2018年09月14日

”悟り”って・・・ その4の1

”悟り”について考えていると
ものすごく面倒で、堂々巡りになったりする
ヘタすると鬱になりはしないかとさえ思うほど
まぁなんとか落ち込む寸前で止めるようにはしているが。。。

さて、本題
 ”悟り”とは、一体何を悟ればいいのか?
 この問題を片付けないと、どうすればいいのかってこともわかんなくなるので、”悟り”を考える上での”前提条件”を作ったほうがいいかと思ったのだが。
 そこで、この”前提条件”とすべきものをまず考えてみようと試みたのだが、これまたいろいろなものが頭に出てきて、整理するのが辛いなぁ。。。

まず最初に頭に出てきたのは、
 ”ブッダは何を悟ったのか?”ということと、
 ”なんのために悟りを開いたのか?”ということ。

 こんな事考えてどうするんだってことになるけど、私の単純な頭では”ブッダは生きている人間が幸せに暮らすためにはどうするんだ”ってことではないかってこと。
 こう考えたときに、また余計なことを考えてしまった。”なんでブッダはこんなこと考えた?”って。
 こんなことばっかり芋づる式に思いが浮かぶから、纏まるわけがないのだが。
 で、その芋づる式に考えたことは、”人が幸せに生きる”なんてことを考えたのは、ブッダ=釈迦が王族の出身だったからではないか?王族として、民衆が幸せに暮らせることを望むような環境に育ったからではないのか?私のように、貧乏で生きるために働かなくていけなくて、考えるなんて余裕のなかった人間が、他人様の幸せ考えるなんてないだろうと。
 この考え自体が、貧乏人の僻み根性かぁって自分で思うけどねぇ。

 まぁ、宗教というのは、私に言わせれば”法律のない時代に人がいがみ合わずに済む方法考える”ってことが始まりだったのではないかって。だから宗教的な悟りって”人間の幸せ”を考えるってことなのかなぁ?って。結論ではないけど、私はそんな思いを持ち始めたのかもしれない。

 なんかとりとめもないこと書いているけど、ブッダが悟った結果はどうした?
 それは、現在では”経典”、”お経”となっているものを残した(まぁ誰かが書き残した)、そしてその中身はというと、漢文の経典なんて読まれてもちんぷんかんぷんだけど、和訳されているものを読むと、それは多くが物語のようなもので、ブッダと弟子たちの会話だったり、ブッダが弟子たちを諭している言葉だったりしていると、私は思っているのだが。
 これは、キリスト教の”旧約聖書”、”新約聖書”も同じで多くが物語だったり、詩だったりしているから、同じようなものではないかって思ったりもしている。


 とりとめないなぁ。。。。。 とにかく数多に出てきたものを書き綴っただけです。

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この記事へのコメント
悟るとは輪廻転生からの解脱・覚醒を意味する。
悟って覚者になれば、アートマン(我・心)は現世一代のものであり、魂の不滅など有り得ないことを知る。だから命ある限り精一杯生きるのが理に適(かな)うことを知る。-------
中国でキリスト教と習合した仏教の一派である浄土教(浄土宗・浄土真宗)について言うと、仏教の中でも異質でキリスト教やイスラム教の一神教に似ている。宣教師が一向宗徒をその様に見たそうである。だから他力であり、南無阿弥陀仏と唱えれば、悟る努力は不用で覚者の仲間入りが出来ると説くのである。一神教は思想の言葉(仁義礼智信)の「信」だけを重要視して教義を信仰すれば救われると布教しある種洗脳するのである。オーム事件で分かるように洗脳されてしまえば覚(さ)めるまで、本人は幸せを感じながら人生を全(まっと)う出来てしまう。“信じる者こそ救われる”信仰の力である。-----
インテリは自力を信じるので、悟りに拘ると厄介ですね。
以上は苫米地英人の著書に書かれていることです。


13宗派の中で他力の禅宗は武士階級が好んだそうであるが、本場の中国とは異なり殆ど形骸化していて悟りには程遠く、教えは略(ほぼ)無くて体育会系的な座禅だけ、懐石料理・茶道・華道などの芸術文化に寄与した点が褒められる処だろう。
Posted by tomabechi at 2018年09月15日 01:41
ご教授ありがとうございます。
輪廻転生からの解脱に関しては、多少なりとも知ってましましたが、他力の中で生きてきているので、さほどに思うこともなく。
私が今考えているのは、”なぜ悟りを考えた”ということなのです。別な表現をすれば”輪廻転生”は何故説かれねばならない?”もしくは”輪廻転生という考えはなぜあるのか”ということかもしれません。

なにはともあれ、お読みいただき、解説をありがとうざいました。
Posted by 生田生田 at 2018年09月15日 14:20
 

  
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