2009年06月27日

五木寛之 親鸞 綽空から善信へ

 五木寛之氏の小説「親鸞」。やっと「選択集」の書写の許可が出た。

 それにしても何でこんなややこしい筋にせんといかんの?
 預けたときは「見る、読むべからず」で、まるで親鸞を試すかのごとく。門外不出を親鸞に預けたことがばれるような筋だし。いったい何を狙っているのか理解に苦しんでいる。

 ここの新しいサブタイトルは「綽空から善信へ」なのだが。これは多分私の思いとは真っ向から違うことになると思う。
 タイトルから想像できることは、「綽空」という名前が「善信」に変わると言うことを意味していると思われる。一般に「善信」とは親鸞の一時期の名前をとらえられている。多分にその線に沿った筋になるかと思うのだが、
 実は私は、「善信」は名前=僧名と考えていないのだ。僧名ではなか卯、「房名」と考えている。その理由は、多くの僧が、○○房○○ (たとえば、法然房源空) と房名と僧名がある。法然の場合には源空という僧名よりも法然という房名が有名である。
 親鸞の場合には、いろいろ読みあさった書籍の中には、房名が存在していないのだ。「範宴」という幼名、叡山を降りてからの「綽空」、そして流罪になってからの「親鸞」と名乗っているのだが、この中に「善信」も含まれいている雰囲気にある。
 しかし私は、綽空の僧名の上に「善信房」がついていたのではないかと思っているのだ。法然門下の多くの僧が房名と僧名を持っているからには、親鸞であってもそのように房名僧名を持っていても不思議ではないし、あることの方が自然な気がしているからなのだが。

 「善信」という言葉は、親鸞の三夢記の中に記載されている言葉。私は、その記載されたものの意味から僧名の上に自分の房名として、ひょっとしたら「綽空」の名をもらったときに同時に法然から与えられているかもしれないと。。。。
 そんな夢が私の見ているものなのかもしれない。

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この記事へのコメント
恵信尼文書に「善信のご房」、「善信房」という言葉がありますが、関係ありますか?
Posted by 独笑 at 2009年06月28日 16:08
私は、宗教者でもなく学者でもありません。
ただ、ひとえに親鸞の生き様を見たかっただけです。
恵信尼さんの言葉には、真実が書かれているとは思いますが、
世の学者さんたちは、どう思っているのか?? 私には分かりません。
Posted by 生田生田 at 2009年06月28日 18:25
 

  
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