2008年01月26日

京都08年 日帰り旅 13 知恩院・紫雲水

 千姫の墓の後ろ(北側)には、『濡れ髪の祠」というのがある。寺を読んだだけでは、夏の夜、この祠の前に濡れ髪の女が両手緒をだらりとして出てきそうな雰囲気。



 大体、お寺の境内に、しかも墓地に神社があること自体めちゃくちゃ話なのだが、江戸以前はまかり通っていた話だし、日本人(国民)はこういうことにはうるさくはない。(うるさい私は非国民かな?)
 **神社は、基本的に墓は持たないと聞いてます。神社では『死は穢れ』とも**

 お墓の中を行って帰って、どっちか言うと、好きじゃぁないんですね。霊魂を信じない私が、墓が苦手。矛盾しているようですが、先人の心の中のものが、なんとなくかぶさってくるような気がして。幽霊とか言うものではなくいてね。


 元の勢至堂の前に戻った。この勢至堂の正面を向いて右側(東の山側)に『紫雲水』とかかれたものがある。法然上人がなくなったときは、紫雲がなびき、芳香がした、と、親鸞聖人も書いているように、昔々偉い人は亡くなると、阿弥陀さんが迎えに来て、紫の雲が流れて、いいにおいがしたということのようである。
 その法然上人の死に水を取った泉水がこの『紫雲水』ということらしい。 ん~~~

 まぁ。こうしたこのの信心は、お読みになる方にお任せします。



 『紫雲』 という言葉は私の脳裏から離れない。
 私が、小学校6年のときだったかと思う。当時、高松(香川県)~宇野(岡山県)は連絡船の運航だった。この連絡船の一つに『紫雲丸』というものがあった。最後の航海となったとき、大事故を起してしまった。衝突事故を起して、沈没したのである。死者を168名出している。私の頭の中には、そのときの現場写真、助けを求める人々の映った沈没していく紫雲丸の写真が脳裏に焼きついているのだ。
 このときにこの事故を揶揄(本当にこうした気分で使われていたように記憶している)していったことが「紫雲丸=死運丸」だったのだ。船の命名が近くの山『紫雲山』ということなのだそうだが・・・・
 日本人は、今でも結構あるようだが、語呂あわせで忌みする言葉を嫌う。「三切れ=身切れ、見切れ」「四=死」などは私の母親などは酷かった。そうした時代でありながら、使われた『紫雲、死運』なのである。
 人が死んだら、紫の雲が流れる中で阿弥陀さんが迎えに来て(来迎) という、浄土信仰がなしたものだが、その一つがここに残っている。
 

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