2009年03月03日

五木寛之・親鸞 とうとう『女犯偈』を

 3月3日 新聞連載半年を過ぎ、親鸞の人生転換期の話になっているが・・・・・

 今日は、その最大イベント通帳『女犯偈夢告』といわれている話だが・・・
 小説の今日のストーリーでは、紫野なる女性(多分に三善ため範の娘、将来の親鸞の妻。恵信尼)が親鸞の前に立ち、如意輪観音の化身のごとくかかれている。そして、ストーリーに書かれている偈文はひらがな。。。。 耳で聞いたのだから。漢字でなくてもいいのだが。
 この話は、親鸞没後に詰め・恵信尼が娘・覚信尼に送った手紙(『恵信尼消息』)の中にはっきり書かれている部分のことだ。その手紙には、ストーリーの紫野が将来の恵信尼ならば、自分が親鸞の前に立って偈文を読んだと書かないか?もっとも書けないかな?
 しかし、どうもその恵信尼野手紙と、この小説のストーリーでは違和感が大きすぎる。親鸞29才、恵信尼19才か20才なったところ。前から思っていることだが、恵信尼野方が親鸞を超えているのだ。
 今日も最後のところで、『吉水へおいで』と法然のところに来る誘いをしている。

 恵信尼は、娘への手紙の中で「との」(=親鸞)を観音菩薩と書いている。そういったへりくだりをする人だから、手紙の中に書かなかったのか?
 手紙の中(第3通)には、「しやうとくたいしのもんをむすひて」とある。ここの「もんをむすび」には諸説あるが、聖徳太子ノン魔にかが絡んだことは間違いないが、ストーリー出は飛ばされたのか???
 いくら小説とはいえ、未来の妻が救世観音観音(六角堂の本尊は如意輪観音だったと記憶)に成り代わって、親鸞を口説いているように思えて。

 これで、近々吉水の法然商人のところに行くことになるのだろうが。紫野とは今後どうなるの??


**途中で書いたアドレスは、上越市板倉にある「えしんの里」の公式ページです。**

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