2019年01月21日
円空仏 模刻の世界 笠松町慈眼寺 毘沙門天を彫る 3
年が明けてから今年の5月の合同展出品用の作品を「笠松町慈眼寺毘沙門天」と決めて彫り始めた。
左の画像は、前回掲載した最後のもので、木取りを終えたところで、木っ端で小さい仏さんを彫ったものをせてのショット。
その後横浜に行くという想定外のハプニングで止まっていたが、帰名した翌々日に今年最初の円空彫の会がある金曜日のために、木彫りした材料に鉛筆でマークを入れて粗彫りを少しした。
この時の画像をショットしたと思っていたのだが、訃報が飛び込んだ事でショットしたと思いこんでいたようだ。残念ながら、マークした画像がない。。。。
上の画像は木彫りの会前日に彫った後にショットしたもの。
マークした材料に、マークに沿って大まかなところで鋸を入れ、できるだけ材料を使えるように考えてノコを入れている。そしてその後彫り込めるところは、昨年買ってきた粗彫り用の大きな丸ノミで粗彫りを始めた。
材料はヒノキだが、思ったよりも硬くて、画像にある大きな木槌を使って彫り込んでいる。この木槌を使うのは何年ぶりかなぁ?って感じで。。。大きく材料を割るときにはたまに使うが本体を彫るときにはめったに使わない。が、今回はこれがないと難しいかもしれない。
上の画像は、金曜日の今年最初の回で彫り込んだもの。
2時間足らずの時間での彫り込みなので、そんなには進んでいない。会の最初ということもあり、それに前の週に笠松町歴史未来館でホンモノを見たことの報告など情報交換もしているので、2時間フルに彫ったわけではない。
この50センチという像高くらいになると、オリジナルを彫るときは頭の中でイメージするものをどんどん掘り込めばいいのだが、模刻の場合はモデルのバランスを確認しながらするので、注意しながら彫ることで時間がかかったりする。今回は、多分かなり時間がかかると思う。
この画像では、鉛筆のマークが顔のあたりに残っているのがわかってもらえると思う。
左の画像は、前回掲載した最後のもので、木取りを終えたところで、木っ端で小さい仏さんを彫ったものをせてのショット。
その後横浜に行くという想定外のハプニングで止まっていたが、帰名した翌々日に今年最初の円空彫の会がある金曜日のために、木彫りした材料に鉛筆でマークを入れて粗彫りを少しした。
この時の画像をショットしたと思っていたのだが、訃報が飛び込んだ事でショットしたと思いこんでいたようだ。残念ながら、マークした画像がない。。。。
上の画像は木彫りの会前日に彫った後にショットしたもの。
マークした材料に、マークに沿って大まかなところで鋸を入れ、できるだけ材料を使えるように考えてノコを入れている。そしてその後彫り込めるところは、昨年買ってきた粗彫り用の大きな丸ノミで粗彫りを始めた。
材料はヒノキだが、思ったよりも硬くて、画像にある大きな木槌を使って彫り込んでいる。この木槌を使うのは何年ぶりかなぁ?って感じで。。。大きく材料を割るときにはたまに使うが本体を彫るときにはめったに使わない。が、今回はこれがないと難しいかもしれない。
上の画像は、金曜日の今年最初の回で彫り込んだもの。
2時間足らずの時間での彫り込みなので、そんなには進んでいない。会の最初ということもあり、それに前の週に笠松町歴史未来館でホンモノを見たことの報告など情報交換もしているので、2時間フルに彫ったわけではない。
この50センチという像高くらいになると、オリジナルを彫るときは頭の中でイメージするものをどんどん掘り込めばいいのだが、模刻の場合はモデルのバランスを確認しながらするので、注意しながら彫ることで時間がかかったりする。今回は、多分かなり時間がかかると思う。
この画像では、鉛筆のマークが顔のあたりに残っているのがわかってもらえると思う。