2010年06月20日

龍馬伝 第25回 寺田屋の母

 どこから旅に出たのかな?何にしても伏見まで龍馬はやって来てそこで宿を取ることになるのだが,それがまたその矢野女将さんが亡くなったお袋さんそっくりということが原因。これ本当か?寺田屋にいったときの説明ではそんなこと一言も言ってなかったぞ。
 それとセットの寺田屋と今の現実の寺田屋ではかなり違うよな。ドラマでは宿の前がすぐに運河でしょう?遠日は,道路が一本あってお家が並んでいて,その南に運河だよ。100年も立つと変るのだ。それに寺田屋ってあんなに広かったっけなぁ?というクレームを付けるh度野暮ではないけど,書きたくて。

 招集藩が蛤御門で薩摩を相手に戦を仕掛けて負けて,朝敵の扱いをされて・・・その流れの中で幕府の海軍はつぶされてしまい、神戸の訓練所は亡くなってしまう。龍馬はどこへ行けばいいかと絶叫。

 そうそう,蛤御門の変のおかげで都の半分が焼けてしまって,お龍の家も焼けてしまう。そのために龍馬は図々しくも寺田やお龍一家を連れて行き住まわせてくれと頼み込んで。。これまた気っぷのいい女将さんはお龍が寺田屋で働くことを前提に一家の住まいを引き受けて。
 こんな時代だったのか,それとも龍馬の図々しさを誰もが認めるだけの彼の人望だったのか。
 図々しさが嫌みにならないと受け止めてくれる人に出会うことは、その人間に取って非常に大切で,その人の人生を大きく左右する。
 これは自jっ再尼身を以て経験しているので,よくわかる。しかし,いくら何でも龍馬の楊は阿蘇駒dねお図々しさは持っていなかった。持っていたらひょっとしたら大成していたかもなぁ。。。なんて,今更思ってもしょうがないけど。

 さて,ドラマのセットの時代は明治維新まで4年の所にきている。かなり大きく時代が動いているが,そろそろ龍馬が薩摩と長州をまとめる時期に来た。血生臭い事件が横行する頃でもある。ドラマではあまり出てこないが新撰組はもうこのの時期には血の雨を降らせているのだが,いずれドラマにももっと出てくることになるのかもしれない。

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