2021年10月13日

只今絶食中 10月14日は 後期高齢者特定健診

明日は
毎年恒例の
特定健診を受けてきます

そのために
空腹時血糖値の測定
だから9時過ぎたらたb手はいけない日です

朝も結構早く出かけるので

明日の午前の記事アップは
ありません

朝飯も食えないし
つまんないよね


お腹好いてきたけど食べられないから
テレビドラマ
終わったら

水飲んで寝ることに
アルコールも飲めないし

ホントつまんねー夜だわなぁ


ていうことで
おやすみなさい

  

Posted by 生田 at 22:56Comments(0)TrackBack(0)自分の健康

2021年09月08日

9月8日 水曜日 雨 弱風 大病院から帰って

今日は9時半の予約で
大病院の診察を受けてきた
といっても
先週採血した血液検査の結果にもふとづいて
医師の所見を効くということ

キョイ廃棄の交通渋滞もなく
予想に反して早く病院についた

体重、慎重、血圧などを測定
その後で医師の診察


これは
軽鎖kつ結果に基づく
クレアチニン値の推移をグラフにしてもらった

大きく上下に振れているけど
まぁ誤差の範囲です

クレアチニン値1.48
年齢相応問訳ではなく
少し進行している
γGPRは36
この値だとじんぞうの1/3〜1/2
腎臓がだめになっている
ということなんだけど
ここのところの推移は
極端な下降線でないので
このまま経過観察を続けるということで

もう一つの血液券の値 P-ANCA
これも横ばいなので
まず悪化することは
今のところない
という診断
(P-ANCAは肺と仁宗の検査マーカー)

まぁこういう診断は
もう慣れっこです

とにかくいろんな病気を持つワタシ
経過観察中のものはいくつあるんだろう?
積極治療は
幸か不効か ないといえるかな

それでも
薬の量は結構飲まされてるね
やめたいんdなけど。。。

今日の診察ではいくつかの質問
その一つに
前立腺がんの治療のホルモン療法
この影響はないか?==>ないと思う


以上診察時間15分なかったと思う
終わって
次の予約4ヶ月先を採って
関所行って金(80円)はらって
駐車料金200円払って
放免された

帰り道
いつものように
スーパーに立ち寄って
昼飯のネタ買って

ぱらぱら雨の中を帰ってきた

次の大病院は
11月の大学病院だ
  

Posted by 生田 at 12:58Comments(2)TrackBack(0)自分の健康

2021年09月01日

採決に行って 帰ってきて どっと・・・・



採決に行ってきた

いろいろあって

3時間

家に帰った

どっと疲れが

勘弁してクレェ~~~~


きょうは

もうなんもしたくない
  

Posted by 生田 at 18:21Comments(0)TrackBack(0)自分の健康

2021年08月17日

”俺は死なない死んではいけない”  いつも思うこと



このリブログした記事は
(リブログは3回目かな?)
私自身の記事で
19年の1月にふと書く気になって
書いたもの

一人の男として
生まれて
父親を知らずに育った

親になって
父親ってなんだって
どう子供を育てればいいのだ
そんな悩みもあった

多くは
父親の姿を見て
教師にしたり 反面教師にしたり
そんな麺を持って
子供をそ当てる
そうではないのもしれないが

とにかく
父親を知らずに育ち
小学校に入学した夏休みに
突然父親ができた
母親の再婚だ

しかし実の父ではない
何かにつけ母親から
「お前は父親が違うのだから」と
なぜそんな事を言い続けられたのかは知らない
とにかくしっかりと
実の父親でないと刻み込まれた

いつも思ったことは
実の父親が生きていたら
どんな生活をしていたのだろう

父親はどんな教えを残してくれただろう

どんな思い出を作ってくれただろう


溝を作られた
義理の父親
しっくりいかないときは
いつもそんな事を思っていた

思い起こす
そんなことをすると
あの嫌な生活に戻りそうで
思い出したくない
そこまで精神的に悲惨だった

こんな悲惨な気持ちを
子どもたちに味わわせることは
全体にしたくない

そんな気持ちが
リブログした記事の文を書かせたのだ

戦争が招いた悲惨な心
そんな体験をもう誰にもしてほしくない
そんな気持ちも込めている

戦争の悲惨さ
もうたくさんだ

人は戦争をしてはいけない
戦争で真ではいけない

人が死ぬ戦争は
絶対にしてはいけないのだ
  

Posted by 生田 at 18:31Comments(0)TrackBack(0)自分の健康

2021年08月01日

夏太りと夏バテと汗疹と

今日は
午前の記事アップ
遅くなったけどアップしてから
もう昼だからと
昼飯づくり
ぱりソバのあんかけソースを
汗かきながら作って
超ろ12次になってそれを平らげて
食べ終わった途端に
相方が「エアコン入れる」という
室温32度だ
相方のエアコン使用基準温度

それから涼しくなった部屋で
テレビを見ていた
今日から始まった
中国のサスペンスドラマ
日本にないドラマかも

2本連続の放送だったが
2本目を見ているときに
また睡魔がやってきた
最近こいつに勝てないんだよなぁ
夏バテしていることはないのに
だって最近体重増えてる
2月前に比べると2キロ増えてる
私は”夏太り”するタイプでやんす
夏バテってしたことないからわからん

睡魔に負けて
エアコンの部屋を出て
自分の部屋で
扇風機かけて寝ていた
1時間ぐっすり寝た

汗いっぱい掻いてた
ここの数日
いやもう一つ期くらい
かなり汗を掻いているので
唐十に汗疹ができている
かゆみ止めの薬を
塗ってはいえ受けどねぇ
シッカロールがほしい
(最近の赤ちゃん使わないんだってね)

起きてからまた
録画しておいたドラマの続きを

5時位になって
メダカの水槽覗いたら
なんだか水温がめちゃ上がっている
それに汚れが目立つ

水替え
大半吸い出して
新しい水を入れたのだが
入れたミスの温度が高くて
メダカたち迷惑そうだった
それでも今はきれいになって
水温も下がって
止水遊んでます

その水替えの後
朝チェックした時まだ咲いていなかった
ヒオウギを見に行った

ん??
中途半端な開き方してる
ひょっとしたら
私の昼寝の間に開いたか?


今日はね
こんなに最短です
7輪です
五輪を通り越してしまった


これが一番形がきれい
ほかは。。。。


今日は
朝寝、昼寝したので
多分夜ふかしすることになるかも

いや
最近
睡魔と仲良くされてるからなぁ

なんとか11時まで頑張ろ
  

Posted by 生田 at 20:25Comments(0)TrackBack(0)自分の健康

2021年07月08日

雨の中 聞き取り検査 に行ってきた サンザン

今日は終日雨
でもないか
時折上がったりしていたから

大学病院に向かった
前をゆくトラックの
ドロ飛沫を受けながら
白い車が汚れると
ぶつくさ言いながら

予約は2時
2時少し前に到着
ほぼ即検査開始

検査名
「ごオン聴力検査」


実は今日は
耳に入る音が少し大きい
どんな反応かと
ワクワクドキドキ

始まった

あぁ 音は入っているけど
ほとんど判別できない
数字の発音には多少わかるものも
でもかな音は
ほとんど判別不可能

特に左は
数字もかなもほぼゼロの能力
悲しい限り




この表が
今日の結果


この結果で20日に診断
どう診断してくれるのか?
町長検査ではわからない
私の耳
この結果で
わかってくれよ

でも
この大学ではAPDの研究してないって
言ってたなぁ。。


帰ってきたのは3時半
それから
勝ってきた鶏肉の調理
終わったら
メム区なってきて
布団にごロリ

少しだけ寝たけど
眠気取れないで。。。

晩飯食べてからも
少しゴロリ
これもだめだたなぁ

疲れてるのにな



耳は
回復はまず無理と表いる
ならばどうする
・・・・・
  

Posted by 生田 at 20:19Comments(0)TrackBack(0)自分の健康

2021年07月03日

コロナワクチン 打ってから9時間の副反応

今日の
コロナのワクチン

打ったのが午後1時
今午後10時
9時間を経過した

副反応=副作用

打った腕
打った場所
筋肉痛が
結構痛いかも

それと体温
私には微熱と言える
36.1
平熱が35.2〜35.8くらいだから
ちょっと高い感じ

まぁ大したことはないけど

風呂は入った
でも
入って汗流しただけで
体こすらずに出てきた


微熱と筋肉痛以外は
問題なし
血圧、脈拍、酸素濃度
全く異常なし

このまま明日の朝を迎えたい
  

Posted by 生田 at 22:20Comments(0)TrackBack(0)自分の健康

2021年06月28日

午後6時に 大学病院から直行で帰宅 ・・

午後2時半の予約診察
その前に聴力検査をしたが
それが終わってからも20分待ちだった

診察始まって
過去3階の検査データに比較して
今回が一番いい
良くなっている


うっそぉ〜〜
体感的に聞こえが悪くなっている
難聴が進行しているのに

先日救急騒ぎで
後の耳鼻科診察で
検査データを見て「身障者4急レベル」と
そんな話が出たことを行って
聞き取り検査の話をした
「必要ないと思う」
「まだ4急レベルに行っていない」


患者本人の思いを
完全否定しようとされた

先日の救急騒ぎの顛末も
レポートにして持っていったのだが
まともに読んでもらったのか?
反応がなく
頭のMRIデータも持っていったが
最初は何も見ないで返されてしまった
受け取り居されたのだと思った

それで
私の反攻が始まった

「なにかおかしいでないか」
と言い出したのだ
医師は困惑しただのだろう

できる限りの検査、診察、処置はしていると
それでだめとなると手に負えないから
どこかに紹介状を書こうか?
「どこに?」
「さぁ・・・」

これでは診療拒否されたと思わざるをえない

別に転院を望んでいるわけでもないし
医師を信頼していないわけでもない
話の筋が違うと突っぱねた
もし紹介状を書くのなら
紹介先を言うべきだろうと思うし

これを長いことやっていると
ほかの患者に迷惑になる
でもこっちは必死です

ところが想定外のことが起きた
相方が立ったまま長時間聞いていたので
気分が悪くってしまった
そこで中断するということに

相方は処置室のベッドに寝かされていた
そこに行って座っていると
看護師が来て
私をいろいろなだめをしようと

そんなこともあって
私自身も疲れてきたし

どのくらいタイムラグがあったのかわからない
時計を見ていなかったから

4時半頃かな?
診察室に呼ばれた

それからまた色々訴えた

検査結果がどうあろうと
患者本人の聞こえがかなり悪くなっている
それを理解してほしいと


色々ありましたが
次回
聞き取り検査の予約と
その結果での診察予約をして
金払って
薬もらって
病院を出たのがもう5時20分だった

まだ明るいから良かった
相方もなんとか立ち直ったので
相方の運転で
夕方の渋滞の中を帰ってきた


医師は
患者本人でないので
実際のところは何もわからないのと同じで
患者からの訴えで検査をして
その検査だけで判断する

これはどうしようもない問題だけど
その点を意思が理解しない限り
患者とすれ違いが起きるだろう


ある外科医が言った
「手術のときたいのは患者だ」

また
別のある外科医が言った
(本人が手術を受けた後)
「患者の痛みがよ〜〜くわかった」

この二人は
患者の気持ちが理解できている人
患者本人の私と話したから


研修医時代に
一度は患者になっていみるといいかもしれないな



タイトルのために
今朝のツユクサをもう一度
  

Posted by 生田 at 20:15Comments(0)TrackBack(0)自分の健康

2021年06月14日

3時間かかった 救急騒ぎの後始末

今日は9時に大病院到着
予約がないので即受付に行く

正面玄関から受付までは
なんとか杖をついていけたのだが
受付を終わる寸前に
めまいに襲われた
それからが大変
座って問診表書いて
書いている間に相方が到着
車椅子を探してもらって
椅子から移る

ちょっと気持ち悪くなってきている
また始まったかと思ったが
なんとか踏みとどまったようだ

問診表書いてから延々と待たされて
診察室に呼ばれたのは
受付から2時間近く経っていた
診察室で救急騒ぎの顛末を
昨夜書いたものを見せて説明
そして現状を話して
軽いめまいがあるので
めまいチェック

正面は無症状だけど
寝っ転がって(診察台を倒されて)
上、右、左と
なんと寝っ転がると目が泳ぐのだ
自覚症状ともしっかりとある
医師も「動いている」といった

診断結果は
「良性めまい症」
内リンパ水腫の話は無し
MRI画像を見る限り

脳に腫瘍は見当たらない
とのこと

この後どうするかという話になったが
愛知医大で面倒見てもらっているので
そちらにバトンタッチ


それまでのつなぎに薬の処方をしてもらった
最初1週間分だったが
医大に行くのが2週間先なので
2週間分と相成った

ついでに
現況の話をして
最新の聴力検査を見せて
身障者レベルの意見を聞いたが
4級レベルまで落ちていると
これは愛知医大で相談ということだなぁ

終わって
金470円払って
依頼した土曜日の診断用の画像を
CDに焼いてもらう時間
病院の外に出て時間つぶし

CDができて
病院の駐車場を出たのは
もう12時を回っていた
なんと3時間かけての後始末だった

帰りの途中スーパーで昼飯買って
調剤薬局に立ち寄って薬もらって
お家に帰って食べました


今日は一つ賢くなった
まぁ思いつかなかった私が真面目でホでした

車椅子に乗って
あちこち動くのだが
両サイドの輪を手で回していたが
どうにも遅い
なんかないかと思っていたら
目の前を足で漕いでいる人を見た
「おお、これだ」と
それからは足置きをあげて
両足で蹴って移動した
めちゃくちゃ早く移動できる


もう一つ
車椅子で移動するとき
避けてくれる人と
避けてくれなくて
こっちが止まらざるを得ない人と
かなり差があって
止まってくれないのは年寄りが多く
あぁ 俺も他人事でなく気をつけねばと
思ったものです

まいにち
なにかあるとそれなりにお勉強できますねぇ

  

Posted by 生田 at 15:22Comments(0)TrackBack(0)自分の健康

2021年05月19日

腎臓に関する経過観察のための採血と採尿

今日は朝から雨
その雨の中をお出かけ

行き先は大病院
目下腎臓病の経過観察中

腎臓というのは
人間の血液の中を流れる不純物を
フィルターしている浄化装置なんだけど
機械装置のように詰まったから
取り替えってわけにはいかない
詰まったら人工透析と
いうしんどいことするようになる

私の場合は
まだそこまで詰まってはいないようだが
それでも定期的に観察しないと
いつ詰まってしまうかわからないらしい

ということで
目下大病院で年に3回(4ヶ月に一度)
経過観察してもらっている

診察は来週

採血、採尿は
診察の緒樹然でも良いらしいが
結果が出るまでに時間暗愛入るので
診察の予約時間よりも
うんと早くいかねばならない
病院の1番の扱いを受けるんだけど
実は揉み合う
密になるのはわかっている
そのリスクを避けるために
空いている時間にいって
愛結、採尿を済ませている

ということでのお出かけでした


15分雨の中歩いてバス停まで
(最寄りのバス停なら3分で大丈夫)
まぁね日頃歩かないからこの時おばかりに

病院について
受付手続き済ませて
もう一つの受付でコップを受け取り
即トイレに
戻ってきたら
もうもう採決の順番が来ていた
採決も問題なく済んで
会計で支払って
バス停に行ったら
タッチの差で乗れず
15ふん後のバスに

実は行きのバスを降りて病院に向かう時
傘の骨で由布を汚して血を流した
入り口で看護師さんが
ティッシュとテープをくれて
止血
ドジだねぇ。。。


乗り遅れた橋の次のバスで
また遠いバス停まで来て降車
そから歩いて家まで


バス停の反対側にある池
雨に煙る新池
暗いですねぇ。。。

今日はこんな感あじでした

あぁ 今午後3時少し前ですが
少し明るくなってきた
雨は上がりそう
でもくもりのまま

あさ
今日の採決の結果は来週
どんなことを言い渡されるか
安定していればおっぽり出されるだろうけど

問題は クレアチニン の値ね
  

Posted by 生田 at 15:05Comments(0)TrackBack(0)自分の健康

2021年04月08日

末期前立腺癌・宣告から10年 その10年前の様子 その3

末期の前立腺癌宣告の日から10周年の日です
 もう10年も経つと・・・
旋回は、宣告に至る前の生態検査の様子を書いていました。今回は選考当日の私の様子を書いています。
 以下の引用分は、この記事を書いているときに記入したコメントです

前立腺癌検査の結果 (4月26日)


 先週2日に分けてのCTとRIの検査結果を聞きに行ってきた。予約j間を大幅に遅れて2時間以上待ちでの結果宣告。こういう検査結果を聞くのにこれだけ待たされるといい加減精神的に疲れるねぇ。。。

 検査結果は、『癌は大きいものの他への転移は現状ないと思われる』という診断。CTや骨ンシンチの画像を見ながら説明を受けたが、骨シンチでは一か所疑問点があったけど、これは前月地下鉄でひっくり返った時に打ったものかもしれないということで結果保留、そしてCTスキャンの方は、癌の問題以上に私の母羽が患った難病の可能性があるという話が出てきた。
 癌の本体のもう一段詳しい検査と前の骨の影の詳細検査のために今週と連休明けにMRIでの検査を行い結果を出す。

 セカンドオピニオンを受けたいという申し出でもし、快く受け入れてもらったけど、まだどこで受けるかを決めていないので、これからさがします。

 まずは、一安心という結果でした。


 癌の治療については、セカンドオピニオンの結果を踏まえて、来月から始める予定です。


 随分淡々と書いてますね。丸で人ごとのような気がします。
この件の結果を聞いた後、帰り道で買物のしている最中に友人から電話があって、「どうだった?」と聞かれて「大したことない」というようなことを言ったのだろう、于友人kら「本当にがん患者かあ?」と言われてしまった。人ごと見たいですねぇ、私。

 ここで、別の病気の可能性が言われているが、それは「サルコイドージス」という難病。母親がこの病で命を落としている。心臓がやられてペースペーカーを入れて半年て逝ってしまった。




 

前立腺癌・セカンドオピニオン(4月27日)



 前立腺がんの宣告を受けて1月。この間に検査がいくつかあって、転移していないことはわかったものの、この先の治療方針に対してセカンドオピニオンをもらうと担当医師に申し出でした。どこにするか決まったら紹介状を書くという返事をもらった。
 それで、今日は、私の友人である外科・胃腸科の医師に相談に行ってきた。久々に会う友人は、快く相談に乗ってくれ(実は、診察で申し込みをしてある)、これまでの経過を詳しく話し、現在検査を受けている病院の名前と病状から、現在の病院でいいだろう、セカンドオピニオンの必要はないとのアドバイスをくれた。
 ということで、セカンドオピニオンは撤回することになった。他にもいろいろとアドバイスをしてもらい、たまたま精密検査で見つかった他の病気の可能性についてもたまたまその病院に専門医がいたので、友人の診察の後に心電図を取った上で、その病気についての専門医にいろいろとアドバイスをもらった。

 持つべきはやっぱり信頼のおける友人としての医師だということを再認識した。
 本来なら、癌の疑いを宣告されたときに相談すべきだったのだが、疑いの宣告を受けたときには頭の中には友人の医師のことは全く出てこないというパニック状態だった。昨日の転移していないという宣告で、多少の落ち着きをもったことで友人に相談しようということになったのだ。
 今思えば、最初から相談できていれば、もっともっと安心して検査を受けることができたのではないかと反省をしている。

 しかし、今日のアドバイス自体が、私にとってのセカンドオピニオンだったと言えるのではないかと思っている。




 このセカンドオピニオンをもらったとき、友人の意思は検査データを見て「他に洗濯の余地はない」とはっきりと断言している
 つまりは、放射線は照射できない状態、手術も新順シテ分離できる状態でない。残された治療法は”ホルモン療法”ということになったのだ。

 ホルモン療法脳有効性は一般に5年と言われている。その5年の間に新しい治療法も出てきているだろうから、それらない期待して生活するようにと言われている。
 それが、もう10年も治療法を変えることなく、しかもがん病巣が消滅していくという、奇跡的な患者らしいのだ。

 何とも恵まれた人間なのかもしれない私だ。







 がん宣告された翌週に、京都旅行を計画していた、計画したときはがんのことなんて知らず似たのだが、癌とわかって子供たちが一緒に行くと言い出して、図らずも私がガンで式が近く、最期の旅行になるかもなんて思ったのかもしれない。
 図らずも、原家族(嫁さんと孫除いた) 五人の、私の激励旅行とあいなった。

 まぁ そのご10年も元気で生活しているので、ガン患者の扱いはされなくなってしまっテイル。




*****

 これで、ガン宣告10周年の記念投稿は終わりです。
 この後の経過については、
  「末期・前立腺がん 奇跡の軌跡」と題して18年9月2日から60回に渡って連載しています。私のブログで「奇跡の軌跡」をキーワードに検索すると一蘭をご覧いただけます。  

Posted by 生田 at 13:36Comments(0)TrackBack(0)自分の健康

2021年04月08日

末期前立腺癌・宣告から10年 その10年前の様子 その2 

末期の前立腺癌宣告の日から10周年の日です
 もう10年も経つと・・・
旋回は、宣告に至る前の生態検査の様子を書いていました。今回は選考当日の私の様子を書いています。
 以下の引用分は、この記事を書いているときに記入したコメントです


2011年4月8日

実はその10年ま絵の4月8日は雨だったらしい
 病院に出かける前に書いたのだろう
 そのブログには


非情の雨になるのか

午前11時半ころ
雨が降り出した
そんなに強くはないけれど
昨日までに開ききった桜は
その花びらをたたかれそう
風がないのがまだ救い
あす、あさっては
お花見で混むだろうに
このまま
弱い雨で過ぎてあげてください



どうも診察前に書いたのではないかと思う
当時の大病院は予約していっても2時間愛情待ちなんてザラだった。へたすれば半日待ちなんてことも。
なので待ち時間の間に書いたのかもあしれない・・

ガンのことを書いたのではない
 あの年はまだ桜の時期だった
 その桜が雨で散らないことを思って硬のだろうが
 なんと 私にとって”非常の雨”となるとは



 そして診察後に書いたブログ記事


ガン宣告

 先週の金曜日に前立腺がんの検査をした。その結果を今日聞きに行った。
 がんの宣告を受けた。
 それもなかなりきついガンとのことで、後は転移の有無の検査をしたうえでの対処法を考えるとのこと。ということで、この先2回検査をする。一つはアイソトープでも飲むのかな?その後放射線が体から出るといってたから。
 今のところその辺までで、食事の制限もなく… ただ、当面激しい運動がご法度となった。
 さて、来週は1泊2日で京都に行く予定なんだけど、これまでのように頑張って歩くことができないよなぁ。どうしよう…・・ しばし思案。

 宣告されての気持ち。
 宣告されたその時は『へぇ?』という感じ。念を押されてはじめて認識。が~~んというショックはなくて。まぁ、予想されていたことではあるからかもしれない。でもね、一縷の望みをもっていたからねぇ。
 何か不思議な気分です。自覚症状がなかっただけに。担当医いわく『前立腺がんは自覚症状をおもちの方はほとんどいません』とのこと。

 さてこれから、死ぬまでの間、どのくらいの期間あるか知らないけど、まずは、このがんとうまく付き合っていかねばならないことだけは認識と覚悟をもった。


 うたって淡々と書いているけど、ひょっとしたらスェン刻された時は”放心状態”だったのかもしれない。後日友人の医師に相談に居合った際には顔面蒼白だったぞと言われた。
 とにかく、ガン=死というイメおじがあったはずなのだが、宣告されて速死ぬということは全き思わなかったのは事実、それに「なんで俺ががんにならあん?」と思ったのも事実。
 まぁとにかく、このがん宣告が周りに広がって、みんな私が死ぬのが近いと思ったらしい。しかし、そんなことを思ってくれた人たちを何人、私より先に送り出したのだろう?




前立腺癌 CTスキャン検査終了



 20110年4が18日 
 あっけなく終了。



 名前を呼ばれて部屋に入った。大きな輪っぱの中を通るのはわかっていたけど。説明してくれるけど、どうでもいいやぁ。上着を抜いて、金属製のものがなければそのままでベッドに寝っ転がる。ズボンだけはバックルなんかついているから図利下ろされて。。。。

 寝っ転がってバンザイをしろと言われて、その姿勢でわっぱの中を一度通った。途中で息を止めろと言われて、楽にといわれるまでの10数秒が長く感じられる。
 一度通ったところで、造影剤を注射。でっかい注射器でやってくれるんdなけど、ようりょうきいたら100CCもあるんだって。体重増えるやんと言ったら看護師さん笑ってたよ。
 造影剤を打つと回音が急激に上がる。そして口の中にもにおいが、、ようは血液中に造影剤が回っていることが分かる
 打ってからもう一度わっぱの中を通ったら、「もう終わりです』って。10分かかったのかなぁ?

 トイレを我慢させられていたので、部屋から出て即トイレに駆け込む。


 今現在のCT撮影はもっと簡単な感じがするね。
 箇のとき造影剤を打っているが、その造影剤の注射でトラブル起こして、1ヶ月右手に力が入らなかったという逃げにことがあった。その後にも点滴でトラブルがあって、それ以来私は、この大病院では造影剤による検査はしないことになったらしい。 


この検査の後 4月21日に 骨シンチの撮影を行っている


明日から私の体から放射能が・・


 前立腺がん宣告を受けての転移の有無の検査の第2弾、RI(ラジオアイソトープ)を使った骨の検査。明日の朝10時にRIを注射されるのだけど、それからしばらく(数日らしい)の間私の体から放射能が放出される。行く場所によっては警報が鳴るらしい。



 午前中に注射されて、体中にまわるのに3~4時間かかるらしいから、その間は好きに遊んでおいでだって。一旦病院に入って、また出て、そして戻ってくるなんて面倒だよなぁ。。どうやって時間つぶそうか思案中。


 それにしても、この体から出る放射能はどのくらいなのだろう?今問題になっている原発の事故での放射能よりもうんと少ないのだろうと思うけど、どっかで引っかかって警報でもなったら、周りからいろんな目で見られそうだよな。
 名古屋市内には、そんな警報が鳴るところはないと思うけど。。。
 月曜日にやった第1弾とこの第2弾の結果で転移の有無が分かって、この先の処方が決まるわけだ。


骨シンチの検査は、10年前も現在も変わっていないと思う。ここでは造影剤を今でも打っていると思うえけど。.


前立腺癌検査 第2段 終了



 月曜日に前立腺がんの転移の有無を検査するための第一弾としてCTスキャンをしたが、今日はRI骨シンチを第二弾としてした。
 骨シンチは、癌が転移した骨の部位を注射したRI(ラジオアイソトープ)が集まってくることを利用して、癌転移をしるもののひとつのようです。
 
 今日は、午前中にRIの注射をして、それからRIが体全部に行きわたるまでのタイムラグ(3時間半)立ってからRI検査のわっぱの中を20分かけと通って全身の骨の造影写真を撮った。

 注射はカンタンに終わるのでいいけれど、撮影の20分の間はじっと動かないようにとベルトで固定されるので、ちょいときついなぁ。撮影が始まって少ししてから鼻がかゆくなったけど、終わるまでじっと我慢の子。何とか終了。終了したら、もう用はないからさっさと帰れって雰囲気ね。
 (この後、病院の不手際が書かれている)


とにかくこれで、精密検査と言われているものが終了した、画像検査を元に、知了方針が決まります。
次回は
 検査結果を聞きます。

  

Posted by 生田 at 13:30Comments(0)TrackBack(0)自分の健康

2021年04月08日

末期前立腺癌・宣告から10年 その10年前の様子 その1

末期前立腺癌の千石を植えてから
 今日でまる10年を経過した
 その10年前のブログ記事
 それを読むと
  生体検査から宣告、精密検査などの経過書かれている
 10年のいう時間は癌治療法には長い時間で
  相当の治療法の変化があるとは思うが
  まぁ検査kら治療方針決定までを知っておけれると
   なにかの参考になるかもと思います

経過・その1 (引用部分は、今日書き込んだコメントです)

この4月8日にガン宣告を受けたが
 その宣告となる検査を4月1日に入院で行っている
 それを耐震した3日に掻いたブログを処す介しておこう
 これが 前立腺がんの整体検査だということ
 もう10年も立つので変わっているかも知れないが

 ・前立腺癌検査

 金曜日(2011年4月1日)に前立腺がんの疑いで検査を受けた。
 検査といっても手術まがいなことが必要で、入院病室から看護師さんに連れられて手術室に向かった。この手術室の入口があまり気持ちのいいものではない。ステンレスのドアが待っている、まるで葬儀場の感じがしないでもない。『雰囲気を暖かくしてよ』って一言言ってみたけど、担当の看護師さんたちはどこ吹く風ですよぉ。

 ブログには書いていなかったが、記憶では樹種津室には女性がたくさん並んでいた。ここで下半身を晒すというのは、木は透かし鋳物があったと記憶している


 手術台に上がった。この台がこれまたあんまり感じのいいものではなくって・・・{書かないでおきましょう}
 手術が始まった。最初は麻酔を打たれたようだが、せいぜいちくちくするくらいだったが、それが終わったら麻酔が効いているからとばかりに、お尻からピストルを打ち込むかのような衝撃。途中から打ち込まれる直前のことが分かるようになったけど、それが何かの意味があるかと言われれば、自分の力で制御できないから全く意味はない。
 全部で10発(*実際は12本だったらしい)撃ち込まれた。打ち込まれてこれで開放。途中、かなり体に力が入っていたのだろう(当然だよな痛いもの)「力を抜いて」と数回言われた。終わって、帰りは安静ということで車いすに乗せられた。担当の看護師さんが来るまでしばらく検査担当の看護師さんが付き添っていた。多分、私が青い顔をしていたからではないかと思う。多分に痛さからの緊張と、多分出血でもしたのか貧血を起こしていたのではないかと思う。
 ピストルを打ちこまれているような感じの間、後ろに心電図やら何やらの装置が見える。そこに表示されていた脈拍はなんと最低52まで下がったのだ。血圧は133/72位でまずは正常だったが。脈拍は平常時でも遅い方なので心配はないけど、それでもなぁ50近くまでの遅さは自覚としては初めてだな。

 車いすで病室に戻った。これから止血剤を2時間かけて点滴する。担当した看護師さんは針のさし方も点滴のスピードもかなり慣れているのだろう。針はいたくなかったし、スピードは予定時間ぴったりだった。(翌日の点滴はそうはいかなかった)

 この後、我慢していた排尿。安静ということで尿瓶でしたのだが、かなり血が出てシーツを汚さないようにと敷いたバスタオルが血で汚れたくらいだ。それに、最初の排尿は痛かったなぁ。。
 この点滴の間に、体温がものすごく下がってきた。検温では35度2分と男では珍しいとまで言われてしまったくらいに。後から思ったことは、どうも前夜の食事が6時で、それから15時間の絶食で血糖値がかなり落ちていたのではないか。私血糖値が落ちるとものすごく体温下がるんです。

 なんとか2時間、じっと我慢の寝たきり。小便もしたくなるけど、これまた尿瓶で、少し血は減っていた。2時間たってやっと終了。これでなんとか自由に動けるようにはなったものの、何か気分がよくない。トイレにいって初めての排尿。真っ赤である。しょうがないよねぇ。担当医も看護師も水をがぶがぶ飲めという。言われたとおりにがぶがぶ飲むからトイレに行くのが1時間おきくらいになっている。3回目くらいで何とか血の量が減ってきて、色が点滴と同じくらいになってきた。
 とはいえ、体温上がらず。足の先がものすごく冷たい。といってなんともならないのだが。点滴が終わる少し前に息子が到着。腹がへって我慢できないからとパンを買いに行ってもらった。そのパンを点滴終了後にすぐにぱくついた。まるで子供だ。
 それから先は、もう寝ているだけ。昼飯、晩飯と後はトイレに行くときだけおきだして。。。。

 時間がたつにつれて血尿は減るものの、それでも血が混じらない時はほとんどない。人によっては出血しないこともあるのだとか。そんなこと言われるとただでさえ貧血気味の私にはあまり精神的にもよくないよなぁ。

 夜は、9時消灯。そのまま素直に消すほどガキでもないのだけど、周りが暗くなって静かになると、なんだか眠くなってそのまま気を失ったように。とはいえ水をがぶ飲みしているのでトイレに行く回数が多いこと。周りには迷惑だったかもしれない。

 翌朝(3日目)夜中の4時ころに目が覚めてから寝付けなくて、そのまま6時になって。。。だんだん周囲が動き始めたけど、寝不足気味でなかなか動く気にもなれずにいた。朝食は8時。しかしお腹が空きすぎているので、前日買ってもらったパンを1個食事の前に食べる。

 8時になって朝食が来た。美味しかった。この2泊3日の間の食事で初めて汁ものが出た。この朝の検温は36度2分。平熱より少し高い。脈拍は56だったか、血圧は132だったと思う。まぁ正常に近いですが、まだ血尿です。夜中より少し増えたかも。
 9時になってまた点滴。最初スピードが遅すぎて。。。。トイレに行って戻ったら点滴が止まった。と、そのときは。座ったら少し戻ったが、あまり遅いのでナースコールで看護師さんに来てもらって調節してもらう。早くなったおかげで血管が少々痛い。

 この2時間の間、トイレに行く以外は寝ていたのだが、(寝てる方が点滴にはいいといわれたので)だんだん腰が痛くなり、最後はちょっと我慢の限界を超え始めた。寝返りを打つだけ。それでもなんとか我慢して、終了。

 息子に荷物を片づけてもらって、帰り支度。忘れ物ないように注意して、病室を出る。廊下で看護師さんに出会い、リストバンド(名前やバーコードの印刷されたもの)を切ってもらって放免された。

 今日(記述した日)は、それから丸1日と半分過ぎようとしているけど、血尿はあったりなかったり。水は相変わらずがぶ飲み。おかげで自宅でも夜中1時間ごとにトイレに。昼寝しても途中で夢破れてトイレに。

 これがいつまで続くのか・・・・・ 多分、次の外来までかもなぁ。。

*****

 異常が、生体検査(お尻から針を打ち込んで細胞摂取いて顕微鏡検査する)の手術の前後の様子です。
 この入院の日木曜日で、検査が金曜日で息子は仕事を休んで広島から来てくれた。なんだか心強かった記憶がある。
 現在はどんな検査をしているのかわからないが、政権で細胞接すの補法は変わらないかもしれない。


この次の記事は
 癌宣告される当日の私のブログ記事です

  

Posted by 生田 at 11:05Comments(0)TrackBack(0)自分の健康

2021年04月08日

4月8日 木曜日 晴 冷たい乾いた風少し 10周年記念日

今日は書きたいことがいっぱい

 最初にやはりこれは書かにといけないこと
 末期前立腺癌宣告から 10年を経過した



毎年書いていることだけど
1年1年が私にとっての節目

最初はどれだけ生きられるか思ったことなかった
周りがみんな
いのち短いと思ったようで
いろいろ気を使ってくれた


10年も経つと
癌で死期が近いなんて
全く思ってもいない
逆に思っている可能性すらある

何にしても
が1お年生きながらえたとはいえ
癌病巣は消えたと言われてるとはいえ
癌から解放されたわけではない

宣告されたときに
主治医に言った言葉
「死ぬまで仲良くお付き合いします」
これが
今でも私の思っていること

癌と闘うのではなく
悪さしないように頼んで
共存すること

余命宣告はそのときなかった
しかし後日担当医に聞いた
「余命どのくらいでした?」
担当は
「知らずにいたら半年くらいだったか」
知ったとはいえ
ここまで癌病巣が消えてくるとは
担当医も思っていなかったようだ

数年して
秒安定ということで病院が変わった
その今の病院の担当医は
「これだけ長く同じ治療法で」
「10年というのは奇跡的だ」


現在は
骨シンチ、C画像などの検査結果では
転移もなく順調に経過しているとのこと



他の前立腺癌患者さんの
一つのいい事例となってもらえれば幸いです


****

この後いくつかの過去のブログを
再掲載します

・生体検査の様子
・骨シンチによる転移確認検査
などなど
  

Posted by 生田 at 09:42Comments(0)TrackBack(0)自分の健康

2021年03月18日

たまにはガンの話をしないと忘れられそう




今日は3ヶ月に1度の
お腹に注射をする日

思い起こせば
10年前の今頃
前立腺ガンの疑い
そうその時は PSAが390だった
(記憶が遠くなっている)

たまたま受けたがん検診
それでPSAの異常値が指摘され
即 大病院に行くことに
そして
検査の結果前立腺がんと診断

それから精密検査(生検)のために
入院して
お尻の穴から12本の検査棒を突っ込まれ
そのうち9本にガン再描画くっついていた

それから
しばらくして
「末期前立腺ガン・テージ4」を宣告された

おっとと
書き続けると
来月の記念日に書くことがなくなるので
ここでとりあえず止めて


今日は
昨月採血した血液検査の結果
それに基づいての診察


(個人特定する情報はカットしてます)

これが今日のデータ

ここ表示されている
PSA0.009未満
この値はもう5年以上
この病院の世話になるようになって
それから一度も変わっていない
もう完全に安定しきっている

この他にも血液検査をしているが
今回は
貧血の傾向にあることについて
現時点では
旋律洗顔の治療中なので
多少の貧血気味の傾向が出るbので
心配するには及ばない
とのこと

ただ
悪玉コレステr−ルチが高く
善玉コレステロール値が低い
これに関しては
食事を注意するようにとの指摘
さらに
クレアチニン値が1.28
年齢的にまあ妥当と言える
前回が1.34だったかだったので
まぁ進行していることはないだろう
値はその時の体調などで上下することがあるから
とのこと

以上の結果に基づいて
腹に リュープリンを打ってきた
これも変わらないんのだよなぁ
5年で変わるかもしれないと言われてきたのに


この後もう一つの病院へ
ここでも今日の血液検査の結果を持っていき
内科としての初見を聞く
まぁ違う話にはならないわな

どっちにいsても
私の前立腺がんは
末期ステージ4だったのが
嘘のように
PSAゼロに近い値で推移している

現状ガンが悪さをすることはない


いつだったか
原罪のガンの担当医にいわれたこと
「あなたは前立腺がんで死ぬことはないだろう」
死んだらそれは他の死因だということらしい


来月は
末期がん宣告から
まる10年の記念の日
その時はまた何かを書きましょう
忘れていなければ
  

Posted by 生田 at 19:23Comments(0)TrackBack(0)自分の健康
  
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