2013年01月13日

大河ドラマ 八重の桜 第2回

 第二回になって八重が急に成長を遂げた。子役(鈴木梨央)から”綾瀬はるか”に変化した。子役ができすぎという評判で、変わるのが惜しいようにいわれているらしい。

 さて、先回の乾燥をかいた時に八重と兄・覚馬(西島秀俊)との年齢差が気になると書いた。確かに子役と大人なので違和感を覚えたのだが、では実際の年齢差がどのくらいあるのかを調べてみた。
    八重の生年月日 弘化2年11月3日(1845年12月1日
    覚馬の       文政11年1月11日(1828年2月25日)
 これによると17歳の年の差ということになる。まぁ昔の子だくさんにはよくあったことらしいが…ということで、あの子役と西島との歳の差は、ある程度しょうがないかということになるのだが、そうなると今度は、二次島と綾瀬の年の差が気になる。。。 

 さて、ドラマの方だが、江戸に出ていた兄・覚馬が会津に帰って来た。この時に八重の男勝りの姿を見せられた。そして家で八重から砲術を習いたいといわれた。父(松重豊)もいささか諦めていたようで、覚馬は八重に鉄砲を持たせる。そして『この重さが命を交わす重さだ」と教えられる。

 ドラマでは、この本流のほかに江戸での時代の動きと会津での時代の動きが描かれている。江戸では西郷吉之助(吉川晃司)が薩摩藩のお庭方として登場。(お庭方?幕府だとお庭番で一般的に忍者だけど・・)また勝海舟(生瀬勝久)も登場して覚馬がその教えに接している。また、佐久間象山が(奥田瑛二)が蟄居を命じられたところだ。

 会津の城では、松平容保(綾野剛)の義姉・輝姫(稲森いずみ)が出戻りで帰って来た。**稲森のきれいさをわざわざ殺しているよなぁ)**
 容保は、だいたいどのドラマでもおとなしく描かれる。時には優柔不断で。今回はどう描かれるのか?実際には、京都守護職になって、かなり苦労するのだが、それが優柔不断のせいだったのか?私は、「松平」という姓をもったことで、にっちもさっちもいかない状態に置かれた、時代に流された人物のように思えるのだが。。

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