2013年09月15日
法事で・・・・
今日は父方の祖母の43回忌。何とも中途半端な回忌法要だが、主催する叔父たちの発案におるもの。みんなとし取って、50回忌の忌明け法要までは持たないかもということかららしい。
つまりは忌明け法要をかなり前倒ししてすることになったわけで・・・ そのために親戚縁者をかなりたくさん呼んだらしい。これまでの法要でも集まった人の顔見てどこのどなた様ってことがほとんど分らないのだが、これだけ集まるとそれまで以上に分らない。いとこたちに聞いても分らんというつれない返事。致し方ないので、叔母に恥を忍んで聞いてみた。いろいろ教えられたが、ただ一度遭っただけではこれから先にお会いしても分らんだろうなぁ。。。。
しかし、お顔を見ていて、私のご先祖さんに生き写しの方がお出でになったのだが、その方は私のご先祖さんの姪御さんだった。。。つまりは私の父親のいとこで、父親とはよく遊んだことが遭ったり、私も小さいときにかわいがられたということだ。私が父親の息子であるというと、かなり喜んでもらえたのだが、私が父親似にエチルと言われたのだが、これにはチョイと戸惑ったもので。。。
父親が死んだのは、かなり若い時で、今の私の年になんて遠く及ばないものなぁ。。。。
法要は何のためにする?
こうして親類縁者が故人を偲んで集まり、縁者であることを確認して縁者の輪を守って行くため。しかし、最近は法要をだんだん行うことが少なくなり、親類縁者の輪も希薄になっていく。おそらく多くの家でそうなっているのではないだろうか?
法要を努めるのは、多くが長男の役目。面倒だものなぁ。。。私も家長として法要を営む立場だけど、結構大変ですよぉ。手間かかるし、皆さんに失礼が当てはいけないし。。。終わると数日はどっと疲れが出る位。そんなんだから、だんだんすることもなくなるのかもなぁ。
来年は我が家で法要をせねば。遠くから来てもらう縁者のために、それなりにまとめて行うように考えているけど、つまりはそれだけ遭う機会を減らすことにもなるし。。。。
それにしても疲れたぁ・・・・ 家に帰って1時間以上寝てしまったようだ。
***
和尚は、かなりはしょった法事を。今日は法事を営む家が多かったらしく。ごく当たり前には浄土三部経を延々とするらしいが、今日は一番長い『無量寿経』と「正信偈』だけで終了。短かったよぉ。皆さん喜んでたみたい。
それにしても無量寿経は長いなぁ。。。。
つまりは忌明け法要をかなり前倒ししてすることになったわけで・・・ そのために親戚縁者をかなりたくさん呼んだらしい。これまでの法要でも集まった人の顔見てどこのどなた様ってことがほとんど分らないのだが、これだけ集まるとそれまで以上に分らない。いとこたちに聞いても分らんというつれない返事。致し方ないので、叔母に恥を忍んで聞いてみた。いろいろ教えられたが、ただ一度遭っただけではこれから先にお会いしても分らんだろうなぁ。。。。
しかし、お顔を見ていて、私のご先祖さんに生き写しの方がお出でになったのだが、その方は私のご先祖さんの姪御さんだった。。。つまりは私の父親のいとこで、父親とはよく遊んだことが遭ったり、私も小さいときにかわいがられたということだ。私が父親の息子であるというと、かなり喜んでもらえたのだが、私が父親似にエチルと言われたのだが、これにはチョイと戸惑ったもので。。。
父親が死んだのは、かなり若い時で、今の私の年になんて遠く及ばないものなぁ。。。。
法要は何のためにする?
こうして親類縁者が故人を偲んで集まり、縁者であることを確認して縁者の輪を守って行くため。しかし、最近は法要をだんだん行うことが少なくなり、親類縁者の輪も希薄になっていく。おそらく多くの家でそうなっているのではないだろうか?
法要を努めるのは、多くが長男の役目。面倒だものなぁ。。。私も家長として法要を営む立場だけど、結構大変ですよぉ。手間かかるし、皆さんに失礼が当てはいけないし。。。終わると数日はどっと疲れが出る位。そんなんだから、だんだんすることもなくなるのかもなぁ。
来年は我が家で法要をせねば。遠くから来てもらう縁者のために、それなりにまとめて行うように考えているけど、つまりはそれだけ遭う機会を減らすことにもなるし。。。。
それにしても疲れたぁ・・・・ 家に帰って1時間以上寝てしまったようだ。
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和尚は、かなりはしょった法事を。今日は法事を営む家が多かったらしく。ごく当たり前には浄土三部経を延々とするらしいが、今日は一番長い『無量寿経』と「正信偈』だけで終了。短かったよぉ。皆さん喜んでたみたい。
それにしても無量寿経は長いなぁ。。。。