2009年04月02日

お経と聖書

 前回は、気が向いたら書くと予告。
 なんとなく、ここ数日精神的にまともでないのか、仕事が頭から離れないにもかかわらず、頭の中で考えることが拒否されている。昨日、広小路を歩いたのもその結果のこと。
 今日も、こんなにいい天気なのに、出かけたいけど、風が。それに鼻がむずむずするから。


 本題です。
 お経というのは、何故か漢文で書かれている。本当は、サンスクリット語かなんか私はまったく訳のわからない言葉らしいが、中国に入って漢訳されたものが日本に入ってきて、それをそのまま『漢文は身分の高い、頭のいい学者が使うもの』とばかり今もって続いている。
 一方きキリスト教聖書は、何故か日本語で話を聞くことが出来る。昔は文語体だったらしいが、今は口語体のもののようだ。私が一番最初に聖書に接してのは、英語版だった。英語の勉強のためにと英語の新約聖書を買ってきてそれを翻訳して勉強していた。(これが、渡米して向こうの飲み会で役に立つことになるとは思いもしていなかったけど)

 聖書というものは、旧約と新約があるが、どのくらいの方がお読みなられただろう?実は、私は新約はあまり好きではない。というのはキリストを褒めちぎった、ちょうちん文章が並んでいるから。(信者の方ごめんなさい)
 旧約聖書は、じっくりと読んでいくと、人の生き様、特に多くの人が塊となって生きていく上での幸せな道を書いているところが多い。浪人中・大学に入って、なんとなく教会に足を踏み入れて、牧師さん家族と仲良くなったりし、一時洗礼を受ける手前まで行っていたが、何故か急に行かなくってしまった。(理由は忘れたが、多分あの件だろう・・・逃げたのだ、私が。)
 余談ばかりで申し訳ない。
 旧約聖書の中の『伝道の書』に出てくる言葉。
天が下のすべての事には季節があり、
すべてのわざにはときがある。
生るるに時があり、死ぬるに時があり、
植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
殺すに時があり、いやすに時があり、
こわすに時があり、建てるに時があり、
泣くに時があり、笑うに時があり、
悲しむに時があり、踊るに時があり、
石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、
抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、
捜すに時があり、失うに時があり、
保つに時があり、捨てるに時があり、
裂くに時があり、縫うに時があり、
黙るに時があり、語るに時があり、
愛するに時があり、憎むに時があり、
戦うに時があり、和らぐに時がある、
   (旧約聖書 伝道の書3:1-8)

今でもこの言葉は生きるうえで必要な言葉になっている。
往年のフォークソングファンならご存知の
 アメリカ、ブラザーズ・フォーの
 『遥かなるアラモ』にも一部登場する句です。(勝手に思ってます)

 何がいいたいかというと、聖書は、新約も旧約も物語だということ。教会では、つど、必要なところを牧師さん(司祭さん)が読み聞かせ、それに自分の話を付け加える。

 しかし、一方のお経のほうは、漢文のままで、なにやら訳のわからないものをありがたそうに、大勢の坊さんがいっせいに唱和なんてこともやる。(これはキリスト教でもあるみたい)
 で、聞いている人たちは何がその中にかかれているかなんてほとんどの人が考えもしないで『ありがたいお経を』なんていっている。
 多くのお経が、ゴータマ・シダルタの哲学の表現らしいが、浄土教(浄土宗、浄土真宗など)の聖典といわれている浄土三部経は、日本語訳を読むとわかるけど、物語なんですね。つまりは聖書と同じなんですよ。なぜそれを漢文ままにしているのか、日本人に理解しやすいように翻訳しないのかって疑問なんですね。

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まともに書いているとといつ終わるかわからないので、今回はこれでとめます
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