2007年09月18日

上越の方言を 06旅の記録 第2日 8

 第2日 上越市内を走り回る  その8
        えしんの里地図はこちら 2 そして 北陸新幹線工区


それにしてもおなかがすいた。

五輪等で、何とかテントを収めない写真を撮って、白内障の私の目にはきつい白っぽい景色の中を財団の建物に戻った。

五輪塔から戻るときの『えしんの里』



 それにしても、新幹線が走るようになるともっと風情がなくなるだろうなぁ。
 何も1時間に1本の電車を急いでは知らせても、どうということはないだろう。1時間待った1時間かかっていくならゆっくりでもいいから2時間かけていくのと変わらないだろうに。。


えしんの里の横を走ることになる北陸新幹線 05年に撮影




 建物のガラスドアからもう一度中に入って、受付の女性にここでも方言を聞く。
「いたわしい」って知ってますか?」
「わからない。私はこの土地の生まれでも育ちでもないので」
なるほど。。。。
代わりに事務室にいる男性職員を紹介してくれた。この男性職員は、この土地の生まれで、この土地の育ちだという。この男性も『いたわしい』はわからないという。
では、この土地を特定するような方言はないかと訪ねると、思い当たらないという。では昨夜聞いた「おまん」「おまんさ」はどうか、といえば、「たしかにそれならこの土地だなぁ」という。

 数年前から4度目の上越だが、いつも誰と話しても方言が感じられないのだ。これは、やはり文化の交差するところ、しかも関東、長野の人の流れ、交流の多さが方言を隠す、いや少なくしたのかもしれない。
 新潟というひとつの土地で縛ってもの見ることは危険なのかもしれない。新潟県は、『上越』『中越』『下越』の3地域に分かれる。このうち中越とか下越は同じ扱いのようだが、上越はどうも文化が違うように思える。
 これは、江戸時代に地域を治めた大名の違いがあるのかもしれない。

 たとえば、岡山、広島、には愛知県の名古屋弁や三河弁に似た発音がある。これらは、三河や終わりからの人の流れがそうしたものを残しているからといわれている。上越の城といえば、江戸時代は上杉謙信の流れではなく、伊達政宗の流れの松平の高田藩である。これが今の文化の基礎なのかもしれない。

 いずれにしても、私の方言調査は困ったことになっている。


 受付の女性にお礼を言って、建物を後にした。


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