2008年08月15日
63回目の終戦記念日
8月15日お盆であるが、戦死者を弔うがように今日は終戦記念日。
今日も暑いが、1945年の負けたとなったその日も暑かったと母に聞いた。母は、「これで終わったんだ」とほっとしたそうだ。しかし、戦争が終わっても帰ってこない人がいることはその日にはわかっていなかったとも聞いた。
私を背負って具ラマンからの機銃掃射から逃げ惑ったりしたことも聞いた。その私は、防空壕に入った記憶をいまだに持っている。2歳になって一突きしての終戦だから、名古屋空襲の時には2歳になっていなかった。しかし、なぜか防空頭巾を要求し、防空壕に入っていったことを覚えている。私が今、閉所恐怖症、暗所恐怖症なのは、あの防空壕での恐怖感がトラウマになっているのかもしれない。
毎年、戦没者異例式が行われる。そこへの出席者の遺族はもう戦争経験のある人が少なくなっていく。私の年代では戦争経験を持つとはいえないだろうから。
しかし、こうした慰霊祭に出席しながら好戦的な立場の政治かもいたりするのが悲しい。
いつもいつも思うことは、どうして殺し合いをする戦争なんてするんだろうって。
今日も暑いが、1945年の負けたとなったその日も暑かったと母に聞いた。母は、「これで終わったんだ」とほっとしたそうだ。しかし、戦争が終わっても帰ってこない人がいることはその日にはわかっていなかったとも聞いた。
私を背負って具ラマンからの機銃掃射から逃げ惑ったりしたことも聞いた。その私は、防空壕に入った記憶をいまだに持っている。2歳になって一突きしての終戦だから、名古屋空襲の時には2歳になっていなかった。しかし、なぜか防空頭巾を要求し、防空壕に入っていったことを覚えている。私が今、閉所恐怖症、暗所恐怖症なのは、あの防空壕での恐怖感がトラウマになっているのかもしれない。
毎年、戦没者異例式が行われる。そこへの出席者の遺族はもう戦争経験のある人が少なくなっていく。私の年代では戦争経験を持つとはいえないだろうから。
しかし、こうした慰霊祭に出席しながら好戦的な立場の政治かもいたりするのが悲しい。
いつもいつも思うことは、どうして殺し合いをする戦争なんてするんだろうって。