時間くらい残っている。首里城で食べたお菓子だけでは昼飯にはならないから、何か食べておきたいという気持ちが大きく、国際通りで食べるところを物色しようと思ったのだ。
 何度か来た牧志駅の改札。なんか慣れてしまったような錯覚なのだが、その改札を出てエレベーターで地上に下り、国際通りを左に死に向かって歩き始めた。少し行ったところで下の画像のようなところに行き着いたのだが。。



 この画像ではわからないですが、左に一部を拡大したのですが、その画像のような英語だけ書かれているもので、ターゲットが誰なのかわからいものでした。それでも興味を惹かれたので行ってみることにしました。まぁ最悪コーヒーくらいは飲めるだろうという期待を持って。

 細い路地を奥に入って行くと右手に可愛い喫茶店がありました。ほんと間口のそんなに広いものではなく、なんとなく懐かしい感じのお店です。

 この外見だけではどんな喫茶店なのかわからないので、とりあえず中に入ってみた。うわぁ、可愛いわぁ。お客が2組いたかな?入口近くはすでに席はないと、ということで狭い通路の奥へ入りました。そこには数卓のテーブル席です。これも懐かしさを覚えたのです。
 なぜか?と問われると、返答に困るということではなく、石垣島からおきわわ本当と今日で5日目の最終日、正直行って朝食をのぞいて郷土料理、沖縄料理にばかり接してきたような感じで日常の食生活ではなく、なんとなく日常の食生活に懐かしさを覚えたわけrです。


奥の席から入口を見ています



上の画像の右側の壁です


 これは、入口を入ったところでまっすぐ突き当たりまで行きました。そこは左右に広がってますが。。。そんなに広くないですよ。もで、雰囲気は良かったなぁ。

 実は店のことに気を取られ食べたもののショットを完全に忘れていた。ということで食べたものの画像はありません。その代わり、公式のTwitterのページで確認してください。

 石垣島、沖縄に来て、食べるものに多少飽きたという向きには、オススメのお店です。夜はスタイルが違うのかもしれませんが、それはみていないのでごめんなさい。

 い店の方に、店内の写真を撮る許可をもらうときに、帰ったらブログに載せると話したのですが、2ヶ月もたってしまったので、申し訳ないなぁと思っています。
 まだできてそんな時に時間の経っている店ではないですが、旅行者の救いになる店として、紹介しておきたいと思いました。

 場所などの詳しいことは上に書いたTwitterのページで確認してください。ケーキもコーヒーも美味しかったお店です。ぜひどうぞ。  

Posted by 生田 at 15:43Comments(3)TrackBack(0)旅行など

2017年06月17日

(復旧した)星猫ブログの画像アップができなくなった

トラブっていた画像のアップが復旧しました。19日午後1時頃連絡あり、これは復旧後に画像を再アップしたものになってます。



***********************************以下が最初の投稿記事********************************************
 この記事には本来、画像が表示されなければならないのだが、なぜか表示されなくなってしまっている。昨日旅行記事を書いた時はなんともなかったのだが、今日になって旅行記事の追加を書いていたのだが、画像の取り込みが複数できなくなり、単一の取り込みではトリコ民謡の画面には表示されるが、プレビューもアップしたものも画像の表示がされないのだ。

 目下、サポートの電話待ち状態。  

Posted by 生田 at 14:57Comments(0)TrackBack(0)PCの話

2017年06月16日

4泊5日 石垣島の旅 最終日 9ゆいレールで国際通りに

 首里城を後に、ゆいレールの首里駅に戻ります。首里城からは、いったん下まで下りてまた駅まで登るという、疲れ切った足にはかなりきつい行程です。でも、ここではタクシーも呼べないし、まだしろ中でしからねぇ。まぁ、外に出て芸大の前あたりからということも考えたけど、運転手に叱られるだろうなぁと思いとどまって、なんとか歩きました。

 下に降りで芸大の前に来る前にちょいと困ったことに遭遇。城から下りきって右手に円覚寺という寺があるんですが、そのまでに一人のちょいと年のいった女性がいて話しかけて来たんですが、何をいってるのか?多分に円覚寺を見ていけといっていたのかと思うのですが、どうにも理解に苦しんだ、それにもう余分にある北買うないから拒否していたんだけど、最後の最後までしつこくなんか喚いていたような。。。。耳の悪い私です、話kめいていたようにしか聞こえなかったので、違っていたらごめんないさね。

 このまままっすぐ多通りまで出て右折。ここからがしんどい上り坂です。我慢して歩いたヨォ。。。
 ゆいレールの首里駅まできた。この辺りに食べどころはないかと探したが、どうにも食べたくなるようなところが見つからず、結局は何の食べることなく首里駅に到着。エレベータの位置知らなかったので、キツイ階段登ったヨォ。もう、足はパンパンに張ってますねぇ。

 一日乗車券だから、改札通ってホームに上がって、始発だから空いている席に座った。一番前ですよ。ひだるいの画像で一番前に座ったことがおわかりでしょう。
 この画像を撮ったのは、ゆいレールのレールが面白かったので撮ったんですが、今これを書いている時に画像を編集していて気づいた。なんと首里城が写っているんです、右上にです。気づかなかった私が悪い、気づいていれば、もっと違った取り方もしたのに。。。。

 運転手が乗車してきた。その様子が右の画像です。
 この運転手さんは終点の空港まで行ったんでしょうが、私たちは牧志駅でありたんですが、この運転手さんの動きが面白くて、運転手はドアの開け閉めもするので慌ただしい動きをします。その動きがなかり面白かったという印象です。なんもあそこまで早送りのような動きをしなくてもお思うように慌ただしかったなぁ。。。

 さて、車両の前のレールを見ていらたレールが動きました。直進ように切り替わったのです。この画像の前の前のと比べてください。前の画像はレールが折れ曲がった状態ですが、この画像では真っ直ぐになってます。こんなことは常識レベルって言われそうですが、モノレールなんてあんまり乗ることない私ですから、物珍しくてねぇ。。

 またまたゆっくりとした走りのゆいレールで、国際通りに向かってます。牧志駅で下車。これは、荷物を取りに行くということもあるんですが、もう一度国際通りに行って何か食べようということです。最後の沖縄での食事です。  

Posted by 生田 at 16:29Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2017年06月16日

久しぶりのナタリー

 今日3月16日の昼下がり、NHKのBSで映画をやっていた。なんとなんと「草原の輝き」なのだ。
 この映画、私が高校3年の時にロードショーになった。何回見たかなぁ。。。
 あの年(昭和36年)の秋は色々な映画に出会った。大学受験を控えてよくもなぁそんなに映画を見ていたなんて、だから落っこちたんだよなぁ。
 記憶に残る映画は、この「草原の輝き」の他には同じナタリー・ウッドの「WestSide Story
」そして「ベン・ハー」と私の人生に欠かすことのできない3作。

  「草原の輝き」は、ナタリーとの出会いだったけど、その他に”ワーズ・ワース」との出会いでもあった。映画の中で、特に最後のシーンで病院から出て昔のコイビチに友人たちと会いにいった帰りに車の中でみんなで唱和するのが”ワーズ・ワース」の「草原の輝き」なのだ。
 英語の題名は”Splendor In grass"で、これが映画の原題にもなっている。

 左の画像は、その映画「草原の輝き」の中での彼女が昔の恋人(ウォーレン・ビーティー)に会いにいった時の衣装のもので、かがきを表現していたのかなぁ?

 この映画を見て”ワーズ・ワース”に接してから大学を卒業するまでの5年間の間に、たくさんの英語の文章、師に出会ったけどこの氏が一番長く記憶に残っていたと思うし、大学卒業間際の秋に真似て英語の詩も書いいたことあったよなぁ。。本当は、その師に絵をつけたかったけど、美大生でありながら絵が描けないというなんとも不思議な人間なので、ついぞ実現することはなかった。
What though the radiance
which was once so bright
Be now for ever taken from my sight,
Though nothing can bring back the hour
Of splendour in the grass,
of glory in the flower,
We will grieve not, rather find
Strength in what remains behind;
In the primal sympathy
Which having been must ever be;
In the soothing thoughts that spring
Out of human suffering;
In the faith that looks through death,
In years that bring the philosophic mind.

 これが、元になったワーズ・ワースの詩で、14行のソネットです。今となっては、そんな詩の意味も忘れかけているし、作る英語力ももう全くなくなっているから、絵付きの英語のソネットなんて無理、無理、無理ですねぇ。。。

 ナタリーは、一昨日だったかBSの映画「グレートレース」でもトニー・カーチスとの共演もあったけど、あまりたくさんお映画には出なかったのかな?最も私は就職してから映画を見ることがほとんどなかったので、わからないけど。。。
 ナタリー・ウッドは、事故で死んだ。噂では事故ではなく、殺されたとも言われている。やったのは、旦那だった”ロバート・ワグナー”という話もあったけどねぇ。その死ぬ前に撮った最後の映画が「ブレイン・ストーム」だったと思う。あの映画のどこだったっけかな?「For Natalie」と書かれていたと思う。いい俳優さんだったけど、早くなくなって惜しい気がのこ凝ってます。

 あぁ。このテレビの今回の放映は、最初の方見てたけど、なぜか睡魔に襲われて2時間はくらい寝てた。なのでほとんど見てませんが、録画しっかりとしてます。あとでじっくり見ます。ということでこの記事は、すべて記憶で書いてますので、間違っていることも多いかも。  

Posted by 生田 at 15:51Comments(0)TrackBack(0)思い出話

2017年06月15日

4泊5日 石垣島の旅 最終日 8 首里城 最終

 前回で主目的の首里城の見学を終えました。これからはもどり道です。また下まで降りねばなりません。そして最後はゆいレールの駅まで上り坂になるんです。杖を持って来て正解でしたねぇ。。。

 出口を出て、帰りの順路に従って出たところで多分北の方角になると思うのですが、下のような画像の景色が広がっています。


 眼下に見えているのは、沖縄県立芸術大学の校舎です。むかしむかしのおのあたりはこんなに貼ってものが密集していなかっただろうと思うのですが、そんな頃はものすごく見晴らしのいいところだ他のだろうと想像しました。

 この辺りから右(東)に向かって行きます。他の道でもいいのですが、奥に何かありそうだと思っただけのことです。多くの観光客はこの道は選んでいないようで、こちらに向かう人はチラホラでした。でも、歩くのは長いけど坂は急でないです。


 城壁に沿って坂を下って行くとその先に目下整備中の庭園がありました。(上の画像)。ただの庭園かと思ったのですが、右手奥の方に何か面白いものがありそうな予感です。庭園自体はなんもないですが、城壁の下に・・・・
 城壁の突き当たりの右手に左の画像のようなものを見つけました。一見遠くから見たときは牢獄かと思ったのですが、近くに来て立ち入り禁止は最近のもので、決して牢獄の子鉄格子ではないのです。

 実はここは「ガマ遺構」というもので、”ガマ”は沖縄の言葉で”洞窟”のことだそうです。つまりはこの城壁の下に洞窟があるということなのですが、多分に危険なのでしょうか?中には入ることは禁じらているということです。
 ”ガマ行こう”とネット調べたら戦争中は防空壕として使用していたらしく、沖縄中にたくさんあるとのことです。私の記憶の中に映画”ひめゆりの塔”の女子学生たちが潜んでいたのがそれなのかぁといったことです。



 振り返ったら上の画像のように、首里城正殿の横にいたのですねぇ。毛っこい鵜の高さの上にあったのだと。。。。。

 さて、もう守るものはないと思って、引き返して行きます。だんだん坂を下りますが、方向は西を向いているようです。下の画像のような景色が目に入って来ました。


 画像では判断が難しいですが、遥か彼方に海が見えているはずです。ひょっとしたら、この首里城の正殿からは、昔々はいくつかの方向に海が見えたのかもしれませんね。那覇の中でのそんな高いところに首里城はありました。

 さて、これから坂を下って、首里城を後にします。

  

Posted by 生田 at 21:22Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2017年06月14日

4泊5日 石垣島の旅 最終日 7 首里城 6

 お菓子を昼飯が割りとは情けないけど、首里城の中には他に食べるものもなく、首里城を出てどこかで食べるものを探すことになるのかなぁ。。。

 首里城の菓子を食べたところは、「鎖之間」というらしい。なんで鎖なのかはわかりませんが。。。ここを出て、回廊を進みます。
 
 アァ、今更なんですが、私が「本丸」といっていたものは正式には「首里城正殿」というのだそうです。これまでの記事の修正をするのが面倒なんで、この記事で全文の訂正とさせてください。御免なさい。

 回廊を進むと、別なってものがあり、そこにも庭がありますが、これを「奥庭園」というのだとか。この庭園はもう城壁に近くて街を見渡すこともできますが、何中に入って方向側kらなくなっているので東西南北どっちを見ているのやら。。。(方向音痴ではないはずなのに、アメリカ絵行った時の時差ボケ並みの方向感覚が狂ってます。)


 上のような画像の景色が見えます。また少し行くと左の画像のような景色になるのですが、この画像の左下にちらっと写っているますが、この奥庭園の解説です。
 結構いろいろ手入れをしているようですが、解説には昔の増援状態を示す写真入りで現在とは違うような印象を持ちましたが。。。

 どうもここの画像に写っている方向は、地図で見る限り東の方向のようです。昔は、この状態で海まで見渡せたのかもしれませんね。

 さて、ここからまた回廊を回って正殿に入りました。


 上の画像が玉座です。この右側から入って来たのですが、正面に回って、玉座というものがあること自体、わたhシアg知る日本の城とはかなり違うなぁということと、テレビの中国の歴史ドラマで見る中国の王朝の簡易版という印象も持ちました。まぁそれが正解なのかどうかは見る人によると思います。とにかく一般的な日本の文化よりも中国文化に近いのは致し方ないのでしょう。なにせ東京よりも上海の方がはるかに近いんですから。

 この玉座の左だったかに右の画像の王冠が展示されていました。これに関しては、ん???といった感じで、中国の皇帝のかぶる冠とは違うかな?といって大和文化にはないなぁ(と思うけど)

 本当はもっと描かなければいけないのですが、何せ2ヶ月も前の話で(これを書いている日14日はちょうど2ヶ月後の日なんです)頭の中に残っているものが少なすぎて。。。写真を見ても思い出せなかったり、年はとりたくないものです。

 これで正殿を見終わったわけで出口に行きますが、途中でトイレにとりました。左の画像が、そのトイレの洗面ですがなんとちょいと凝った彫り物の蛇口です。龍ではなさそうですが、獅子のようなので、ひょっとしたらシーサーかなぁ?
 今ネットで”シーサー”を調べたらWikiに「シーサーは獅子の沖縄での発音」だとか。ということはやっぱり獅子なのだろう。

 この後出口ですが、出口は売店を通過しなければなりません。結構広い場所でいろんなもの売ってましたが、なんも買いませんでした。もう空港までは買い物しない、最後の最後に空港で買おうということにしているからですが。。。(お腹すいたヨォ)  

Posted by 生田 at 21:08Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2017年06月12日

4泊5日 石垣島の旅 最終日 6 首里城 5

 石垣島、沖縄本島の露光から帰ってもうじき2ヶ月になります。頭の中からだんだん記憶がなくなっていきます。なので本当はもっと早く書かねばならないのに、な坂キーボードを押す速度が遅くなり、いやキーを叩くことすらしない日が多くなってしまっています。ということで、なかなか完結しないのですが、その点はご容赦いただいて、できる範囲で書いていきます。

 民族舞踊をたっぷり堪能して、やっと本丸に入ります。本丸といっても天守閣があるのではなく、なんとなく回り廊下に囲まれたお屋敷という雰囲気です。お屋敷といっても、これもかなり文化の違いが感じられます。


 関所を通って中に入りました。思ったよりも広くはないですが、なんとなく部分的に金沢城を思い浮かべてしまいました。といっても金沢城は白く解放されているが、こちらはエンジ(?)色だし、周囲を囲んでいるので思い浮かべた私がどうかしているようです。
 小さい画像ではわかりづらいので部分的に拡大した、日本の城郭でいうシャチホコの部分ですが、左の画像のようにシャチの代わりに龍が城をかじっています。思ったことは、地域によって屋根に乗る動物が変わる、その理由、いわれはやはり勉強しておかねばいかんかったのかなと。
 どうも、東南アジアや中国での国王や皇帝の象徴として龍が用いられているけど、その文化の流れなのだろうと思うが、では日本のいわゆる方んまるのシャチはどんな文化なのだろ?(調べハイスレ自分なりにしておかねば)

 
 上の全体の画像の正面がいわゆる本丸にあたるところですが、残念ながらこの日は修理中で覆いがかかってました。それを見ながら右手の回廊の入り口から見学をしていきます。中は写真を撮っても良かったはずですが、中にはダメというところもあったような。それよりもあまり撮ってもしょうがないような風景と思ったので撮ることを避けています。
 回廊を順路の案内に従って歩いていたら、庭園を見ながらお菓子を食べられるというサービスがあるとことがわかり、もうお昼を回っていて多少お腹も空いているし、沖縄の王宮のお菓子という斧を食べて見るかなんて気持ちで、ちおと待ち時間が長いというのもかまわずに順番待ちをしました。
 それにしても、待ち時間は長かったなぁ。。。。30分は待ったと思います。でもね、待った甲斐はあったかなぁ。。。

 右の画像の奥に見えるところが待合の場所で、その壁の向こうがお菓子を食べるところらしい。私たちはその待合の部屋を見て待つことになってました。
 右の画像にちょいとおじさんが写ってますが、この人がこの庭園のお世話を冴えているようです。たまたまこの時は植木に水をやっているところ大たのです。お昼なのにねぇ。。。

 30分くらい待ってやっとお菓子を食べるところに案内されました。畳の上に座卓がずらりの並んでます。そこに座っているのは、えっ??にほんじんよりもがいこくじんのほうがおおいよ・・・それも台湾からの旅行者らしい一団が10人くらい陣取ってたかなぁ。なんかワイワイやってました。
 おなしのオーダーを聞きに来て、その漢字を話す一団に歌詞の説明をするのに中居さんというか係の女性が漢字を話すことができないのか、たまたま一段に英語を話し人がいてので英語で説明してました。この様子をじっと見ていたら、その間味を話しをする女性に「何よ」って顔で睨みつけられました。恐ろしい。。。。

 オーダーを聞くのが私たちの番になった。同じ女性がオーダーを聞くのだけど、わたh氏は金尾助¥が喋り始める前に「ここは日本語で結構ですよ」っていうと、近くの日本人の数人とその女性が一同に笑ったものです。彼女はホッとしたような。。。。

 お菓子が出て来ました。画像が小さいのでわからないかと思いますが、いろいろ、4種類だったかな?結構な味でしたし、お茶(さんぴん茶というものですが、一般兄はジャスミン茶と言われている)でこれも結構いい味でしたね。(詳しいことはこちらをお読みください)


 さて、食べ終えたのですが、実は横にアメリカの女性の親子がいました。ちょっと挨拶を交わしたのですが、彼女らとまた後で顔を合わせたのですが、別れ際に「Have a nice trip」なんていったらすごくいい笑顔を返してくれました。

 あぁ・・・・これがこの時は昼ごはんになるのかと思ったくらい。食べ終えたのが1時近かったから。さて、これからまた回廊を回って、本丸の中に入ります。  

Posted by 生田 at 22:28Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2017年06月09日

4泊5日 石垣島の旅 最終日 5 首里城 4

 前の回で、「入城券を買って入城です」と書いたものの、確かにそのつもりでこの広場=正式には下之御庭に来たのだけど、来てわかったこと。ここで沖縄の民族舞踊を見ることができ、しかももう少し待てばそれが始まるということで、疲れた足を休めることもできるからと民族舞踊をみつことにした。


 結構長い時間舞踊を見ることができました。上の画像は、最初の踊りです。

 民族舞踊といえば、石垣島の初日の夜、先輩のお招きに預かったお食事どころ「舟蔵の里」で目の前で見ることができたのだが、あれは多分に民衆の踊りなのだと思う。しかし、今見ているのは民衆というよりも王朝に向けたものではないか?と思うのだ。衣装などもそれなりにかっけうカラフルで、踊りも重かったなぁ。でも、ものすごくうまかった。

 この一連の踊りは、椅子席で前から3列目くらいで座って見てたのだが、始まると後ろからどんどん立ち席の人が前に出てくる。右の写真は前の席の人の頭と、右に立ち席の人の頭だけど、そのショットの後でとんでもない女性が前に来て、立ったままになったのだ。周りはどう見ても外国人という感じが多い、欧米系はなんとか区別がつくけれど味アジア系特に中フォク系は区別がつきにくいが、なんとか言葉で区別できるかと思うが、この女性分からない。とにかくそんなこと考えてもいなかったが、私の口から即出た言葉がなんと「Sit Down」と英語が・・・・・自分でも驚いたが、前の女性も驚いたのか、即座ったよ。。。通じたのだ。
 
 それからはもう前に押し寄せる人も出てこれないから落ち着いて楽しむことができたのだ。その一部を画像として並べておこう。



この男踊りは、多分に江戸時代の江戸幕府統治下に入り込んだ文化のものだろうと思う。立っ少私の知る日本舞踊とは違うかなとおも思ったけど、踊る人が何せうまいあわぁ。


 これらは、石垣島で見た民衆のおどろの流れだろうともう、最もvほいと遠くkんアジるけどな。石垣島は本当に身近に感じる踊りだった。


 これが、この日の踊りのオールスターキャストです。

 最後全員が引き上げた後の拍手はそれはそれは大変なもので、見ていたからのほとんどが感嘆したのではないかとお思いますね。

 さて、ありも休めたので、今度こそ入城です。  

Posted by 生田 at 21:47Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2017年06月07日

4泊5日 石垣島の旅 最終日 4 首里城 3

 一旦キツイ階段を上がったものの守礼門には元の道の方から行こうとまたえっちら降りた。そしてまさ緩やかだけど坂を登っていくと、おやまぁその先に守礼門が見えるではないか。(途中右にかなり急な階段があって堀の方に入りていけるみたい)
 

 実は、これは正式な場内への入り方ではなくこのまま歩いていくと城から出てしまうということで、反対側からの入場をしたことのようです。守礼門をくぐると下り坂でそちらが正式な入り口で、総合案内所やバスの駐車場などがあります。博物館跡地からこちらに話待った方が近道だったようだと、後になってわかったんですが・・・・

 とりあえず一度守礼門をくぐって坂を下り総合案内所に向かいました。そしてなんか資料はないかと思ったんですが、配置図くらいだったかなぁ。わた人おな味入場の仕方をした人は、まぁ行く必要もないかなぁって思ったものです。
 また外に出て坂を登り守礼門に向かいます。


 上の画像が守礼門の正面ということになるのかな?これを通り抜けて坂を登って行くと、道が左右に分かれます。左は来た道で、右が場内に進む道です。当然右に道をとって進みます。
 このさきに交差点、ここでその道を行くかで首里城本丸(?)に入り道が変わりますが、私たちは左に折れて木曳門に向かいます。これが首里城本丸に入るためのチケット乳母へに一番の近道ではないかな?
 
 少しずつ坂を登ります。そして下の画像の木曳門に着きます。


 この小さいもんは、攻めるときにはものすごいネックになるでしょうねぇ。一気に押し寄せてもここで通せんぼで攻める側が渋滞したところで上からやでも、鉄砲でも打たれたらひとたまりもないですが・・・・それにしても本土の城の作りとはかなり違いますね。


 門の先には上の画像のような景色が展開されます。中脳の左にテント見たいmなものが写ってますが、その奥がチケット売り場です。 当然、ここでチケットを買ってそして入場です。  

Posted by 生田 at 16:52Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2017年06月04日

4泊5日 石垣島の旅 最終日 3 首里城 2

 沖縄県立芸大の前を通り過ぎ、右手に堀を眺めながら直進すると、右に折れて上り坂になる。これでだんだん首里城の中に入っていくという実感。それにしても城自体はかなり高いところに尽くされている。まぁ、本州などの城に比べると石垣の組み方や城自体にも全く異なったぶんんかであることは一目瞭然で、石垣というか城壁というか、それはなんとなく欧州のものを感じさせるかなぁ。といって、私は欧州の城って映像以外に見たことないんだよなぁ。(欧州に入ったことない、フランスには一度行って見たかったが・・・)

 左上の画像は、首里城で最初に出会った入場門だけど、2000円札に使ってあるあの門(守礼の門)とは違うよ。かなり高いところまで階段を登らないと行き着けない門で、これは守りのためのもんなんだろうなぁ。
 琉球王朝が戦争をしたのかどうかは知らないが、ここに攻め込んでもかなり攻め落とすのは難しいように思うなぁ。今なら上から落としてしまうだ絵追うけど、昔は下から攻め込むしかないかならなぁ。本来の城は太平洋戦争の末期に破壊されてしまったのだが、この擁壁は昔のままなんだろうと思う。
 それにしても、この高さは、この日の私にはかなりきついものがあったよなぁ。。。

 左を見ると下の画像のように、こちらも緩やかだけど長い上り坂で、その上に高い城壁が気づかれています。城本体(本州の城でいう本丸)はこの画像の一番右の右手奥にあります。



 坂を登っていくと、門から高校生くらいの集団がどんどん降りてくる。どこから湧いてくるのだ?修学旅行かと思うけど、観光バスなんて見てないから、違うところに駐車場でもあるのだろう。
 と、ここで私は何を思ったのか、この門に足にキツイことはわかっていても階段を登って門の中まで登ってしまったのだ。そして、そこが多くの人の帰り道だともわかったのだが、行ったのりたもののここはやはり入り口ではなく出口、もっとも入ってもいいけど守礼の門から入るにはここではなく一旦下りて別の入り口からの方が良さそうです。ということで、無謀にも修学旅行のガキどもに紛れて下りました。ほんとおバカだと思う。(杖持って行って正解でしたよ)

 そして、元のところに降りたところから、また少し坂を登って、したの画像の入り口から場内に入りました。

 
   

Posted by 生田 at 17:42Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2017年06月03日

4泊5日 石垣島の旅 最終日 2 首里城 1

 ゆいレールの終点・首里駅で降りて首里城を左手に見ながら坂をどんどん降りていく、結構降りるんだよな。これは帰りがきついということでもある、ちょいとこの日はきつかった。。

 博物館という案内に従って進んでいるが、それらしき建物はどこにも見当たらない。なんか変化予感がしたんだけど、まさか案内が間違っているわけではないよなぁ」ななんて思いながら。
 信号交差点で北側に移動した。こちら側にしかないだろうという勝手な判断で。歩道をさらに西に進んでいくと、なんかだだっ広い空き地がある、そかも周りには石垣が組まれているのだ。これが何かの古い施設の残りでここに博物館があってもいいと思ったのだが。。。

 その石垣に沿って歩いていると「国王頌徳碑」と書かれた標識を見つけた。どうもここにその「国王頌徳碑」というものがあったのだが、戦争で破壊されてしまったものの一部が歴史博物館に残されているというのだが、その歴史博物館は2006年に現在地(前日通ったところ)に移転したので、今はこの場所は跡地になっている。つまりは道路の案内板は、一部嘘だよなぁ。「跡地」の文字を入れておいてくれないとなぁ。でも、そのおかげでこんな画像のものに出会って知識を持つことにもなたので、まぁいいか。。。。。
 左の画像は、復刻された記念碑だそうですが、写真では何が書いてあるおやらわかりませんね。首里城にお行きになった際に、お時間がありましたら是非お立ち寄りください。


 さて、博物館がないことがわかったので、本来の目的「首里城」に行かねばならないのだが、どうにも入口がわからない、たぶんに通り越してきているからだろうと思うのだが、道路の案内は見当たらないので、通りかかったご婦人にちょいとお尋ねした。お教えによると道路反対側に堀(多分城の堀)があるのでそれに沿って、もと来た道を少し戻ってコンビニ?だかで右折していくと入り口に向かうとのこと。(後でわかったことだけど、ちょいと遠回りだったみたい、でもおかげで新たなものに出会ったし。。。)

 言われた通りに信号で道路反対側の歩道に移動して、元来た道を坂を少し登っていく。言われた通りに右折するところに下の画像のようなちょっとした広場あった。これは「沖縄県立芸術大学」なのだそうだ。昔は”芸術大学”といえば、国公立では芸大、京都美大、金沢工芸大、京都工業繊維大、私立では武蔵美、多摩美、女子美、日大芸術学部とうとう、そんな門だったが、今では全国に芸大といわれるものが多数ある。その中の一つなんだろうが。。。


 ここを右折すると、首里城が遠くのかなり上の方に見えたのだ。うぇあそこまで登るんかいなぁ。。。。。


 画像の右手が「沖縄県立芸大」の門で、その先遠くの上に首里城です。
  

Posted by 生田 at 16:58Comments(0)TrackBack(0)旅行など
  
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1週間870kmのドライブ旅行
大学OB会と
50年ぶりの鎌倉
OB会の後に鎌倉と横浜に行ってきました
15年年頭 広島宿泊の旅
鞆の浦、竹原、宮島に行きました
14年秋 京都宿泊の旅
久しぶりに新幹線に乗りましたが・・・
13年秋 京都ドライブ旅
京都の紅葉の名所・毘沙門堂に行きました
12年秋 室生寺ドライブ旅
すてきな観音様と再会です
室生寺五重塔
12年秋 京都ドライブ旅
1年ぶりの京都です
三千院
10年秋 平泉ドライブ旅
4泊5日 2000キロの一人旅です
平泉・わんこそば
   
10年夏 室生寺 日帰り旅
素晴らしい観音さんに出会いました
室生寺・五重塔
10年初夏 宇治・長岡 日帰り旅
09年11月26日久しぶりに黄檗山満福寺・六地蔵・法界寺谷寺・長岡天神
布袋さん
09年秋京都 日帰り旅
09年11月26日久しぶりに 紅葉がきれいな京都
南禅寺の紅葉
08年秋京都 日帰り旅
08年11月25日貧乏・一人・日帰り旅の記録です。
鳳凰堂を望む
観光シーズン 京都の歩き方
京都市・地下鉄 東西線沿線
09年浅草と川越
浅草観音
07年信州の旅
上田城内
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プロフィール
生田
生田
 トップの写真は、新潟県上越市の居多ヶ浜海岸での2005年5月に撮影したものです。沈みゆく夕日のごとく、をきれいに・・という思いで使っています。  
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