2019年01月16日

義弟のがん治療を通して思うこと

(後に書き加えたものですが、長文になった上、
誤字脱字見直しなしでアップしますご容赦を)


 昨日横浜の妹の夫=義弟の葬儀に参列してきた。
 
 義弟は、肺癌患者で5年の闘病生活を送った。見つかったときはもう手遅れで、末期がんの宣告を受けた。そして手術をした(と聞いている)。その後抗癌剤治療を行ったようだが、数年して治験による治療を提案されオプシーボによる治療を行った、
 開始した当時は、まだオプシーボが現在のように認知されたものではないことで、治験を提案されたのだ。

 オプシーボによる治療は、現在は認知されて保険適用にもなっているらしいが、その治療費はとんでもない金額なるらしい。私自身も高額のホルモン剤(約7万円かな?)で治療しているが、オプシーボの場合は、安くなっても私の4倍以上の価格らしい。
 確かに新薬の開発には、それなりの開発費が過去に必要であったために、販売となると高額でということになる。命を永らえるためには、その金額を支払う必要がある。
 要は、金さえあれば、最先端の医療技術、薬品を使うことで命を永らえるということなので、生きながらえるのはそれなりにカネがかかるぞと言われているようなものである。

 この「生きながらえるために金が必要:ということは、30数年前に母親の治療で思い知らされたことでもある。母親はm当時難病指定されていた”サルコイドージス”で、心臓が自力でうこな書くなっていた。そのためにペースメーカーを入れたのだが、それも完璧には行かず命が途絶えた。
 その際に担当医からの言葉に「これ以上は心臓移植歯科・・・」というのがあった。どれだけ金をツマねばならないのか?心臓移植ってどれだけカネがかかるんだ?途方もない金額がいつ様だったのだろう。まだ腱健在であった親父は何も手を打てなかった。

 私自身が末期がんを宣告されて、それなりにホルモン療法で命をつないでいるが、それにはそれなりの金がかかっている。幸い(他の方には迷惑かけてますが)健康保険の1割負担ということで治療継続ができているけど、宣告された当時は重粒子線治療などが始まった頃で、当時治療費は300万を超えていた。おそらく提案されてもその治療を受けることはできなかっただろう。

 高額治療というのは、その必要性も認めているし、金額についてもある面認めている。しかし、その治療がすべての患者に適してるかどうかはわからないのだ。患者自身、治療を受けて体の変化を完全に担当医に告げているかどうかは疑わしい。医師は医師で自分の殻ではないから、本当に効果があるかの判断は、検査データ待ちという面も否定はできまい。
 患者にとって、最適な治療なのかどうかは、時間が立ってからの結果論になるだろう。

 そういった面があるにもかかわらず、十把一絡げで高額医療を押し付けられている患者もたまに見る。抗がん剤が体に合わないと訴えていても、それ以上の治療法がないと医師から拒否される患者も見ている。こうした場合、利用の効果が疑われていても、その治療は高額であったとしたら、それはその治療費は無駄ということにならならないか?中には、儲かるからと押し付けえいる医師もいるとも聞く。

 そういった裏の面は置いといて。
 今回の義弟の場合は、まだ認知されていない治療法の治験、いうなれば患者をモルモットにした人体実験でその効果を見るを行う。これは手術や薬などいろいろあるようだ。
 その治験を義弟は受けることになった。オプシーボの治療が非常に高額であるが、治験ということでかなり負担は少なかったと聞いている。
 そしてたまたまそのオプシーボによる治療が義弟にはあっていたようで、ある程度の回復をしたと聞いている。数年目に数回あっているがまずまずの健康状態だった。これは、がん治療の治療法が患者にマッチしたケースだろう。(私の場合も医師が”奇跡的”言うほどのマッチした治療法だが)その御蔭で、末期の肺がんでありながら5年という時間命を永らえることができた。

 最後は、癌によるものかどうかは聞いていないが、肺炎を併発したようで、それが原因の呼吸不全だったと聞いた。何はともあれオプシーボの桶げで命永らえたと妹は喜んでいた。(最も死んだとはそれなりに残念だろうが)

 病気の治療は、その患者に適しているかどうかは、完全にわからない。わたしの場合は医師から「これしかないのでこれをやってみましょう」と言われて始めて、効果が確認できたところで「このまま行きましょう」ともうじきまる8年になる。
 すべての患者に、同じ治療法が適しているとは限らない。それを患者と医師がどう判断して、合わなかったときに動のように修正して適切な治療を見つけるかということです。医師の思うままにだけはならないように、それなりに意見を言う患者で有りたと思います。

 葬儀の翌日に書いています。まだ気持ちの整理もついていません。疲れもあって、頭の回転もいかがかとは思います。そんななkで思うことを書いたものです。誰彼を誹謗するものではないことをお断りしておきます。  

Posted by 生田 at 12:21Comments(0)TrackBack(0)自分の健康

2019年01月16日

今どきの葬儀は。。。。

 先週末から宣言したとおりにお休みをいただきました。
 昨日帰宅してからのご挨拶に書いたように、義弟の葬儀のために横浜に出かけていました。

 義弟が息を引き取ったのは1月10の朝のこと。それがなぜ15日にならないと葬儀ができなかったのか?それは、横浜市の事情によるものらしいのです。
 なんでも、10日に亡くなって葬儀屋と連絡して、葬儀屋が手配したのもの、横浜市にある3箇所の火葬場が満杯でこの日まで空きがなかったということのようです。さすが大都会の葬儀事情というところのようなんですが。。。。

 そのために、訃報から装備までに大きなタイムラグが生じたのですが、この間にこちらは横浜まで出かける準備をしなければいけなかった。近場の葬儀であれば着替えなどの用意もなくて済むのですが、横浜となると300キロ以上離れたところで、日帰りとは行かないのです。
 なにせ、通夜は夜、そして告別式が早朝と来ているのでけっこう大変です。

 最初は私達夫婦二人で新幹線でと思っていたのですが、息子が義弟(妹の夫)の親類への顔つなぎということで、一緒に行くということから、それなら3人で車で行こうということになったのです。
 
 横浜で5時からの通夜となると、名古屋を午前中に出ていかないと、14日成人の日の祝日で道路事情がどうなるかわからないということもあったのです。
 実際は東名高速は思ったほどの込具合ではなかったものの、横浜に近づくにつれ3連休の行楽からの帰りのラッシュに引っかかり、大井松田あたりから横浜までは結構ノロノロでした。それを見込んでの早い出発でしたが、途中昼食や、私の体調緩和などで、結局到着は4時ちょっと過ぎた時間になってしまいました。

 ということで、準備やら何やらのこともあり、ブログの書き込みができないからということで、お休みをさせてもらったのです。

 もっとも理由を書かなかったことで、ご心配をおかけしてしまったようで、本当に申し訳なく思っています。

 なんとか無事に帰宅したものの、往復700キロ近いドライブはやはり75歳という歳になると疲れますねぇ。(運転していたらまた疲れは違ったとは思いますが。)まだ体は殆ど寝てます、頭も半分以上寝てます。これから頭をはっきりさせながら、ドライブの記憶を書いていこうと思います。
 葬儀に関することは、また別に思いを書こうかとも思っています。実はガンが絡んでもいるので。。。
  

Posted by 生田 at 10:43Comments(0)TrackBack(0)今日の日

2019年01月12日

しばらくお休みします

ちょっとと遠出をします
(観光ではありません)

そのために

しばらくお休みします

多分来週の水曜か木曜には

復活できると思います
  

Posted by 生田 at 22:25Comments(0)TrackBack(0)

2019年01月12日

笠松・円空仏を見に行くドライブ 4 笠松・柳津・羽島を走る

 1月9日 水曜日。月イチの診察の後、うなぎを食べようとはしましまで走ったが、目指した魚勝が定休日で、しょうがなく目的地笠松の歴史未来館まで走った。そして昼飯お預けのまま40分くらい歴史未来館を見て、さて帰りはお千代保稲荷経由とナビにセットして走り始めた。
 ナビは案の定木曽川の土手を戻れという、それを無視して反対側に都営会えず走りはジッメタ。


歴史未来館を青tに北上して最初の交差点を左折し、商店街と思しきところを西に走ります。そしてしばらくして左折して南下、さらに広い道に出て西に向かいます。


 その広い通りを西に行くと左にイオン柳津の横を通過します。


 またまた走ると ヨーカ堂のオレンジタウンをちょいと離れて通過します。
 できて間もない頃に一度、そして孫のはじめての親のついてこない遠出できた思い出があります。もう15年くらい前になるなぁ。。。。


 更に進むと道路標識に「直進名神高速」と出てきた。なに?このままいくと大垣か?とおもたのだが。。。


 しばらく走ったら、ん? 行き止まりでないか。。。名神は左折するとあるぞ。


 その行き止まりに来た。ここでナビは右折を指示している。言うとおりにしようかと思ったのだが、出るに出られない交通量で致し方なく左折した。ナビの画面で左折しても同じところに行けるのがわかったから。
 左折したところで橋があってその手前を右折した。 


 付き合たちの斜めのT字路の信号で捕まったが、それを左折して道なりに走っていったら右にカーブして橋にきた。長良川だ・・・


 橋を渡ったろころでナビは左折を指示している、また土手を走らせるようなので無視して直進した。


 直進して次の信号を左折して南下し、道なりに真っすぐ走っていく。しばらくて、この未知4回目だと気づいた。


 そうだよ、昔走ったときはまだ”三洋電機”があった頃のこと。その安八工場だ。しかし、平日なのに人気がない、何でと思いながら走っていく。

 工場の南端に来た。右手のこの形は、新幹線から見えるソーラーパネルのバケモンです。寄託して調べたら、この工場閉鎖したんですねぇ。。。。
 大昔、30年くらい前は、この工場でPCのブラウン管モニターを作っていたきく。たしかいいろで評判だったような。それからソーラーパネルの先駆にもなったのだが、松下電器に給され、名前がパナソニックに変わって、あのパナの殿様商売のせいだと思うけど、閉鎖の憂き目にあってしまったようだ。


 この工場のアトリの少し先に新幹線と美濃路が並行した走る交差点に来ます。左折すると羽島大橋からJR岐阜羽島の方に行きますが、これを直進してさらになんかします。


 名神高速の高架をくぐりさらに南下します。




 このまま南下していけば、お千代保稲荷の近くに行けるのはわかっています。しかしナビは左折をいい続けています。かなり長い間無視していたが とうとう誘惑に負けてこの信号で左折したら。。。


 案の定土手に上がらされてしまう。。。。。。逃げ道がないので、しょうが無いから一旦土手に上がります。


 上がったところ、長良川の土手道路は木曽川より広いか。。。


 とは言うもののもうイヤだ土手は。次に降りるところがあったので右折してた。


 おりてすぐの信号を左折してな南下します。あとはナビの言うままに右左折繰り返してはしりました。
 そして、この信号交差点で”お千代保稲荷東駐車場”の表示を見つけたので右折して、道なりに走ります。


 後は道なりにしばらく走ったら赤い鳥居が見えてきた
 300円という民間駐車場の呼び込みを知り目に無料のところに入り込んだ。そして幸い出ていく車ありで、そこに駐車した。45分位の格闘でした。距離はネビのおすすめコースの約倍30キロ近く走ったようです。

 さて車をただで止められたので、これからおちょぼ稲荷に詣でて、待ちに待った昼飯です。。。。。  

Posted by 生田 at 17:56Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2019年01月12日

朝7時に起きたのに・・・・

1月12日 土曜日
もうこの年になると仕事もしてないので
曜日なんてあんまり関係ないな
でもなテレビの番組を見るのには曜日が関係するからなぁ。。

昨夜はドラマ見てたし
寝床に入るのが12次になった
いつものようにブランデーをほんの数ミリコップに入れて
水割りして、ほんわかになって床に潜った

ほぼ即熟睡
夜中に一度トイレに行ったが
戻って即熟睡

明け方夢を見た
わけのわからん夢だ

 婦人科と思しき病院に
 駐車場に車を入れた
 受付に行って予約表を出す
 しかしここで、予約の日が違う?この病院の?
 と、なぜこの病院に来たのかに悩む
 受付の連中が説明してくれたようだが
 納得しない

と、いうところで目が覚めた
時計を見たら7時5分だった

まぁなぁ 前立腺がんの治療薬のホルモン剤
 これをもう8年近く続けていて
 体が女性化してしまっているから
 婦人科に行きたくなったのかもなぁ。。。。

嫌な夢ね
 周りから変な目で見られるし
 予約がどうので、徒歩受かって疑った目で見られるし

どっちも本当に近いことだけどなぁ。。。。


今日は曇っってます
気温は上がりそうもないかな?
冷え込めば雪になりそうだけど

雪に並んでほしい
特に関東は、
 月曜日に関東にいくんです
 車です
 タイヤノーマルです
  

Posted by 生田 at 10:35Comments(0)TrackBack(0)今日の日

2019年01月11日

笠松・円空仏を見に行くドライブ 3 笠松町歴史未来館

 1月9日の円空仏を見に行くドライブで、恐ろしい木曽川堤防をエンヤコラ走ってたどり着いたのが、目的の”円空仏”2体を展示している「笠松町歴史未来館」。とにかくここに来た目的は、円空仏を見ること、そして電話で確認した「写真を撮っていい」ということで写真を取ること。
 今年の最初の円空仏の制作に”笠松町慈眼寺の毘沙門天”を選んだことで、ネットで色々探していたら”歴史博物館”にあるという情報を得た。そこでドライブの当日電話をかけて、常設展示であることと、写真撮影ができることを確認した。
 ということで、ここでほか物を見るという意識はまったくなく到着したのだ。

 正面玄関から入って左手に受付があり、事務室に向かって声をかけた。「今朝ほど電話したものですが」というと、快く迎え入れていただいた(と勝手に思っている)。念のために、本当に写真撮っていいかどうかを再確認して、OKを貰ったので、遠慮なくとることにした。


 受付を向いて背中側に上の画像の展示ガラスケースがある。大きな亜ガラスケースの中にちょこんと2体の黒い仏像が置かれている。と言ってもこの仏像2タイアそれぞれ60センチ強の大きさなのだが、ケースが大きいので、かなり小さく見える。近くによれば仏像がそれなりの大きさとわかるのだが。
 
 近くまで行き、ガラス越しにショットする。ただくらいのでどうしてもフラッシュを使わざるを得ない。光ればガラスに反射するのでガラスにレンズを押し当ててシャッターを押す。全体を撮ることはできない。致し方ないのでカメラを上下に移動してショットし、帰宅してから画像ソフトでつなぐという作業を強いられることになった。
 まぁ、全体のイメージはそれなりに写真をこれまでも見ているのでわかっているが、横からの姿、そして部分的なつまりディテールは写真集には出ていないので、その部分的にほしいところを動き回ってショットしてきた。これ明けの近くで撮らせてもらえたことには本当に感謝している。来てよかったと、心から思う。
 何でも昨年のリニューアルから常時展示になったと聞いた。
 
 一通り円空仏を撮り終えて、1階の女うっせつ点を見て回る。(ごめんなさいショットしてこなかった、悔やんでます)、展示室の一番奥に休憩用に椅子があり、そこにはお茶屋ジュースのサーバーが置いてあった。長く走ってきてのどが渇いていたので、ジュースを飲んだが、これも美味しく助かりました。


 その後、2階にエレベータで上がって企画展を見てきた。
 下の画像がその一部です。


2Fの企画展 干支に関するもの


2Fの企画展 干支に関するもの


2Fの企画展 干支に関するもの


2Fの企画展 干支に関するもの 中国製の医師の十二支の彫り物


2Fのいろんなドローンの展示 常設だと思います


2F 国際交流 常設だと思います


2F 宇宙開発 常設だと思います


 2回を一周りして企画展と常設展を見終えて、またエレベータで1階に降り、帰るために受付でご挨拶をした。ちょっと待ってくださいと言われたので待っていたら、下の画像をプリントアウトしてくださったのだろうと思います。
 これもたすかりました。全体像のきれいなものをいただけたので。

 焼く40分位の訪問でした。久々に来てよかったと思う訪問です。こうした公共施設では写真を取らせてもらえるということが少ないだけに、本当にありがたい。
 そうしたこと以上に、応対してくださった女性の応対の素晴らしさに、心から御礼申します。ありがとうざいました。


 さて、もう1時半を回ります。昼飯食べてないので、お腹がなってます。しかし、これからおちょぼ稲荷に言って、そこでうなぎを食べようと、ナビにお千代保稲荷をセットしました。
  

Posted by 生田 at 21:13Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2019年01月11日

笠松・円空仏を見に行くドライブ 2


 1月9日に毎月の診察の後にでかけた、魚勝でうなぎを食べて、笠松町歴史未来館で円空仏を見るというドライブの2回目。
 前回は、馬飼大橋を渡ったところまでを書いた・


 これは前回の最後の画像で馬飼大橋渡ったところ、正面に伊吹山が見えている。
 この後私には伊吹山は全く目にすることができなくなった。




 馬飼大橋を渡ってすぐの信号で多くの車が左折するのを知り目にチョ屈伸して、道なりに進んだ。しばらく閑散としたところを走ったら魚勝のかんばんがみえてきた。家内いわく”定休日みたいよ”と。
 えぇ?朝ネットで調べた時定休日書いてなかったなぁ。。。。しばらく走ったら突き当り。この右に魚勝がある。右折してみた。


 魚勝の北側の玄関に来たのだが、シャッターが降りている。あ〜〜〜〜〜〜〜ぁやすみだぁ。。。。
 これでうなぎは諦めですねぇ。。。。もう12時半だよ。
 私は迷うことなく、このまま車を走らせ、笠松町の歴史未来館にいく腹でそのまま進んだ。土手に上るんだよぉ。。。


 苦手な土手の道です。右手は木曽川です。河川敷も広いけど左側はちょいと外れると車落っこちそうだよ。。。この未知4回目だけど、好きになれないなぁ。昔はもう少し車小さかったし、目も良かったから
さほど機にしないで走ったけど、今は恐怖が先にあつ。ハンドルを力を入れて握っている。。。(当然肩がこりました)


 魚勝から歴史未来館まで13キロ弱あるんですが、殆どが土手の道です。
 上の画像のように対向車が来ると、もう恐ろしくて。トラックが来ようものなら、風圧で押されるのも怖くてねぇ。その恐怖を押し殺して走ります。


 実は、後ろにトラックが追いついてきてしまったんです。あまり車間をとってくれないので困ったんですが、逃げができないしね。そのまま走っていたら濃尾大橋(多分)の交差点で左折して土手市谷折角と直進して橋の袂の信号交差点にいくのと別れた。私は直進を選択。これが正解で、トラックは土手下の道で交差点粗スルー、オカゲで後ろにトラックが会いなくなった。

濃尾大橋




 笠松の街までもう少し。左手にお起きた建物が見えてきた。松波総合病院だそうです。大きいv病院ですね。何棟もあるような。名前を聞いたことがあるけど、なぜ聞いたことがあるかは記憶にない。


 次ぐのは市の信号を超えたところで左折指示をナビが出した。この未知を左折して街に入るけど、道が狭いわ。入っ次ぐに右折が道なり。


 そのまま少し進んだところでまた左折指示が出た。



言うとおりに左折したら、右手に駐車場があった。ここが笠松歴史未来館の駐車場。車を降りて入り口にったら、正面玄関に回れと書いてある。Pもあるみたいなので、車に戻った。


そしてもと来た道をも沿って左折したら正面玄関に来た。車を入れて、これから中に入ります。  

Posted by 生田 at 14:59Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2019年01月11日

7時間半の熟睡の朝

1月11日 金曜日
昨夜は12時少し前に床に潜った
そのまま即熟睡
おとといのドライブの疲れが出ててたみたいで
首と肩の筋肉痛
湿布あっての就寝

目が覚めたのは7時半少し前
久々に一度も目が覚めてない
それだけ疲れてたか。。。

目が覚めたときに思ったことは
おぉ 今朝は昨日みたいに冷たくないや
そうです今朝は暖かく感じます

新聞入れに外に出ても
風邪もないから余計に
暖かく感じる
人間て適当なんだ。。。。

今日から暫くいろんなことお休みします
疲れることは一切しないつもり
まぁPCに向かっていろいろできることを

体を整えておかないと
週明け久々のロングドライブになりそうだから
  

Posted by 生田 at 09:36Comments(0)TrackBack(0)今日の日

2019年01月10日

笠松・円空仏を見に行くドライブ 1

 1月9日 毎月の診察を終えて、特に問題ないとのお墨付きをもらって安堵の気持ちで、円空仏を見に行くドライブの開始だ。時刻は11時30分スタート。
 途中で、お千代保稲荷の近くの魚勝という鰻屋さん背食事の予定なので、とりあえずナビに魚勝をセットしてスタートした。(食事遅くなる覚悟の上です)

 笹島から西に真っ直ぐの道太閤通を道なりに進んでいく。久しぶりだなこのコース。鹿島にいくときにも走っているなぁ。。。


 庄内川の橋を渡ってます。いつの間にやらこんなくねった道になってしまった。庄内川の堤防を嵩上げしたからついでに道路持ってとこかな?


 右折して国道302号線に入る。毎度思うんだけど、ナビはなぜこの302号に入るのだろう?この先また左折して制震して尾張中央道に入るのなら、別に尾張中央道まで直進してもいいんだけどなぁ。。。。ナビの姉さんの計算方法がわからん。


 案の定左折してまた西を向く。どこかにコンビニないかぁ??????
 雨がほしいのとトイレに行きたいのだぁ。。。 たまたま本屋さんが、ここでトイレ拝借。アメは売ってなかったよぉ。。何も買わなくてごめんなさい


 尾張中央道まで真っ直ぐにしに走って、右折して尾張中央道に入る。とこれなら、最初からここまで西に走れば済むんだよな。。。

 尾張中央道を北心して、祖父江方面に左折する、その手前の交差点。


 させつして、ん????記憶ある景色だぞ。。おぉ一昨年の秋、友人が矢合観音に連れて行ってくれたときに通った道だ。これもご縁。


 祖父江町の胃腸やら植木のいっぱいある田園地帯を西に走ります。そして名鉄(多分尾西線?)の踏切で低所。


 そのまま精神を続けると馬飼大橋を渡ります。 橋の上から伊吹山が見えます。ちょっと恥ずかしそうに顔隠してますが、紛れもなく伊吹山です。




 馬飼大橋を渡り終えたところで正面に伊吹山が、このあたりいい景色だなぁ。。。


 さて、ここから”魚勝”の店に向かうのです。待望のうなぎです。。。。
  

Posted by 生田 at 17:18Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2019年01月10日

円空仏 模刻の世界 笠松町慈眼寺 毘沙門天を彫る 2

 年末にいただいたヒノキ材の材料を昨日の計測図に基づいて木取りをする。
 今日はとにかく冷え込んでいるので、手がかじかんで怪我だけしないように注意した。

 左はまだ部屋の中でいただいたい状態に近い、頂いたものの底部になる部分をのこぎりで平らにしただけ。これで高さ50センチ超度である。
 材料の右手にあるのがナタで、これを使って木槌で打ち込むのですが、こればかりは部屋の中では木っ端が跳ねるとガラスを割りかねないので、庭に出てすることにしました。(この寒いのに)



 庭に持ち出して、ナタで側部にマークしたところをわろうとしたんですが、想定外の硬さで、ナタだけでは割れないと判断して、大きいノミを補助にして、さゆうをそれぞれわりました。
 ここでは、木槌は欅の重いのを使っています。日頃使っている小さいものでは重さが足りずに打ち込めなかったのです。
 画像は左右に割ったものが並べておいてあります。
 (両サイドのものもこの先小さいものを彫るのに使います)

 想定外ですが、まっすぐに割れていません。下になる方がかなり太くなってしまいました。




 上記で割った材料を部屋に持ち込んで、マークしたラインに沿うように一番大きい飲みを使って彫り込んでいきました。
 思ったよりも材料は硬く、結構な仕事になりました。

 割ったり、削ったりでできた木っ端で、試し彫りで地裁物を彫ってみましたが、想定外の硬さと、腕が鈍っているのでまともに彫れませんでした。材料に上にちょこんと乗っているのがそれです。  

Posted by 生田 at 15:09Comments(0)TrackBack(0)趣味の木彫り

2019年01月10日

ものすごく冷え込んだ朝

昨夜は11時過ぎに寝床に入った
往復5時間に渡るドライブ
久々でしかも木曽川、長良川の土手を走る
そんな恐怖でかなり疲れた
お蔭でぐっすり眠れた

でも4時ころ目が覚めた
とにかく寒い
寝床が冷たい
しょうが無いから
敷布団の下に電子カーペットを敷いてあるから
電源を入れた

このオカゲで朝8時までなんとかねぇ

あさ年賀状の返信を出しに行った
ものすごく冷たい
寒いを通り越している
道路は雪か雨が降ったのかと思うようなシミ
雪が降ってもおかしくはなかった

いま気温を調べたら
夜中の最低名古屋は 6時で-1.4 7時で-1.6
寒かったわけだ

今日は円空仏をほる材料の気取りをします
昨夜アップした「円空を彫る」の材料です
ということで
これから12時まで木彫りの部屋にこもります
  

Posted by 生田 at 09:52Comments(0)TrackBack(0)今日の日

2019年01月09日

円空仏 模刻の世界 笠松町慈眼寺 毘沙門天を彫る 1

 今日1月9日は毎月の体の調子のチェックを受け、その後で、名古屋の中村区からを下道を走って岐阜県笠松町の歴史未来館を訪れた。
 なぜ1月に行ったのか?それは毎年新年になると”円空仏の会”で新しく彫るネタを決めなければならない。と言って、それが会の方針というわけではないが、私自身の気持ちの問題として例年そういった取り組みをしてきている。
 今年は、悩みに悩んだ。何をほろうか?これまでいろいろな円空仏を彫ってきたが、いずれも私の好みのもの、もしくは話題性に富むものを選んできたのだが、7年もやっているとそれなりに一通り彫った来たという感じがある。
 円空さんは、生涯で12万体の仏像などを彫ったと言われているが、それはだいは像高数メートルもあるものから、小さいのは数センチのものまであり、その中から選ぶわけだがなかなか好みにあるものは少ない。それに、対象とする仏像を彫る材料の問題などもあるのだ。
 で、昨年末、最後の会の折にヒノキ材をもらった。高さ50センチある。結構な大きさなので、それなりのものを彫ることができる。そこでこのくらいの大きさの円空仏を手持ちの円空の写真集などから探した。ほぼ同じ大きさのものがいくつか見つかったが、私が絶対に彫りたくない種類のもの、縦横のバランスで彫れないもの、それらを外したら何もなくなってしまった。
 そこで、気持ちを切り替えて、これまで彫ったものの中で、もう一度挑戦したいものの中からえらぶことにした。一体が昨年も彫った羽島市中観音堂の”鬼子母神”、もう一体がここ数年彫っていない笠松町慈眼寺の”毘沙門天”だ。鬼子母神の本物は結構像高が高く、50センチに縮小するとこれまで彫ったものとあまり変わりない、もう一方の毘沙門天は本物よりも10センチくらい小さくなるが、これまでこの大きさで彫ったことがない。ということで結論的に”毘沙門天”の再挑戦と決めた。
 
 そこで先日から全体のバランスを計算して、実物を全体に縮小して彫るための計算をしたのだ。(最近の私は、この計測をすることは殆どない。もう写真からあくるイメージを頭の中で計算して彫り込むようにしているので、計測の筆意ようがないからだ)
 今回は、できるだけバランスを忠実に彫ってみようという気持ちがあるからという計測なのだ。

 左の画像がその計測したもので、写真集の写真をコピーし、その上に画像での計測値を書き込み、その上で全体の像高と材料の高さの比率をかけてすべての計測値の彫るための数値を決めていく。
この方法は、会に入ったときに先輩から教授された方法だが、他の会の人達はどうしているかは聞いていない。
 もう一つ、模刻という独特の世界であることで、できるだけ実物に近いことが重んじらているようです。オリジナルの円空仏は、他の会ではご法度とも聞いていますが。。。

 大筋はこの計測値を基に彫り始めるのだが、私の場合はどうしても”創作したい”という欲求を完全に抑えることができないので、どこかから自分なりのアレンジが入っていく。
 今回もその傾向は否定できないが、なんとか久々なので、できるだけ忠実な比率を守っていき、顔のあたりだけは私の好みに仕上げてのいいかとは思っている。

 この作彫り始めてどう仕上がっていくかは、また時折その制作過程を記事にしてアップするかなと思っていいる。
 まだ十一面観音も仕上げっていないのに、とのお叱りを受けるかもしれないけど、作風の違うものであり、目的も違うのでご理解賜りたく存じます。  

Posted by 生田 at 22:44Comments(0)TrackBack(0)趣味の木彫り
  
2015大津・京都の旅
1泊2日のドライブ旅行
2015北海道・道東の旅
1週間870kmのドライブ旅行
大学OB会と
50年ぶりの鎌倉
OB会の後に鎌倉と横浜に行ってきました
15年年頭 広島宿泊の旅
鞆の浦、竹原、宮島に行きました
14年秋 京都宿泊の旅
久しぶりに新幹線に乗りましたが・・・
13年秋 京都ドライブ旅
京都の紅葉の名所・毘沙門堂に行きました
12年秋 室生寺ドライブ旅
すてきな観音様と再会です
室生寺五重塔
12年秋 京都ドライブ旅
1年ぶりの京都です
三千院
10年秋 平泉ドライブ旅
4泊5日 2000キロの一人旅です
平泉・わんこそば
   
10年夏 室生寺 日帰り旅
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09年秋京都 日帰り旅
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08年秋京都 日帰り旅
08年11月25日貧乏・一人・日帰り旅の記録です。
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生田
生田
 トップの写真は、我が家の庭で、鳥達につつかれ実もなくなり枯れ果てた柿の枝です。人生も同じで、仕事仕事で突き回されてここまで来て、落ち着いたら、だんだん枯れていくんだという思いです。  
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