2008年04月22日
親鸞ゆかりの幼稚園
4月19日土曜日、京都山科区の日野の法界寺に行く。
ここで、前に書いたように大好きな仏さん(阿弥陀如来)を拝観し、その後『日野誕生院』に向かう。
この『日野』というところは、親鸞の生誕地といわれている。といっても、私は全く信用していない。私は、親鸞は京都の中心地で生まれて、死んだと思っているから。
私の思いとは無関係に、この法界寺の隣には、まことしやかに『親鸞産湯の井戸』なるものがある幼稚園がある。右の写真は、その幼稚園にある「鯉のぼり」だが、その下のほうになんか黒いものがあるが、なにかお分かりだろうか? 知る人ぞ知る、なんと、親鸞後幼少の裸で遊ぶ姿とのことだ。
大体が、ここで生まれてたことが疑わしいから、産湯の井戸があるのも変だし、遊ぶ姿があるんもねぇ・・・・
この幼稚園の東の山手には、「日野誕生院」という、一見お寺のような建物がある。秋になると紅葉できれいなところだが、親鸞幼少の姿の銅像があったり、うん、まぁ、どなたがこういうものを診て慶ばれるのかは知らないが。
もうじき『親鸞誕生際』という行事が行われる。このときばかりは、この日野の界隈は観光バスがドット来るということである。
『日野誕生院』は、西本願寺の管理する施設。親鸞を開祖と奉る宗教団体だが、もっと真実を檀家さんに教えてほしいものと思うよなぁ。もう数年すると「親鸞聖人750年大遠忌」が催されることになっている。これは、浄土真宗全宗派が合同で行う行事だが、そのために東西本願寺を始め、各地にある本山といわれる寺が大改修を行っているか行った。
確かに、偉大な宗教家である親鸞の大遠忌ではあるが、そのためにどれだけの檀家が寄付を求められているか。寺だけが大きくなり、親鸞本人の教えとは異なる方向に向いてしまっている真宗である。
なんとなく、寂しい,侘しい、空しい、そんな気分になる鯉のぼりだった。
ここで、前に書いたように大好きな仏さん(阿弥陀如来)を拝観し、その後『日野誕生院』に向かう。
この『日野』というところは、親鸞の生誕地といわれている。といっても、私は全く信用していない。私は、親鸞は京都の中心地で生まれて、死んだと思っているから。
私の思いとは無関係に、この法界寺の隣には、まことしやかに『親鸞産湯の井戸』なるものがある幼稚園がある。右の写真は、その幼稚園にある「鯉のぼり」だが、その下のほうになんか黒いものがあるが、なにかお分かりだろうか? 知る人ぞ知る、なんと、親鸞後幼少の裸で遊ぶ姿とのことだ。
大体が、ここで生まれてたことが疑わしいから、産湯の井戸があるのも変だし、遊ぶ姿があるんもねぇ・・・・
この幼稚園の東の山手には、「日野誕生院」という、一見お寺のような建物がある。秋になると紅葉できれいなところだが、親鸞幼少の姿の銅像があったり、うん、まぁ、どなたがこういうものを診て慶ばれるのかは知らないが。
もうじき『親鸞誕生際』という行事が行われる。このときばかりは、この日野の界隈は観光バスがドット来るということである。
『日野誕生院』は、西本願寺の管理する施設。親鸞を開祖と奉る宗教団体だが、もっと真実を檀家さんに教えてほしいものと思うよなぁ。もう数年すると「親鸞聖人750年大遠忌」が催されることになっている。これは、浄土真宗全宗派が合同で行う行事だが、そのために東西本願寺を始め、各地にある本山といわれる寺が大改修を行っているか行った。
確かに、偉大な宗教家である親鸞の大遠忌ではあるが、そのためにどれだけの檀家が寄付を求められているか。寺だけが大きくなり、親鸞本人の教えとは異なる方向に向いてしまっている真宗である。
なんとなく、寂しい,侘しい、空しい、そんな気分になる鯉のぼりだった。