2006年12月21日
マイ旅 24 直江津駅・上越市
地図はこちら 以前「マイ旅10」で「JR高田駅」を紹介しましたが、今回は同じ上越市の直江津駅です。
上越市は、もともと直江津市と高田市が合併してできたしですが、直江津と高田では、私の感じるものでは文化的にかなり違いがあるように思われます。
高田は、江戸時代は松平の城下町であり、城下町としての街並みですが、直江津は港町として、また街道の交通の要所としての町並みで、それに応じて文化も違うように思います。
JRの駅もそれなりに違いが出ていると思います。高田は信越線の通過駅ですが、直江津は、北陸線、信越線、羽越線のそれぞれの終点で過去は、ここでの乗り換えも多かったのではないかと思います。
現時点で鉄道を使って上越市から東京に出るときは、2つの方法があります。ひとつは信越線で長野まで出て、長野から長野新幹線に乗る、もうひとつは直江津から『ホクホク線」で越後湯沢まで行き、上越新幹線に乗るです。早く行きたいときは、ホクホク線経由だそうです。これは直江津の駅員さんとの話して教えてもらったことです。
しかし、数年後には北陸新幹線が通ると、現在長野までの長野新幹線と通じることになり、こちらを使うことになるのです。ホクホク線はどうなるのだろう、直江津はどうなるのだろう・・・
(北陸新幹線の上越の停車駅は、現在の脇野田、高田と新井の中間)に新駅ができるそうです。名称は未定とか)
さて、写真の駅舎ですが、これは数年前に立て替えられたものです。私は見たことがないのですが、数年前までは高原ロッジ風の駅舎だったそうです。現在はさすが港町といえると思いますが、駅全体が船をイメージしていると聞いています。
上の写真は、北口’(港・海のあるほう)、下の写真は南口です。
南口が閑散として見えるのは、撮影場所が空き地で、こちらには商店街がないのです。駅舎新築後には南口にも町ができるものと思われたのですが、バブル後のことで夢はかなえられていないということです。
上越市は、もともと直江津市と高田市が合併してできたしですが、直江津と高田では、私の感じるものでは文化的にかなり違いがあるように思われます。
高田は、江戸時代は松平の城下町であり、城下町としての街並みですが、直江津は港町として、また街道の交通の要所としての町並みで、それに応じて文化も違うように思います。
JRの駅もそれなりに違いが出ていると思います。高田は信越線の通過駅ですが、直江津は、北陸線、信越線、羽越線のそれぞれの終点で過去は、ここでの乗り換えも多かったのではないかと思います。
現時点で鉄道を使って上越市から東京に出るときは、2つの方法があります。ひとつは信越線で長野まで出て、長野から長野新幹線に乗る、もうひとつは直江津から『ホクホク線」で越後湯沢まで行き、上越新幹線に乗るです。早く行きたいときは、ホクホク線経由だそうです。これは直江津の駅員さんとの話して教えてもらったことです。
しかし、数年後には北陸新幹線が通ると、現在長野までの長野新幹線と通じることになり、こちらを使うことになるのです。ホクホク線はどうなるのだろう、直江津はどうなるのだろう・・・
(北陸新幹線の上越の停車駅は、現在の脇野田、高田と新井の中間)に新駅ができるそうです。名称は未定とか)
さて、写真の駅舎ですが、これは数年前に立て替えられたものです。私は見たことがないのですが、数年前までは高原ロッジ風の駅舎だったそうです。現在はさすが港町といえると思いますが、駅全体が船をイメージしていると聞いています。
上の写真は、北口’(港・海のあるほう)、下の写真は南口です。
南口が閑散として見えるのは、撮影場所が空き地で、こちらには商店街がないのです。駅舎新築後には南口にも町ができるものと思われたのですが、バブル後のことで夢はかなえられていないということです。