2016年11月08日
仏さんに惚れ込んで。。。25 円成寺 大日如来
円成寺(正式には園成寺)は、自家用車で行かないと結構面倒なところにある。なら東大寺大仏殿の裏手、平城坂(ならざか)の手前の分岐で柳生街道に入って、どんどこどんどこ東にっ道なりに走り、笠置に抜ける分岐を笠置には行かずまっすぐ行くと左手にあります。結構遠かったなぁ。。。
円成寺は、本当は行く予定をしていなかったのですが、奈良に宿泊旅行した帰りに時間があるからと走っている途中で案内板を見つけて行ってみたのです。
街中からかなり離れていることで、紅葉などのシーズンでもない限り、参拝客はかなり少ない様です。私が訪れた時も、ほかには1組だったかなぁ。。おかげで坊守さん(だと思う)に朱印をいただきながら色々お話ができました。朱印は本堂でいただいたのですが、ここには阿弥陀如来が安置されていました。それはいずれまた。
この円成寺は、創建は奈良時代とも言われているほどでかなり歴史のある寺です。そのために行くつかの国宝や重要文化財がありますが、有名なのは運慶作の「大日如来」ではないかと思います。
大日如来は、本堂などのメインの建物に安置されているのではなく、多宝塔の中にあります。つまりは本尊ではないのでしょう。(本尊は、阿弥陀如来と聞きました)多宝塔の中で、確か東を向いて智拳印を結んでいます。
実は、私は大日如来が苦手なのです。理由はわかりません。多分、他の多くの如来の様に螺髪の頭ではなく、キンキラキンの宝冠を載せているからかもしれません。それにああなお上から目線の威嚇するかの様な表示には、縁を感じないのです。確かに真言では他の如来の上に立つ身ということらしいので、阿弥陀如来大好きの私としては、なんとなく煙たい存在で、好きになれないなぁ。。。
とはいえ、仏としてみるのではなく、古美術としてみるのは別物で、この円成寺の大日如来は、当時のそれに比べると大きさも控えめだし、座る位置も目線に近いので、親しみを感じるし、苦手な大日如来の中ではいいなぁ・・・・・です。
右の写真は、円成寺の公式ページから拝借しました。
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奈良坂については、昔の場所と現在言われている場所とはかなり距離があります。かなり昔は大内裏から多分今の押熊あたりを抜けるところかと思いますが、現在では東大寺裏手、般若寺あたりを経て傷に抜ける道のことを指しています。
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円成寺は、本当は行く予定をしていなかったのですが、奈良に宿泊旅行した帰りに時間があるからと走っている途中で案内板を見つけて行ってみたのです。
街中からかなり離れていることで、紅葉などのシーズンでもない限り、参拝客はかなり少ない様です。私が訪れた時も、ほかには1組だったかなぁ。。おかげで坊守さん(だと思う)に朱印をいただきながら色々お話ができました。朱印は本堂でいただいたのですが、ここには阿弥陀如来が安置されていました。それはいずれまた。
この円成寺は、創建は奈良時代とも言われているほどでかなり歴史のある寺です。そのために行くつかの国宝や重要文化財がありますが、有名なのは運慶作の「大日如来」ではないかと思います。
大日如来は、本堂などのメインの建物に安置されているのではなく、多宝塔の中にあります。つまりは本尊ではないのでしょう。(本尊は、阿弥陀如来と聞きました)多宝塔の中で、確か東を向いて智拳印を結んでいます。
実は、私は大日如来が苦手なのです。理由はわかりません。多分、他の多くの如来の様に螺髪の頭ではなく、キンキラキンの宝冠を載せているからかもしれません。それにああなお上から目線の威嚇するかの様な表示には、縁を感じないのです。確かに真言では他の如来の上に立つ身ということらしいので、阿弥陀如来大好きの私としては、なんとなく煙たい存在で、好きになれないなぁ。。。
とはいえ、仏としてみるのではなく、古美術としてみるのは別物で、この円成寺の大日如来は、当時のそれに比べると大きさも控えめだし、座る位置も目線に近いので、親しみを感じるし、苦手な大日如来の中ではいいなぁ・・・・・です。
右の写真は、円成寺の公式ページから拝借しました。
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奈良坂については、昔の場所と現在言われている場所とはかなり距離があります。かなり昔は大内裏から多分今の押熊あたりを抜けるところかと思いますが、現在では東大寺裏手、般若寺あたりを経て傷に抜ける道のことを指しています。
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