2017年06月14日
4泊5日 石垣島の旅 最終日 7 首里城 6
お菓子を昼飯が割りとは情けないけど、首里城の中には他に食べるものもなく、首里城を出てどこかで食べるものを探すことになるのかなぁ。。。
首里城の菓子を食べたところは、「鎖之間」というらしい。なんで鎖なのかはわかりませんが。。。ここを出て、回廊を進みます。
アァ、今更なんですが、私が「本丸」といっていたものは正式には「首里城正殿」というのだそうです。これまでの記事の修正をするのが面倒なんで、この記事で全文の訂正とさせてください。御免なさい。
回廊を進むと、別なってものがあり、そこにも庭がありますが、これを「奥庭園」というのだとか。この庭園はもう城壁に近くて街を見渡すこともできますが、何中に入って方向側kらなくなっているので東西南北どっちを見ているのやら。。。(方向音痴ではないはずなのに、アメリカ絵行った時の時差ボケ並みの方向感覚が狂ってます。)
上のような画像の景色が見えます。また少し行くと左の画像のような景色になるのですが、この画像の左下にちらっと写っているますが、この奥庭園の解説です。
結構いろいろ手入れをしているようですが、解説には昔の増援状態を示す写真入りで現在とは違うような印象を持ちましたが。。。
どうもここの画像に写っている方向は、地図で見る限り東の方向のようです。昔は、この状態で海まで見渡せたのかもしれませんね。
さて、ここからまた回廊を回って正殿に入りました。
上の画像が玉座です。この右側から入って来たのですが、正面に回って、玉座というものがあること自体、わたhシアg知る日本の城とはかなり違うなぁということと、テレビの中国の歴史ドラマで見る中国の王朝の簡易版という印象も持ちました。まぁそれが正解なのかどうかは見る人によると思います。とにかく一般的な日本の文化よりも中国文化に近いのは致し方ないのでしょう。なにせ東京よりも上海の方がはるかに近いんですから。
この玉座の左だったかに右の画像の王冠が展示されていました。これに関しては、ん???といった感じで、中国の皇帝のかぶる冠とは違うかな?といって大和文化にはないなぁ(と思うけど)
本当はもっと描かなければいけないのですが、何せ2ヶ月も前の話で(これを書いている日14日はちょうど2ヶ月後の日なんです)頭の中に残っているものが少なすぎて。。。写真を見ても思い出せなかったり、年はとりたくないものです。
これで正殿を見終わったわけで出口に行きますが、途中でトイレにとりました。左の画像が、そのトイレの洗面ですがなんとちょいと凝った彫り物の蛇口です。龍ではなさそうですが、獅子のようなので、ひょっとしたらシーサーかなぁ?
今ネットで”シーサー”を調べたらWikiに「シーサーは獅子の沖縄での発音」だとか。ということはやっぱり獅子なのだろう。
この後出口ですが、出口は売店を通過しなければなりません。結構広い場所でいろんなもの売ってましたが、なんも買いませんでした。もう空港までは買い物しない、最後の最後に空港で買おうということにしているからですが。。。(お腹すいたヨォ)
首里城の菓子を食べたところは、「鎖之間」というらしい。なんで鎖なのかはわかりませんが。。。ここを出て、回廊を進みます。
アァ、今更なんですが、私が「本丸」といっていたものは正式には「首里城正殿」というのだそうです。これまでの記事の修正をするのが面倒なんで、この記事で全文の訂正とさせてください。御免なさい。
回廊を進むと、別なってものがあり、そこにも庭がありますが、これを「奥庭園」というのだとか。この庭園はもう城壁に近くて街を見渡すこともできますが、何中に入って方向側kらなくなっているので東西南北どっちを見ているのやら。。。(方向音痴ではないはずなのに、アメリカ絵行った時の時差ボケ並みの方向感覚が狂ってます。)
上のような画像の景色が見えます。また少し行くと左の画像のような景色になるのですが、この画像の左下にちらっと写っているますが、この奥庭園の解説です。
結構いろいろ手入れをしているようですが、解説には昔の増援状態を示す写真入りで現在とは違うような印象を持ちましたが。。。
どうもここの画像に写っている方向は、地図で見る限り東の方向のようです。昔は、この状態で海まで見渡せたのかもしれませんね。
さて、ここからまた回廊を回って正殿に入りました。
上の画像が玉座です。この右側から入って来たのですが、正面に回って、玉座というものがあること自体、わたhシアg知る日本の城とはかなり違うなぁということと、テレビの中国の歴史ドラマで見る中国の王朝の簡易版という印象も持ちました。まぁそれが正解なのかどうかは見る人によると思います。とにかく一般的な日本の文化よりも中国文化に近いのは致し方ないのでしょう。なにせ東京よりも上海の方がはるかに近いんですから。
この玉座の左だったかに右の画像の王冠が展示されていました。これに関しては、ん???といった感じで、中国の皇帝のかぶる冠とは違うかな?といって大和文化にはないなぁ(と思うけど)
本当はもっと描かなければいけないのですが、何せ2ヶ月も前の話で(これを書いている日14日はちょうど2ヶ月後の日なんです)頭の中に残っているものが少なすぎて。。。写真を見ても思い出せなかったり、年はとりたくないものです。
これで正殿を見終わったわけで出口に行きますが、途中でトイレにとりました。左の画像が、そのトイレの洗面ですがなんとちょいと凝った彫り物の蛇口です。龍ではなさそうですが、獅子のようなので、ひょっとしたらシーサーかなぁ?
今ネットで”シーサー”を調べたらWikiに「シーサーは獅子の沖縄での発音」だとか。ということはやっぱり獅子なのだろう。
この後出口ですが、出口は売店を通過しなければなりません。結構広い場所でいろんなもの売ってましたが、なんも買いませんでした。もう空港までは買い物しない、最後の最後に空港で買おうということにしているからですが。。。(お腹すいたヨォ)
2017年06月12日
4泊5日 石垣島の旅 最終日 6 首里城 5
石垣島、沖縄本島の露光から帰ってもうじき2ヶ月になります。頭の中からだんだん記憶がなくなっていきます。なので本当はもっと早く書かねばならないのに、な坂キーボードを押す速度が遅くなり、いやキーを叩くことすらしない日が多くなってしまっています。ということで、なかなか完結しないのですが、その点はご容赦いただいて、できる範囲で書いていきます。
民族舞踊をたっぷり堪能して、やっと本丸に入ります。本丸といっても天守閣があるのではなく、なんとなく回り廊下に囲まれたお屋敷という雰囲気です。お屋敷といっても、これもかなり文化の違いが感じられます。
関所を通って中に入りました。思ったよりも広くはないですが、なんとなく部分的に金沢城を思い浮かべてしまいました。といっても金沢城は白く解放されているが、こちらはエンジ(?)色だし、周囲を囲んでいるので思い浮かべた私がどうかしているようです。
小さい画像ではわかりづらいので部分的に拡大した、日本の城郭でいうシャチホコの部分ですが、左の画像のようにシャチの代わりに龍が城をかじっています。思ったことは、地域によって屋根に乗る動物が変わる、その理由、いわれはやはり勉強しておかねばいかんかったのかなと。
どうも、東南アジアや中国での国王や皇帝の象徴として龍が用いられているけど、その文化の流れなのだろうと思うが、では日本のいわゆる方んまるのシャチはどんな文化なのだろ?(調べハイスレ自分なりにしておかねば)
上の全体の画像の正面がいわゆる本丸にあたるところですが、残念ながらこの日は修理中で覆いがかかってました。それを見ながら右手の回廊の入り口から見学をしていきます。中は写真を撮っても良かったはずですが、中にはダメというところもあったような。それよりもあまり撮ってもしょうがないような風景と思ったので撮ることを避けています。
回廊を順路の案内に従って歩いていたら、庭園を見ながらお菓子を食べられるというサービスがあるとことがわかり、もうお昼を回っていて多少お腹も空いているし、沖縄の王宮のお菓子という斧を食べて見るかなんて気持ちで、ちおと待ち時間が長いというのもかまわずに順番待ちをしました。
それにしても、待ち時間は長かったなぁ。。。。30分は待ったと思います。でもね、待った甲斐はあったかなぁ。。。
右の画像の奥に見えるところが待合の場所で、その壁の向こうがお菓子を食べるところらしい。私たちはその待合の部屋を見て待つことになってました。
右の画像にちょいとおじさんが写ってますが、この人がこの庭園のお世話を冴えているようです。たまたまこの時は植木に水をやっているところ大たのです。お昼なのにねぇ。。。
30分くらい待ってやっとお菓子を食べるところに案内されました。畳の上に座卓がずらりの並んでます。そこに座っているのは、えっ??にほんじんよりもがいこくじんのほうがおおいよ・・・それも台湾からの旅行者らしい一団が10人くらい陣取ってたかなぁ。なんかワイワイやってました。
おなしのオーダーを聞きに来て、その漢字を話す一団に歌詞の説明をするのに中居さんというか係の女性が漢字を話すことができないのか、たまたま一段に英語を話し人がいてので英語で説明してました。この様子をじっと見ていたら、その間味を話しをする女性に「何よ」って顔で睨みつけられました。恐ろしい。。。。
オーダーを聞くのが私たちの番になった。同じ女性がオーダーを聞くのだけど、わたh氏は金尾助¥が喋り始める前に「ここは日本語で結構ですよ」っていうと、近くの日本人の数人とその女性が一同に笑ったものです。彼女はホッとしたような。。。。
お菓子が出て来ました。画像が小さいのでわからないかと思いますが、いろいろ、4種類だったかな?結構な味でしたし、お茶(さんぴん茶というものですが、一般兄はジャスミン茶と言われている)でこれも結構いい味でしたね。(詳しいことはこちらをお読みください)
さて、食べ終えたのですが、実は横にアメリカの女性の親子がいました。ちょっと挨拶を交わしたのですが、彼女らとまた後で顔を合わせたのですが、別れ際に「Have a nice trip」なんていったらすごくいい笑顔を返してくれました。
あぁ・・・・これがこの時は昼ごはんになるのかと思ったくらい。食べ終えたのが1時近かったから。さて、これからまた回廊を回って、本丸の中に入ります。
民族舞踊をたっぷり堪能して、やっと本丸に入ります。本丸といっても天守閣があるのではなく、なんとなく回り廊下に囲まれたお屋敷という雰囲気です。お屋敷といっても、これもかなり文化の違いが感じられます。
関所を通って中に入りました。思ったよりも広くはないですが、なんとなく部分的に金沢城を思い浮かべてしまいました。といっても金沢城は白く解放されているが、こちらはエンジ(?)色だし、周囲を囲んでいるので思い浮かべた私がどうかしているようです。
小さい画像ではわかりづらいので部分的に拡大した、日本の城郭でいうシャチホコの部分ですが、左の画像のようにシャチの代わりに龍が城をかじっています。思ったことは、地域によって屋根に乗る動物が変わる、その理由、いわれはやはり勉強しておかねばいかんかったのかなと。
どうも、東南アジアや中国での国王や皇帝の象徴として龍が用いられているけど、その文化の流れなのだろうと思うが、では日本のいわゆる方んまるのシャチはどんな文化なのだろ?(調べハイスレ自分なりにしておかねば)
上の全体の画像の正面がいわゆる本丸にあたるところですが、残念ながらこの日は修理中で覆いがかかってました。それを見ながら右手の回廊の入り口から見学をしていきます。中は写真を撮っても良かったはずですが、中にはダメというところもあったような。それよりもあまり撮ってもしょうがないような風景と思ったので撮ることを避けています。
回廊を順路の案内に従って歩いていたら、庭園を見ながらお菓子を食べられるというサービスがあるとことがわかり、もうお昼を回っていて多少お腹も空いているし、沖縄の王宮のお菓子という斧を食べて見るかなんて気持ちで、ちおと待ち時間が長いというのもかまわずに順番待ちをしました。
それにしても、待ち時間は長かったなぁ。。。。30分は待ったと思います。でもね、待った甲斐はあったかなぁ。。。
右の画像の奥に見えるところが待合の場所で、その壁の向こうがお菓子を食べるところらしい。私たちはその待合の部屋を見て待つことになってました。
右の画像にちょいとおじさんが写ってますが、この人がこの庭園のお世話を冴えているようです。たまたまこの時は植木に水をやっているところ大たのです。お昼なのにねぇ。。。
30分くらい待ってやっとお菓子を食べるところに案内されました。畳の上に座卓がずらりの並んでます。そこに座っているのは、えっ??にほんじんよりもがいこくじんのほうがおおいよ・・・それも台湾からの旅行者らしい一団が10人くらい陣取ってたかなぁ。なんかワイワイやってました。
おなしのオーダーを聞きに来て、その漢字を話す一団に歌詞の説明をするのに中居さんというか係の女性が漢字を話すことができないのか、たまたま一段に英語を話し人がいてので英語で説明してました。この様子をじっと見ていたら、その間味を話しをする女性に「何よ」って顔で睨みつけられました。恐ろしい。。。。
オーダーを聞くのが私たちの番になった。同じ女性がオーダーを聞くのだけど、わたh氏は金尾助¥が喋り始める前に「ここは日本語で結構ですよ」っていうと、近くの日本人の数人とその女性が一同に笑ったものです。彼女はホッとしたような。。。。
お菓子が出て来ました。画像が小さいのでわからないかと思いますが、いろいろ、4種類だったかな?結構な味でしたし、お茶(さんぴん茶というものですが、一般兄はジャスミン茶と言われている)でこれも結構いい味でしたね。(詳しいことはこちらをお読みください)
さて、食べ終えたのですが、実は横にアメリカの女性の親子がいました。ちょっと挨拶を交わしたのですが、彼女らとまた後で顔を合わせたのですが、別れ際に「Have a nice trip」なんていったらすごくいい笑顔を返してくれました。
あぁ・・・・これがこの時は昼ごはんになるのかと思ったくらい。食べ終えたのが1時近かったから。さて、これからまた回廊を回って、本丸の中に入ります。
2017年06月09日
4泊5日 石垣島の旅 最終日 5 首里城 4
前の回で、「入城券を買って入城です」と書いたものの、確かにそのつもりでこの広場=正式には下之御庭に来たのだけど、来てわかったこと。ここで沖縄の民族舞踊を見ることができ、しかももう少し待てばそれが始まるということで、疲れた足を休めることもできるからと民族舞踊をみつことにした。
結構長い時間舞踊を見ることができました。上の画像は、最初の踊りです。
民族舞踊といえば、石垣島の初日の夜、先輩のお招きに預かったお食事どころ「舟蔵の里」で目の前で見ることができたのだが、あれは多分に民衆の踊りなのだと思う。しかし、今見ているのは民衆というよりも王朝に向けたものではないか?と思うのだ。衣装などもそれなりにかっけうカラフルで、踊りも重かったなぁ。でも、ものすごくうまかった。
この一連の踊りは、椅子席で前から3列目くらいで座って見てたのだが、始まると後ろからどんどん立ち席の人が前に出てくる。右の写真は前の席の人の頭と、右に立ち席の人の頭だけど、そのショットの後でとんでもない女性が前に来て、立ったままになったのだ。周りはどう見ても外国人という感じが多い、欧米系はなんとか区別がつくけれど味アジア系特に中フォク系は区別がつきにくいが、なんとか言葉で区別できるかと思うが、この女性分からない。とにかくそんなこと考えてもいなかったが、私の口から即出た言葉がなんと「Sit Down」と英語が・・・・・自分でも驚いたが、前の女性も驚いたのか、即座ったよ。。。通じたのだ。
それからはもう前に押し寄せる人も出てこれないから落ち着いて楽しむことができたのだ。その一部を画像として並べておこう。
この男踊りは、多分に江戸時代の江戸幕府統治下に入り込んだ文化のものだろうと思う。立っ少私の知る日本舞踊とは違うかなとおも思ったけど、踊る人が何せうまいあわぁ。
これらは、石垣島で見た民衆のおどろの流れだろうともう、最もvほいと遠くkんアジるけどな。石垣島は本当に身近に感じる踊りだった。
これが、この日の踊りのオールスターキャストです。
最後全員が引き上げた後の拍手はそれはそれは大変なもので、見ていたからのほとんどが感嘆したのではないかとお思いますね。
さて、ありも休めたので、今度こそ入城です。
結構長い時間舞踊を見ることができました。上の画像は、最初の踊りです。
民族舞踊といえば、石垣島の初日の夜、先輩のお招きに預かったお食事どころ「舟蔵の里」で目の前で見ることができたのだが、あれは多分に民衆の踊りなのだと思う。しかし、今見ているのは民衆というよりも王朝に向けたものではないか?と思うのだ。衣装などもそれなりにかっけうカラフルで、踊りも重かったなぁ。でも、ものすごくうまかった。
この一連の踊りは、椅子席で前から3列目くらいで座って見てたのだが、始まると後ろからどんどん立ち席の人が前に出てくる。右の写真は前の席の人の頭と、右に立ち席の人の頭だけど、そのショットの後でとんでもない女性が前に来て、立ったままになったのだ。周りはどう見ても外国人という感じが多い、欧米系はなんとか区別がつくけれど味アジア系特に中フォク系は区別がつきにくいが、なんとか言葉で区別できるかと思うが、この女性分からない。とにかくそんなこと考えてもいなかったが、私の口から即出た言葉がなんと「Sit Down」と英語が・・・・・自分でも驚いたが、前の女性も驚いたのか、即座ったよ。。。通じたのだ。
それからはもう前に押し寄せる人も出てこれないから落ち着いて楽しむことができたのだ。その一部を画像として並べておこう。
この男踊りは、多分に江戸時代の江戸幕府統治下に入り込んだ文化のものだろうと思う。立っ少私の知る日本舞踊とは違うかなとおも思ったけど、踊る人が何せうまいあわぁ。
これらは、石垣島で見た民衆のおどろの流れだろうともう、最もvほいと遠くkんアジるけどな。石垣島は本当に身近に感じる踊りだった。
これが、この日の踊りのオールスターキャストです。
最後全員が引き上げた後の拍手はそれはそれは大変なもので、見ていたからのほとんどが感嘆したのではないかとお思いますね。
さて、ありも休めたので、今度こそ入城です。
2017年06月07日
4泊5日 石垣島の旅 最終日 4 首里城 3
一旦キツイ階段を上がったものの守礼門には元の道の方から行こうとまたえっちら降りた。そしてまさ緩やかだけど坂を登っていくと、おやまぁその先に守礼門が見えるではないか。(途中右にかなり急な階段があって堀の方に入りていけるみたい)
実は、これは正式な場内への入り方ではなくこのまま歩いていくと城から出てしまうということで、反対側からの入場をしたことのようです。守礼門をくぐると下り坂でそちらが正式な入り口で、総合案内所やバスの駐車場などがあります。博物館跡地からこちらに話待った方が近道だったようだと、後になってわかったんですが・・・・
とりあえず一度守礼門をくぐって坂を下り総合案内所に向かいました。そしてなんか資料はないかと思ったんですが、配置図くらいだったかなぁ。わた人おな味入場の仕方をした人は、まぁ行く必要もないかなぁって思ったものです。
また外に出て坂を登り守礼門に向かいます。
上の画像が守礼門の正面ということになるのかな?これを通り抜けて坂を登って行くと、道が左右に分かれます。左は来た道で、右が場内に進む道です。当然右に道をとって進みます。
このさきに交差点、ここでその道を行くかで首里城本丸(?)に入り道が変わりますが、私たちは左に折れて木曳門に向かいます。これが首里城本丸に入るためのチケット乳母へに一番の近道ではないかな?
少しずつ坂を登ります。そして下の画像の木曳門に着きます。
この小さいもんは、攻めるときにはものすごいネックになるでしょうねぇ。一気に押し寄せてもここで通せんぼで攻める側が渋滞したところで上からやでも、鉄砲でも打たれたらひとたまりもないですが・・・・それにしても本土の城の作りとはかなり違いますね。
門の先には上の画像のような景色が展開されます。中脳の左にテント見たいmなものが写ってますが、その奥がチケット売り場です。 当然、ここでチケットを買ってそして入場です。
実は、これは正式な場内への入り方ではなくこのまま歩いていくと城から出てしまうということで、反対側からの入場をしたことのようです。守礼門をくぐると下り坂でそちらが正式な入り口で、総合案内所やバスの駐車場などがあります。博物館跡地からこちらに話待った方が近道だったようだと、後になってわかったんですが・・・・
とりあえず一度守礼門をくぐって坂を下り総合案内所に向かいました。そしてなんか資料はないかと思ったんですが、配置図くらいだったかなぁ。わた人おな味入場の仕方をした人は、まぁ行く必要もないかなぁって思ったものです。
また外に出て坂を登り守礼門に向かいます。
上の画像が守礼門の正面ということになるのかな?これを通り抜けて坂を登って行くと、道が左右に分かれます。左は来た道で、右が場内に進む道です。当然右に道をとって進みます。
このさきに交差点、ここでその道を行くかで首里城本丸(?)に入り道が変わりますが、私たちは左に折れて木曳門に向かいます。これが首里城本丸に入るためのチケット乳母へに一番の近道ではないかな?
少しずつ坂を登ります。そして下の画像の木曳門に着きます。
この小さいもんは、攻めるときにはものすごいネックになるでしょうねぇ。一気に押し寄せてもここで通せんぼで攻める側が渋滞したところで上からやでも、鉄砲でも打たれたらひとたまりもないですが・・・・それにしても本土の城の作りとはかなり違いますね。
門の先には上の画像のような景色が展開されます。中脳の左にテント見たいmなものが写ってますが、その奥がチケット売り場です。 当然、ここでチケットを買ってそして入場です。
2017年06月04日
4泊5日 石垣島の旅 最終日 3 首里城 2
沖縄県立芸大の前を通り過ぎ、右手に堀を眺めながら直進すると、右に折れて上り坂になる。これでだんだん首里城の中に入っていくという実感。それにしても城自体はかなり高いところに尽くされている。まぁ、本州などの城に比べると石垣の組み方や城自体にも全く異なったぶんんかであることは一目瞭然で、石垣というか城壁というか、それはなんとなく欧州のものを感じさせるかなぁ。といって、私は欧州の城って映像以外に見たことないんだよなぁ。(欧州に入ったことない、フランスには一度行って見たかったが・・・)
左上の画像は、首里城で最初に出会った入場門だけど、2000円札に使ってあるあの門(守礼の門)とは違うよ。かなり高いところまで階段を登らないと行き着けない門で、これは守りのためのもんなんだろうなぁ。
琉球王朝が戦争をしたのかどうかは知らないが、ここに攻め込んでもかなり攻め落とすのは難しいように思うなぁ。今なら上から落としてしまうだ絵追うけど、昔は下から攻め込むしかないかならなぁ。本来の城は太平洋戦争の末期に破壊されてしまったのだが、この擁壁は昔のままなんだろうと思う。
それにしても、この高さは、この日の私にはかなりきついものがあったよなぁ。。。
左を見ると下の画像のように、こちらも緩やかだけど長い上り坂で、その上に高い城壁が気づかれています。城本体(本州の城でいう本丸)はこの画像の一番右の右手奥にあります。
坂を登っていくと、門から高校生くらいの集団がどんどん降りてくる。どこから湧いてくるのだ?修学旅行かと思うけど、観光バスなんて見てないから、違うところに駐車場でもあるのだろう。
と、ここで私は何を思ったのか、この門に足にキツイことはわかっていても階段を登って門の中まで登ってしまったのだ。そして、そこが多くの人の帰り道だともわかったのだが、行ったのりたもののここはやはり入り口ではなく出口、もっとも入ってもいいけど守礼の門から入るにはここではなく一旦下りて別の入り口からの方が良さそうです。ということで、無謀にも修学旅行のガキどもに紛れて下りました。ほんとおバカだと思う。(杖持って行って正解でしたよ)
そして、元のところに降りたところから、また少し坂を登って、したの画像の入り口から場内に入りました。
左上の画像は、首里城で最初に出会った入場門だけど、2000円札に使ってあるあの門(守礼の門)とは違うよ。かなり高いところまで階段を登らないと行き着けない門で、これは守りのためのもんなんだろうなぁ。
琉球王朝が戦争をしたのかどうかは知らないが、ここに攻め込んでもかなり攻め落とすのは難しいように思うなぁ。今なら上から落としてしまうだ絵追うけど、昔は下から攻め込むしかないかならなぁ。本来の城は太平洋戦争の末期に破壊されてしまったのだが、この擁壁は昔のままなんだろうと思う。
それにしても、この高さは、この日の私にはかなりきついものがあったよなぁ。。。
左を見ると下の画像のように、こちらも緩やかだけど長い上り坂で、その上に高い城壁が気づかれています。城本体(本州の城でいう本丸)はこの画像の一番右の右手奥にあります。
坂を登っていくと、門から高校生くらいの集団がどんどん降りてくる。どこから湧いてくるのだ?修学旅行かと思うけど、観光バスなんて見てないから、違うところに駐車場でもあるのだろう。
と、ここで私は何を思ったのか、この門に足にキツイことはわかっていても階段を登って門の中まで登ってしまったのだ。そして、そこが多くの人の帰り道だともわかったのだが、行ったのりたもののここはやはり入り口ではなく出口、もっとも入ってもいいけど守礼の門から入るにはここではなく一旦下りて別の入り口からの方が良さそうです。ということで、無謀にも修学旅行のガキどもに紛れて下りました。ほんとおバカだと思う。(杖持って行って正解でしたよ)
そして、元のところに降りたところから、また少し坂を登って、したの画像の入り口から場内に入りました。
2017年06月03日
4泊5日 石垣島の旅 最終日 2 首里城 1
ゆいレールの終点・首里駅で降りて首里城を左手に見ながら坂をどんどん降りていく、結構降りるんだよな。これは帰りがきついということでもある、ちょいとこの日はきつかった。。
博物館という案内に従って進んでいるが、それらしき建物はどこにも見当たらない。なんか変化予感がしたんだけど、まさか案内が間違っているわけではないよなぁ」ななんて思いながら。
信号交差点で北側に移動した。こちら側にしかないだろうという勝手な判断で。歩道をさらに西に進んでいくと、なんかだだっ広い空き地がある、そかも周りには石垣が組まれているのだ。これが何かの古い施設の残りでここに博物館があってもいいと思ったのだが。。。
その石垣に沿って歩いていると「国王頌徳碑」と書かれた標識を見つけた。どうもここにその「国王頌徳碑」というものがあったのだが、戦争で破壊されてしまったものの一部が歴史博物館に残されているというのだが、その歴史博物館は2006年に現在地(前日通ったところ)に移転したので、今はこの場所は跡地になっている。つまりは道路の案内板は、一部嘘だよなぁ。「跡地」の文字を入れておいてくれないとなぁ。でも、そのおかげでこんな画像のものに出会って知識を持つことにもなたので、まぁいいか。。。。。
左の画像は、復刻された記念碑だそうですが、写真では何が書いてあるおやらわかりませんね。首里城にお行きになった際に、お時間がありましたら是非お立ち寄りください。
さて、博物館がないことがわかったので、本来の目的「首里城」に行かねばならないのだが、どうにも入口がわからない、たぶんに通り越してきているからだろうと思うのだが、道路の案内は見当たらないので、通りかかったご婦人にちょいとお尋ねした。お教えによると道路反対側に堀(多分城の堀)があるのでそれに沿って、もと来た道を少し戻ってコンビニ?だかで右折していくと入り口に向かうとのこと。(後でわかったことだけど、ちょいと遠回りだったみたい、でもおかげで新たなものに出会ったし。。。)
言われた通りに信号で道路反対側の歩道に移動して、元来た道を坂を少し登っていく。言われた通りに右折するところに下の画像のようなちょっとした広場あった。これは「沖縄県立芸術大学」なのだそうだ。昔は”芸術大学”といえば、国公立では芸大、京都美大、金沢工芸大、京都工業繊維大、私立では武蔵美、多摩美、女子美、日大芸術学部とうとう、そんな門だったが、今では全国に芸大といわれるものが多数ある。その中の一つなんだろうが。。。
ここを右折すると、首里城が遠くのかなり上の方に見えたのだ。うぇあそこまで登るんかいなぁ。。。。。
画像の右手が「沖縄県立芸大」の門で、その先遠くの上に首里城です。
博物館という案内に従って進んでいるが、それらしき建物はどこにも見当たらない。なんか変化予感がしたんだけど、まさか案内が間違っているわけではないよなぁ」ななんて思いながら。
信号交差点で北側に移動した。こちら側にしかないだろうという勝手な判断で。歩道をさらに西に進んでいくと、なんかだだっ広い空き地がある、そかも周りには石垣が組まれているのだ。これが何かの古い施設の残りでここに博物館があってもいいと思ったのだが。。。
その石垣に沿って歩いていると「国王頌徳碑」と書かれた標識を見つけた。どうもここにその「国王頌徳碑」というものがあったのだが、戦争で破壊されてしまったものの一部が歴史博物館に残されているというのだが、その歴史博物館は2006年に現在地(前日通ったところ)に移転したので、今はこの場所は跡地になっている。つまりは道路の案内板は、一部嘘だよなぁ。「跡地」の文字を入れておいてくれないとなぁ。でも、そのおかげでこんな画像のものに出会って知識を持つことにもなたので、まぁいいか。。。。。
左の画像は、復刻された記念碑だそうですが、写真では何が書いてあるおやらわかりませんね。首里城にお行きになった際に、お時間がありましたら是非お立ち寄りください。
さて、博物館がないことがわかったので、本来の目的「首里城」に行かねばならないのだが、どうにも入口がわからない、たぶんに通り越してきているからだろうと思うのだが、道路の案内は見当たらないので、通りかかったご婦人にちょいとお尋ねした。お教えによると道路反対側に堀(多分城の堀)があるのでそれに沿って、もと来た道を少し戻ってコンビニ?だかで右折していくと入り口に向かうとのこと。(後でわかったことだけど、ちょいと遠回りだったみたい、でもおかげで新たなものに出会ったし。。。)
言われた通りに信号で道路反対側の歩道に移動して、元来た道を坂を少し登っていく。言われた通りに右折するところに下の画像のようなちょっとした広場あった。これは「沖縄県立芸術大学」なのだそうだ。昔は”芸術大学”といえば、国公立では芸大、京都美大、金沢工芸大、京都工業繊維大、私立では武蔵美、多摩美、女子美、日大芸術学部とうとう、そんな門だったが、今では全国に芸大といわれるものが多数ある。その中の一つなんだろうが。。。
ここを右折すると、首里城が遠くのかなり上の方に見えたのだ。うぇあそこまで登るんかいなぁ。。。。。
画像の右手が「沖縄県立芸大」の門で、その先遠くの上に首里城です。
2017年05月31日
4泊5日 石垣島の旅 最終日 1 首里城へ
石が久嶋、沖縄本島への4泊5日の旅行もとうとう最終日になった。結構ハードスケジュールという感じでかなりお疲れです。一昨年北海道旅行した時よりも疲れている。北海道は6泊7日で全工程をレンタカーだったが、今回はレンタカーも借りてはいるが、なんだか車よりもあ歩いたりしているのが多いような気がせんでもない。この歳になるとこうした皇帝はきついなぁと思う。
最終日の朝、夜明けごろに鼻に違和感、どうしたことかと思ったら鼻血だ。この歳になって鼻血を出すなんてことは理由がわからない。ティッシュを詰め込んで止血をしてはいるものの、結構な時間とティッシュを使ってなんとか止血ができた。このおかげでちょいと睡眠不足だぞ。この日はレンタは使わずにゆいレールでの移動。だから居眠り運転することもないから良かったと思う、前日だったら、結構緊張したかもなぁ。
朝食を済ませて9時ごろだったかにチェックアウト、牧志駅まで行き駅のコインロッカーに3人分の荷物を全部(貴重品以外)を放り込んだ。そしてゆいレールに乗って首里城に向かう。
ここ牧志駅で乗車券を買ったのだが、1日乗車券を買った。下の画像が私が買った乗車券そのものです。
購入して初めて気づいたのだ。ゆいレールの一日乗車券は、なんと24時間有効なのだヨォ。ということは前日、おもろまちからマキシ前乗った時に一日乗車券を買っていれば、この日は上k車券を買うことなく那覇空港に着くまでなにもいらんかったんです。土地が変わるとこうしたことも変わるもので、あらかじめ知っておくと得することなんだけど、今更損したと言っても遅いよなぁ。(これから先、お出かけの方、乗車時kなんを考えてチケットをお買いください)
ゆいレールの窓からの景色は、やはり私たちの日頃見る景色とはなんだか違ってます。基本的な文化の違うが、景色まで変えているのだろうか?ゆいレールは高いところを走っている。街を見下ろしているからそう思うことなのだろうか?私が住む名古屋にはモノレールはないが、リニモや名鉄やらJRなども高いところを走っているはずだが、見る景色が違うよなぁ。。。
しんこうほうこうみぎて(だったと思う)の高台に首里城らしきものが見えてきた。シャ芯を取ったと思っていたのだが、何ともおバカですねぇ、カメラの中に残ってないということは、景色に見とれて撮らなかったようです。記憶の画像を出せるものなだ出したい。。。。
駅を降りて、階段を降りて、坂を下った。
上の画像は首里駅を見ています。なんでここから撮り始めたんだろ????
ここから首里城へは一旦坂を下って、また登らねばならないのです。かなりきつかったよなぁ。まぁあらかじめ予想はしていたことなので、この日は朝から杖を持って出かけています。そしてそれが役に立つことになります。
駅を降りてゆいレールとは別れて坂をどんどん降ります。道路の案内板には「博物館:とある。ん??博物館は昨日レンタで通ったあたり、つまりおもろまちの近くにあったはずなのに
。なぜ? そんな疑問を持ちつつ、博物館の案内に従って坂を下って行きます。
最終日の朝、夜明けごろに鼻に違和感、どうしたことかと思ったら鼻血だ。この歳になって鼻血を出すなんてことは理由がわからない。ティッシュを詰め込んで止血をしてはいるものの、結構な時間とティッシュを使ってなんとか止血ができた。このおかげでちょいと睡眠不足だぞ。この日はレンタは使わずにゆいレールでの移動。だから居眠り運転することもないから良かったと思う、前日だったら、結構緊張したかもなぁ。
朝食を済ませて9時ごろだったかにチェックアウト、牧志駅まで行き駅のコインロッカーに3人分の荷物を全部(貴重品以外)を放り込んだ。そしてゆいレールに乗って首里城に向かう。
ここ牧志駅で乗車券を買ったのだが、1日乗車券を買った。下の画像が私が買った乗車券そのものです。
購入して初めて気づいたのだ。ゆいレールの一日乗車券は、なんと24時間有効なのだヨォ。ということは前日、おもろまちからマキシ前乗った時に一日乗車券を買っていれば、この日は上k車券を買うことなく那覇空港に着くまでなにもいらんかったんです。土地が変わるとこうしたことも変わるもので、あらかじめ知っておくと得することなんだけど、今更損したと言っても遅いよなぁ。(これから先、お出かけの方、乗車時kなんを考えてチケットをお買いください)
ゆいレールの窓からの景色は、やはり私たちの日頃見る景色とはなんだか違ってます。基本的な文化の違うが、景色まで変えているのだろうか?ゆいレールは高いところを走っている。街を見下ろしているからそう思うことなのだろうか?私が住む名古屋にはモノレールはないが、リニモや名鉄やらJRなども高いところを走っているはずだが、見る景色が違うよなぁ。。。
しんこうほうこうみぎて(だったと思う)の高台に首里城らしきものが見えてきた。シャ芯を取ったと思っていたのだが、何ともおバカですねぇ、カメラの中に残ってないということは、景色に見とれて撮らなかったようです。記憶の画像を出せるものなだ出したい。。。。
駅を降りて、階段を降りて、坂を下った。
上の画像は首里駅を見ています。なんでここから撮り始めたんだろ????
ここから首里城へは一旦坂を下って、また登らねばならないのです。かなりきつかったよなぁ。まぁあらかじめ予想はしていたことなので、この日は朝から杖を持って出かけています。そしてそれが役に立つことになります。
駅を降りてゆいレールとは別れて坂をどんどん降ります。道路の案内板には「博物館:とある。ん??博物館は昨日レンタで通ったあたり、つまりおもろまちの近くにあったはずなのに
。なぜ? そんな疑問を持ちつつ、博物館の案内に従って坂を下って行きます。
2017年05月29日
4泊5日 石垣島の旅 4日目の6 那覇・国際通り 4
那覇・国際通りを宿泊先の保テイルに戻る方向ぬ向いている。と行っても、夕食がまだなのだ。ああの客引きのおかげで食べるのを気分的に避けてしまっている。観光地で一番いかんのが変な客引きなんだが。。。
夕食は、最悪コンビニ弁当でもいいかと覚悟を決めてコンビニを探しながら歩いていた。ちょっと広い通りとT交差するところ(この広い道は、年とで調べたら「桜坂中通り」というらしい)でその広い通りの柵に赤い提灯のみでを見つけた。そこには「ソーキぞば」と書かれている。やっと専門店を見つけたって感じでその店に入ることにした。
小さい店で外には椅子席もあるけど、見た目綺麗ではないが、本当は綺麗みたいだった。店の中に空き席があったので中に入り込んだ。狭いわぁ。カウンター席だけ、5〜6人でいっぱいかなぁ。店の主人兼調理人の女性が一人だけ、かなり難しい顔をしている、理由はたまたまそこにいた客がどうも台湾あたりからの客で支払いにクレームをつけてたというか感情の話がまともに通じてないからのようだ。まぁなんとか通じてことなきを得たが。
注文したのは当然「ソークぞば」、いろんなメニュー(といってもそんな数ではないが)を見てオーダーした。
出てきたのがいだりの画像。カメラの色温度の関係で色がわかりづらいけど、結構な彩りです。とにかくシンプルです。しかし旅行初日に鍾乳洞の食堂で食べたのとは、印象が違うよなぁ。。こちらが本物って感じです。
このみせ「我部祖河食堂」は「ソーキそば」発祥の店の支店(フランチャイズかも)らしいから、本物には違いない。なんか最後の最後に本物の沖縄そばに接したって感じです。
とにかく食べ終わって、満足してます。腹の膨らみ具合も。
お腹もいっぱいになったところで、ホテルに帰ります。でも、夜中にお腹が空くと食べに行くところが分からないから、見つけたコンビニでパンを買い込んだ。
牧志駅で翌日の荷物を預けるロッカーの下見をするためにエスカレータで駅に上がった。そして改札内にロッカーがあることを確認して、そのまま東に連絡橋を使ってちょっと離れた隣のビルに行く。
本当は、ここで見た風景の画像をあげるといいのだけど、なんとカメラも携帯もバッテリー切れでショットできず。残念です〜〜〜〜〜〜〜。
隣のビルの中に下りのエスカレータがあり、それを使って地上に降り、そのビルの道路の反対側のホテルに。
これで4日目の観光は終了です。部屋で風呂に入って、バタン。。。。。おやすみなさいです。
夕食は、最悪コンビニ弁当でもいいかと覚悟を決めてコンビニを探しながら歩いていた。ちょっと広い通りとT交差するところ(この広い道は、年とで調べたら「桜坂中通り」というらしい)でその広い通りの柵に赤い提灯のみでを見つけた。そこには「ソーキぞば」と書かれている。やっと専門店を見つけたって感じでその店に入ることにした。
小さい店で外には椅子席もあるけど、見た目綺麗ではないが、本当は綺麗みたいだった。店の中に空き席があったので中に入り込んだ。狭いわぁ。カウンター席だけ、5〜6人でいっぱいかなぁ。店の主人兼調理人の女性が一人だけ、かなり難しい顔をしている、理由はたまたまそこにいた客がどうも台湾あたりからの客で支払いにクレームをつけてたというか感情の話がまともに通じてないからのようだ。まぁなんとか通じてことなきを得たが。
注文したのは当然「ソークぞば」、いろんなメニュー(といってもそんな数ではないが)を見てオーダーした。
出てきたのがいだりの画像。カメラの色温度の関係で色がわかりづらいけど、結構な彩りです。とにかくシンプルです。しかし旅行初日に鍾乳洞の食堂で食べたのとは、印象が違うよなぁ。。こちらが本物って感じです。
このみせ「我部祖河食堂」は「ソーキそば」発祥の店の支店(フランチャイズかも)らしいから、本物には違いない。なんか最後の最後に本物の沖縄そばに接したって感じです。
とにかく食べ終わって、満足してます。腹の膨らみ具合も。
お腹もいっぱいになったところで、ホテルに帰ります。でも、夜中にお腹が空くと食べに行くところが分からないから、見つけたコンビニでパンを買い込んだ。
牧志駅で翌日の荷物を預けるロッカーの下見をするためにエスカレータで駅に上がった。そして改札内にロッカーがあることを確認して、そのまま東に連絡橋を使ってちょっと離れた隣のビルに行く。
本当は、ここで見た風景の画像をあげるといいのだけど、なんとカメラも携帯もバッテリー切れでショットできず。残念です〜〜〜〜〜〜〜。
隣のビルの中に下りのエスカレータがあり、それを使って地上に降り、そのビルの道路の反対側のホテルに。
これで4日目の観光は終了です。部屋で風呂に入って、バタン。。。。。おやすみなさいです。
2017年05月27日
4泊5日 石垣島の旅 4日目の6 那覇・国際通り 3
那覇・国際通りで嫌な客引きを振り切ったものの、どこかで食事をするところを見つけなくてはならい。どこへ行けばいいのやら。初めてのところは調査した上でこうるのが当たり前だが、調べてきてもそこが正解かどうかはわからない。
前回の最後に書いたように、客引きに出会ったところの道路の反対側に渡ったのだが、渡ってことで見つけることができた商店街「平和通り商店街」の入り口を見つけた。まぁ反対側を歩いていても見つけたかもしれないが、左の画像にはお目にかかれなかっただろう。なんとなく薄暗くて、生活臭があると思ったので、こっちへ行けば地元の食堂もあるだろうなんて安易な考えで入って行くことにした。
横断歩道を渡りながら西を向いてショット。気にしていなかったけど、この画像を見ると西の方は、まだ遠くの方でかすかに登ってですねぇ。。
横断歩道を渡りきって平和通り商店街に入り巻いた。屋根があるのでそこからの光が遮られてます。昼間でもそんなに明るいとこところではないかもなぁ。。。
上の画像がその商店街の様子です。まぁどこに行ってもあるような商店街ですが、正直行ってあまり綺麗だとは思わなかった。時間的に地元の人のもう入ってきていないので人通りは少なく、観光客もあまり入ってこないのか、お店は手持ち無沙汰ってところで冷やかして歩くにはちょうどいいかもな。。。。ただ、観光シーズンの時はどうだろう?生活品を買い込み時間帯はどうだろう?那覇ない行ったら、おタッチよりいただいて、ご報告くださるとありがたいです。
商店街は、一本道ではなく、中で枝分かれして結構複雑でした。碁盤の目ならまだいいのだけど細かい裏道みたいなのがあったりして、道不案内な上に東西南北の方向が分からなくなっているのでまるで迷路に入り込んだような印象だった。まぁ、方向は分からなくてもなんとか入ってきた道と国際通りがふどっちくらいは動物的な勘でわかっているつもりなので、奥へ、脇に入って行った。正直、大阪の鶴橋駅の近くのコリアンタウンを思いさしたほど、なんか日常と違いすぎた。
うろうろ食べるところを探していると、一場があったので入り込んだ。きったねぇ。。。。そんな言葉が最初に飛び出したほど雑戦としている。これこそ生活の中のかなぁなんて思ったのだが。。。下の画像が、その様子の一部。
しかし、ここにきて観光客が結構いることに気づいた。お土産をここで買っている。海ぶどう、もずく、貝、などなどの他に色々特産物が今まで見てきたところよりも多少安く感じたかな?伊勢海老だったかな?それからでっかい貝を買い込んで2階で料理してもらってそこで食べるということもできるらしいが、なぜかそれをしてくならなかった。やってみるべきだったかもしれないのだが・・・
ここで、海産物のお土産を結構買い込んだなぁ。。。。。。
買い物してから、また食べるところをさあがして歩いたが、行列のところがあったり、これはと思ったら客が全くいなかったり。どうにも入りたいことろはいっぱいでで・・・・
ということで、この商店街の中での食事も諦めて国際通りに出ようと裏道を西に。
国際通りに出たのだが、前に横断歩道で撮った写真のように、西は登って行くので疲れた体にはきついからとホテルの方に引き返すことにした。そしてしばらく歩いて、なんとか食べるところを見つけたよ。。。。それは次回。
前回の最後に書いたように、客引きに出会ったところの道路の反対側に渡ったのだが、渡ってことで見つけることができた商店街「平和通り商店街」の入り口を見つけた。まぁ反対側を歩いていても見つけたかもしれないが、左の画像にはお目にかかれなかっただろう。なんとなく薄暗くて、生活臭があると思ったので、こっちへ行けば地元の食堂もあるだろうなんて安易な考えで入って行くことにした。
横断歩道を渡りながら西を向いてショット。気にしていなかったけど、この画像を見ると西の方は、まだ遠くの方でかすかに登ってですねぇ。。
横断歩道を渡りきって平和通り商店街に入り巻いた。屋根があるのでそこからの光が遮られてます。昼間でもそんなに明るいとこところではないかもなぁ。。。
上の画像がその商店街の様子です。まぁどこに行ってもあるような商店街ですが、正直行ってあまり綺麗だとは思わなかった。時間的に地元の人のもう入ってきていないので人通りは少なく、観光客もあまり入ってこないのか、お店は手持ち無沙汰ってところで冷やかして歩くにはちょうどいいかもな。。。。ただ、観光シーズンの時はどうだろう?生活品を買い込み時間帯はどうだろう?那覇ない行ったら、おタッチよりいただいて、ご報告くださるとありがたいです。
商店街は、一本道ではなく、中で枝分かれして結構複雑でした。碁盤の目ならまだいいのだけど細かい裏道みたいなのがあったりして、道不案内な上に東西南北の方向が分からなくなっているのでまるで迷路に入り込んだような印象だった。まぁ、方向は分からなくてもなんとか入ってきた道と国際通りがふどっちくらいは動物的な勘でわかっているつもりなので、奥へ、脇に入って行った。正直、大阪の鶴橋駅の近くのコリアンタウンを思いさしたほど、なんか日常と違いすぎた。
うろうろ食べるところを探していると、一場があったので入り込んだ。きったねぇ。。。。そんな言葉が最初に飛び出したほど雑戦としている。これこそ生活の中のかなぁなんて思ったのだが。。。下の画像が、その様子の一部。
しかし、ここにきて観光客が結構いることに気づいた。お土産をここで買っている。海ぶどう、もずく、貝、などなどの他に色々特産物が今まで見てきたところよりも多少安く感じたかな?伊勢海老だったかな?それからでっかい貝を買い込んで2階で料理してもらってそこで食べるということもできるらしいが、なぜかそれをしてくならなかった。やってみるべきだったかもしれないのだが・・・
ここで、海産物のお土産を結構買い込んだなぁ。。。。。。
買い物してから、また食べるところをさあがして歩いたが、行列のところがあったり、これはと思ったら客が全くいなかったり。どうにも入りたいことろはいっぱいでで・・・・
ということで、この商店街の中での食事も諦めて国際通りに出ようと裏道を西に。
国際通りに出たのだが、前に横断歩道で撮った写真のように、西は登って行くので疲れた体にはきついからとホテルの方に引き返すことにした。そしてしばらく歩いて、なんとか食べるところを見つけたよ。。。。それは次回。
2017年05月26日
4泊5日 石垣島の旅 4日目の6 那覇・国際通り 2
前回の記事から2週間経ってしまった。それに旅行から帰ってひと月半にもなるので、どこまで記憶に残っているやら不安がいっぱい。まぁ10年前ならこんなこともなく既に書き終えていたと思うのだけど、記憶に残らない、書くのも遅くなったなんで、悲しいなぁ・・・
ホテルを出て、バハのメイン繁華街、国際通りを西に歩いて行く。ゆいレールの牧志駅の下をくぐって少し上り坂になっているところを歩いて行く。左右にはそれなりの店が並んでいるのだが、関東年なんだなぁ。生活臭がするというのではなく、観光客を引き入れるための店が並んでいる。まさかこの店で買い物して生活しているなんて思えないよ。
牧志駅の近くは結構食べ物屋が多かった。という印象なのだが、夕飯を食べるために繰り出したのだけど、まだそんなにお腹が空いているというわけでもなく、それにまだ外は明るい。
上の画像は、牧志駅から少し西に行ったところで、少し登り坂になっているのがわかるかと思います。この画像ではそんなに派手な印象はないけど、やはり私の住んでいるところとは大違いで、派手に思うが、いちばんの違いは街路樹だよなぁ。。。。我が家の近くの街路樹といえばシデコブシやらなんやらだが国際通りはソテツ(?)で南の方に来たという感じが押し寄せてくる。
まだこの画像では明るいので派手さを感じないけど、帰りに撮ったのが下の画像で、かなり雰囲気が変わってくる、このように派手になると、これまでいろいろテレビなどで見てきた国際通りって思うけど。。。
郷土料理や土産物屋がひしめいているところを少しずつ登って行く。もっと人通りが多いかと思ったけど、歓喜卯シーズンの真っ只中ではないからか結構ガラガラって感じで、店の呼び込みも手持ち無沙汰ってところです。
左の画像は、どのあたりだったかな?まだ坂を登りきていない駅に近い方だったともうけど、こんな焼き物が傘ってあった。思わず鏡をて見ているのかと思うような顔。牙をむいて・・・・ 沖縄といえば、どこに行ってもシーサーの置物、焼き物しか見ないってとろこで、こんなシーサーとは違ったものに出会って、なんかちょっとホッとした感じがした。
坂をのボッッタかな、登り切っっていない割にはちょっとした峠、つまり平たいと記憶するところに来た。まぁこのあたりの明るいときは、ちょっとものさみしい感じで、できることなら暗くなって照明が入ってからの方が観光にはオススメかもしれない。
ただ、このあたりでちょいと嫌なものに出会ってしまった。私の嫌いなタイプの客引きだ。
キョロキョロしているから歓呼言う客だというのは一目瞭然だからしょうがないが、どこかの料理屋の客引きが私たちを呼び止めた。黒い出で立ちでなんとなか卯料理人をもわせるが、そんなのは雰囲気だけでおそらく客引き専門家と思うが、もし料理人だったら、ん¥ものすごく暇な店なのだろう。
何をいうかと思ったら、「表通りの店は、どこも高いですよ、あの店もこの店も」などと表通りの店を指差していう。さらに「うちの店はそれに比べたら安くて・・・・」なんてことを言い、強引に連れて行こうという感じがする。私がいちばん嫌いなタイプの喋り方の客引きだ。
昔、サンフランシスコの日航ホテルの近くで日本人んおみやメモの野暮客引きに遭遇したが、それに「構わないでくれ」といったら、何を怒ったのか「サンフランシスコ歩けないようbにしてやる」と脅されたものだが、そんなことが蘇ってしまった。
今回の旅の中での、唯一のいやな思い出になってしまった。
その客引きを振り切って、また少し先に進んだ。とおりの北側にわたって西に進んだのだが、「平和とおり商店街」というのを反対側に見つけたので、そちらの方に生活臭を感じたので横断歩道をまたわたって・・・・・
ホテルを出て、バハのメイン繁華街、国際通りを西に歩いて行く。ゆいレールの牧志駅の下をくぐって少し上り坂になっているところを歩いて行く。左右にはそれなりの店が並んでいるのだが、関東年なんだなぁ。生活臭がするというのではなく、観光客を引き入れるための店が並んでいる。まさかこの店で買い物して生活しているなんて思えないよ。
牧志駅の近くは結構食べ物屋が多かった。という印象なのだが、夕飯を食べるために繰り出したのだけど、まだそんなにお腹が空いているというわけでもなく、それにまだ外は明るい。
上の画像は、牧志駅から少し西に行ったところで、少し登り坂になっているのがわかるかと思います。この画像ではそんなに派手な印象はないけど、やはり私の住んでいるところとは大違いで、派手に思うが、いちばんの違いは街路樹だよなぁ。。。。我が家の近くの街路樹といえばシデコブシやらなんやらだが国際通りはソテツ(?)で南の方に来たという感じが押し寄せてくる。
まだこの画像では明るいので派手さを感じないけど、帰りに撮ったのが下の画像で、かなり雰囲気が変わってくる、このように派手になると、これまでいろいろテレビなどで見てきた国際通りって思うけど。。。
郷土料理や土産物屋がひしめいているところを少しずつ登って行く。もっと人通りが多いかと思ったけど、歓喜卯シーズンの真っ只中ではないからか結構ガラガラって感じで、店の呼び込みも手持ち無沙汰ってところです。
左の画像は、どのあたりだったかな?まだ坂を登りきていない駅に近い方だったともうけど、こんな焼き物が傘ってあった。思わず鏡をて見ているのかと思うような顔。牙をむいて・・・・ 沖縄といえば、どこに行ってもシーサーの置物、焼き物しか見ないってとろこで、こんなシーサーとは違ったものに出会って、なんかちょっとホッとした感じがした。
坂をのボッッタかな、登り切っっていない割にはちょっとした峠、つまり平たいと記憶するところに来た。まぁこのあたりの明るいときは、ちょっとものさみしい感じで、できることなら暗くなって照明が入ってからの方が観光にはオススメかもしれない。
ただ、このあたりでちょいと嫌なものに出会ってしまった。私の嫌いなタイプの客引きだ。
キョロキョロしているから歓呼言う客だというのは一目瞭然だからしょうがないが、どこかの料理屋の客引きが私たちを呼び止めた。黒い出で立ちでなんとなか卯料理人をもわせるが、そんなのは雰囲気だけでおそらく客引き専門家と思うが、もし料理人だったら、ん¥ものすごく暇な店なのだろう。
何をいうかと思ったら、「表通りの店は、どこも高いですよ、あの店もこの店も」などと表通りの店を指差していう。さらに「うちの店はそれに比べたら安くて・・・・」なんてことを言い、強引に連れて行こうという感じがする。私がいちばん嫌いなタイプの喋り方の客引きだ。
昔、サンフランシスコの日航ホテルの近くで日本人んおみやメモの野暮客引きに遭遇したが、それに「構わないでくれ」といったら、何を怒ったのか「サンフランシスコ歩けないようbにしてやる」と脅されたものだが、そんなことが蘇ってしまった。
今回の旅の中での、唯一のいやな思い出になってしまった。
その客引きを振り切って、また少し先に進んだ。とおりの北側にわたって西に進んだのだが、「平和とおり商店街」というのを反対側に見つけたので、そちらの方に生活臭を感じたので横断歩道をまたわたって・・・・・
2017年05月25日
2週間の休に で・・・・
丸々2週間お休みしてしまいました。展覧会というイベントに向けての準備と展覧会そのものとそして疲れが溜まってしまって何もできない状態もあったりして。。。昔はこんなことはなかったのに、致し方ないこととはいえやはり年齢を感じます。
溜まった疲れは、なんとはに出てきてしまって、昨日急遽歯医者に行ってきました。
疲れた体では、血行が悪くなり、一番弱っているところにその影響が出てきます。肩こり、そしてそれからはが浮く状態になり、食事をするのにしっかり噛めなくなり、それ外にも影響して・・・と悪循環になって行きます。
展覧会の途中で歯茎に影響が出てきたのですが、展覧会の会期中は歯医者にも行けずに、手元あった炎症どめでなんとかごまかし値たのですが、ごまかしきれずにいたので、これ以上悪くなっては取り返しがつかなくなるので昨日歯医者いいって、処置してもらい、抗生剤を処方してもらって、なんとか落ち着きそうです。
ということで、また石垣島・沖縄の旅行好機を書こうと思ってますが、何せ旅行からもうひと月半経つのでどれだけ記憶が残っているかが気がかりです。まぁなんとか頑張って過去とは思っています。
最後になってしまいましたが、展覧会においでの方には、心からの御礼を申し上げます。ありがとうございました。
溜まった疲れは、なんとはに出てきてしまって、昨日急遽歯医者に行ってきました。
疲れた体では、血行が悪くなり、一番弱っているところにその影響が出てきます。肩こり、そしてそれからはが浮く状態になり、食事をするのにしっかり噛めなくなり、それ外にも影響して・・・と悪循環になって行きます。
展覧会の途中で歯茎に影響が出てきたのですが、展覧会の会期中は歯医者にも行けずに、手元あった炎症どめでなんとかごまかし値たのですが、ごまかしきれずにいたので、これ以上悪くなっては取り返しがつかなくなるので昨日歯医者いいって、処置してもらい、抗生剤を処方してもらって、なんとか落ち着きそうです。
ということで、また石垣島・沖縄の旅行好機を書こうと思ってますが、何せ旅行からもうひと月半経つのでどれだけ記憶が残っているかが気がかりです。まぁなんとか頑張って過去とは思っています。
最後になってしまいましたが、展覧会においでの方には、心からの御礼を申し上げます。ありがとうございました。
2017年05月11日
4泊5日 石垣島の旅 4日目の6 那覇・国際通り 1
ゆいレールに乗って、”おもろまち”から”牧志”に移動。今夜のホテルに行くのだ。地図では駅からすぐのところにある「ホテルロイヤルオリオン」と言うところ。何も知らないでこのホテルが予約されたのだが、どんなところなのか?ANAのパックの指定ホテルでお安く泊まれたのかも。。。
駅の改札を出た。改札のすぐ右手にエレベータがあるのでそれで地上に降りる。この辺りは完全に観光客を意識しての作りだと思う。大きいに野津を持った観光客がわたヒラ以外にも同じように乗ったのだ。まぁ、観光客でなくても、高齢者や身障者はありがたいと思うが。。
改札の外、エレベータのあるところは改札右手(多分東)の方のビルへの渡るブリッジにもなっている。こうした作りは最近の駅の作りに多くなっているが、便利は便利、名古屋にはあんまりないなぁ。。。
そのブリッジ越しにホテルが見えるが、なんとも裏寂しいホテルにしか見えないのだなぁ。もう作りが古いというのは一目瞭然、最近の旅行者にはいかがかと思うように見えたのだ。
地上に降りて信号で向こう側に渡って、歩道を歩いて行く。この通りが実は国際通りで、今歩いているところは、その火箸の端の方になるらしい。
ホテルに着きました。フロントの作りもかなり年代物だな。しかし、このホテル、ブライダルの飾り物などがあるところを見ると、過去にはかなりこの土地の有名なホテルで、色んな模様を詩をしたのではないかって思ったのだ。
実は”オリオン”というのは、沖縄ではシェア50%以上というビール会社なのだ。その会社の系列のホテルというところかな?(Wikiによるとオリオンビールと西武の折半の合弁会社のホテルらしい)ということで、結構重厚な感じはあるけど、最近の若者にはイマイチの評判になるんではないかと思う。ただ、この先思ったことは、国際通りをよる見物するにはいい立地条件だということだし、那覇空港からのゆいレールで簡単に移動できるし、那覇市内の見物するのにもいい場所だとは思ったよ。
チェックインして、客室に。まぁ客室はちょいと古いけどまぁこんなもんでいいでしょう。ただ寝るだけだから。。。。とりあえず一休みして、今夜の食事を探しに行かねば。。。。
駅の改札を出た。改札のすぐ右手にエレベータがあるのでそれで地上に降りる。この辺りは完全に観光客を意識しての作りだと思う。大きいに野津を持った観光客がわたヒラ以外にも同じように乗ったのだ。まぁ、観光客でなくても、高齢者や身障者はありがたいと思うが。。
改札の外、エレベータのあるところは改札右手(多分東)の方のビルへの渡るブリッジにもなっている。こうした作りは最近の駅の作りに多くなっているが、便利は便利、名古屋にはあんまりないなぁ。。。
そのブリッジ越しにホテルが見えるが、なんとも裏寂しいホテルにしか見えないのだなぁ。もう作りが古いというのは一目瞭然、最近の旅行者にはいかがかと思うように見えたのだ。
地上に降りて信号で向こう側に渡って、歩道を歩いて行く。この通りが実は国際通りで、今歩いているところは、その火箸の端の方になるらしい。
ホテルに着きました。フロントの作りもかなり年代物だな。しかし、このホテル、ブライダルの飾り物などがあるところを見ると、過去にはかなりこの土地の有名なホテルで、色んな模様を詩をしたのではないかって思ったのだ。
実は”オリオン”というのは、沖縄ではシェア50%以上というビール会社なのだ。その会社の系列のホテルというところかな?(Wikiによるとオリオンビールと西武の折半の合弁会社のホテルらしい)ということで、結構重厚な感じはあるけど、最近の若者にはイマイチの評判になるんではないかと思う。ただ、この先思ったことは、国際通りをよる見物するにはいい立地条件だということだし、那覇空港からのゆいレールで簡単に移動できるし、那覇市内の見物するのにもいい場所だとは思ったよ。
チェックインして、客室に。まぁ客室はちょいと古いけどまぁこんなもんでいいでしょう。ただ寝るだけだから。。。。とりあえず一休みして、今夜の食事を探しに行かねば。。。。
2017年05月09日
4泊5日 石垣島の旅 4日目の5 美ら海水族館から那覇へ
前回の最後に「次回は国際通り」とかきながら、今書き始めて”間違ってるわぁ”と思い、訂正して、お詫びしながらこれを書きます。
美ら海水族館の北ゲート駐車場を出て元来た道を引き返すのが、何せ初めての道で来るときに通った道が逆になっただけで全く新しい道を走っているみたいで。進行方向右手には海が見えているのだけど、そんなのは目に入れては危ない危ない、何とか真っ直ぐ前を見て走り続ける。
そして、一般道を約1時間、来るときに立ち寄った”道の駅許田”で小休止。まぁ、トイレ休憩なんだけど、それ以外にもここはの今日みたいなものの出先の店でもあったので、多少やすいかなと思ったものをお土産として買い込んだ。
長くは休んでいなかった。少しの時間費やして、車に戻って走り始める。そして高速道路に上がった。
ハイブリッドのAquaに慣れてしまった体はVitsののm流エンジンのパワーのなさにイラつきながら、他のレンタカーにどんどんおきこされながら走り続けた。行きの時も思ったことは、宜野座、宜野湾、嘉手納なんて名前の高速の標識が後ろに飛んでいくが、そんな日頃ニュースなどで見る米軍関係所縁の地名を通っているのに、軍に関わるようなものは一切見なかったことが不思議でしょうがないのだ。なぜ見なかったおだろう?もっともっと身近に存在するものかと思ったのだが・・・・
往路は、空港から南下して乗った高速は「南風原道路」という高速らしいが、帰りは途中で分岐してそのままの沖縄自動車道を最終まで走り道なりに高速を降りた。降りたのはいいが、この先の出口で一般道をとの合流が全くもって面倒臭い、それに危ないヨォ。とにかく初めてのところなので、ナビにセットしたトヨタレンタの沖縄のおもろ町の営業所に行くのだが、とにかくナビの言う通りにいかねいとわからないので、このヘンテコな出口を何とか出て一般道に合流した。
私の動物的な勘としては、多分遠回りするだろうなぁと思ったのだが、まぁとにかく言う通りにとはして行く。高速を降りてからしばらく緩い左カーブの上り身を走ったが、しばらくすると目の前上にモノレールが見えたのだ。このモノレールに沿って走ることになるのだが、なんだか通勤ラッシュの走りみたいで結構道は混んでいた。
モノレールに沿って走っているときは、下り坂、そのまま流れの沿って走って行くと、大きな交差点(だと思ったが)でモノレールは左折するが、ナビは左折を指示しない、だから直進した。そして次の信号打たかな?ちょっと広い道を左折して緩い坂を上って行く。右手に公園や博物館が見えた。
博物館を超えたところでナビが左折を指示。言う通りに左折したけど、営業所のトヨタの看板がすぐには見つけられなかったふが、ちょっと道なりに走っていたら、何とか遠慮がちな看板を見つけて、そこに入るのだが、入り口の左側の給油所でガソリンを満タンにする。
この給油所が面倒なことをで、すんなりと入れないんだよな。もう少し勧化て作ってくれていらばいいものを。レンタを借りるのはこの土地でないの人が多いだろうに、こんな面倒なのは困る。
満タンにして、再度入り口から建物のなkない入り込んだ。中はレンタを受け入れるだけみたいで、行列ができてのいい等に区切られていた。
車のボディーチェックなんかを済ませて、無罪放免。乗る前のあの面倒なトヨタレンタが、消すときはものすごく拍子抜けするくらいに簡単で・・・・・
営業をから、建物の中に入り込んだ。理由は、この上がモノレールの「おもろ町」の駅なのだ。といっても簡単にはいかないよ。エスカレータに乗って上って、あるいて・・・・
駅まで来た。荷物の多いこと。面倒極まりないなぁ。切符を買った。そして乗りました。もうこのときはクタクタで一眼レフを出す元気もなく、コンパクトデジカメでかろうじて席に座った状態でのショットです。
これから、ホテルのある国際通りの駅、牧志駅まで行きます。
え〜〜〜。ここで モノレールの切符について。
買うときは知らなかった、次回に描く翌日には1日乗車券を買うのですが、そのとにわかった。一日乗車券は、何と24時間有効なんですよ。なので、那覇のモノレールに乗るときは、当日と翌日のスケジュールを考えてお買いになることです。私たちは、翌日の空港に着くまではこの切符を買った時から24時間以内だったのです。知らないから、この日の切符を買ってしまったのダァ。
美ら海水族館の北ゲート駐車場を出て元来た道を引き返すのが、何せ初めての道で来るときに通った道が逆になっただけで全く新しい道を走っているみたいで。進行方向右手には海が見えているのだけど、そんなのは目に入れては危ない危ない、何とか真っ直ぐ前を見て走り続ける。
そして、一般道を約1時間、来るときに立ち寄った”道の駅許田”で小休止。まぁ、トイレ休憩なんだけど、それ以外にもここはの今日みたいなものの出先の店でもあったので、多少やすいかなと思ったものをお土産として買い込んだ。
長くは休んでいなかった。少しの時間費やして、車に戻って走り始める。そして高速道路に上がった。
ハイブリッドのAquaに慣れてしまった体はVitsののm流エンジンのパワーのなさにイラつきながら、他のレンタカーにどんどんおきこされながら走り続けた。行きの時も思ったことは、宜野座、宜野湾、嘉手納なんて名前の高速の標識が後ろに飛んでいくが、そんな日頃ニュースなどで見る米軍関係所縁の地名を通っているのに、軍に関わるようなものは一切見なかったことが不思議でしょうがないのだ。なぜ見なかったおだろう?もっともっと身近に存在するものかと思ったのだが・・・・
往路は、空港から南下して乗った高速は「南風原道路」という高速らしいが、帰りは途中で分岐してそのままの沖縄自動車道を最終まで走り道なりに高速を降りた。降りたのはいいが、この先の出口で一般道をとの合流が全くもって面倒臭い、それに危ないヨォ。とにかく初めてのところなので、ナビにセットしたトヨタレンタの沖縄のおもろ町の営業所に行くのだが、とにかくナビの言う通りにいかねいとわからないので、このヘンテコな出口を何とか出て一般道に合流した。
私の動物的な勘としては、多分遠回りするだろうなぁと思ったのだが、まぁとにかく言う通りにとはして行く。高速を降りてからしばらく緩い左カーブの上り身を走ったが、しばらくすると目の前上にモノレールが見えたのだ。このモノレールに沿って走ることになるのだが、なんだか通勤ラッシュの走りみたいで結構道は混んでいた。
モノレールに沿って走っているときは、下り坂、そのまま流れの沿って走って行くと、大きな交差点(だと思ったが)でモノレールは左折するが、ナビは左折を指示しない、だから直進した。そして次の信号打たかな?ちょっと広い道を左折して緩い坂を上って行く。右手に公園や博物館が見えた。
博物館を超えたところでナビが左折を指示。言う通りに左折したけど、営業所のトヨタの看板がすぐには見つけられなかったふが、ちょっと道なりに走っていたら、何とか遠慮がちな看板を見つけて、そこに入るのだが、入り口の左側の給油所でガソリンを満タンにする。
この給油所が面倒なことをで、すんなりと入れないんだよな。もう少し勧化て作ってくれていらばいいものを。レンタを借りるのはこの土地でないの人が多いだろうに、こんな面倒なのは困る。
満タンにして、再度入り口から建物のなkない入り込んだ。中はレンタを受け入れるだけみたいで、行列ができてのいい等に区切られていた。
車のボディーチェックなんかを済ませて、無罪放免。乗る前のあの面倒なトヨタレンタが、消すときはものすごく拍子抜けするくらいに簡単で・・・・・
営業をから、建物の中に入り込んだ。理由は、この上がモノレールの「おもろ町」の駅なのだ。といっても簡単にはいかないよ。エスカレータに乗って上って、あるいて・・・・
駅まで来た。荷物の多いこと。面倒極まりないなぁ。切符を買った。そして乗りました。もうこのときはクタクタで一眼レフを出す元気もなく、コンパクトデジカメでかろうじて席に座った状態でのショットです。
これから、ホテルのある国際通りの駅、牧志駅まで行きます。
え〜〜〜。ここで モノレールの切符について。
買うときは知らなかった、次回に描く翌日には1日乗車券を買うのですが、そのとにわかった。一日乗車券は、何と24時間有効なんですよ。なので、那覇のモノレールに乗るときは、当日と翌日のスケジュールを考えてお買いになることです。私たちは、翌日の空港に着くまではこの切符を買った時から24時間以内だったのです。知らないから、この日の切符を買ってしまったのダァ。
2017年05月08日
4泊5日 石垣島の旅 4日目の4 美ら海水族館 3
沖縄「美ら海水族館」に入りました。中は人人人です、どこからこんなに人が出てきたのか?確かに駐車場は行列でしたが、くる途中の道路はそんなに渋滞していたわけではないし、観光バスもあんまり見ていないのに、何でこんなに人がいるの?といった感じです。
おそらくこの水族館のことは、あちこちのブログやTwitterやFaceBookなどにたくさんかきこ込まれていると思います。どの記事も同じような画像を載せていると思います。
この水族館の一番の売りはあの巨大なジンベェザメでしょう。
上の画像で見ると、人の影とジンベェザメを比べると、その大きさがわかるというものです。ここまででない魚は見たことないです。クジラは見たことないなぁ。名古屋港水族館のシャチも見てないから、こんなでかい海の生き物は初めてです。(ジンベェザメは、地球上最大の魚だそうです。シロナガスクジラの方が出ないですが、あれは魚ではないのです。)
誰もが同じような思いなのでしょう、ここが一番人が多かったかな。この日はまだシーズンオフの状態ですが、このGWの連休おときはどれだけの人が押し寄せたことだろうと思います。私たちは、そんな人手を嫌って、先に旅行に出たのですが。。。
この水族館では、軽食を取りながら水槽を見ることができます。泣けを払うんだろうとお見ますが、水槽に接した席ではおそらく全体を見渡せると思いますが、残念ながら満席だったので、1列後ろの無料の席を何とか確保できたので、ここで昼飯をということにしました。大した料理ではなかったと思うけど、座ったまま、食べながらジンベェザメを見るのも乙なものです。
2列目なので柱が邪魔をしてますが、こんなに近くにサメが来るのです。本当にでかさがわかります。
どのくらい座ってたかな?結構な時間座ってました。その間にいろんなものを見ることができました。
うえの画像のように人が魚たちと一緒に泳いだり、色々するショーみたいなものもじっくりと見ることもできるので、絶対にしわって見ることをお勧めしておきます。この場所は、水槽を見るメインの大きな面の右側にありますよ。
もう何もこれ以上書くことは必要ないかと思います。
適当な時間、いつまでも座っているわけにもいかないので、中をあちこちウロウロ、他のことはあんまり記憶に残ってません。
出口を出て、記念品を買い込んだ。2人の孫へのお土産です。
このあと、外に出て海亀を見たりしたのですが、それよりも周りの風景の方をきれいで、亀はどうでもよかったなぁ。。。。。
見終えて、これからまた2時間かけて那覇に帰ることを考えると、万博記念公園は見ることは無理なので諦めました。さて、那覇市街に帰ります。次回は、夜の交際通りです。
おそらくこの水族館のことは、あちこちのブログやTwitterやFaceBookなどにたくさんかきこ込まれていると思います。どの記事も同じような画像を載せていると思います。
この水族館の一番の売りはあの巨大なジンベェザメでしょう。
上の画像で見ると、人の影とジンベェザメを比べると、その大きさがわかるというものです。ここまででない魚は見たことないです。クジラは見たことないなぁ。名古屋港水族館のシャチも見てないから、こんなでかい海の生き物は初めてです。(ジンベェザメは、地球上最大の魚だそうです。シロナガスクジラの方が出ないですが、あれは魚ではないのです。)
誰もが同じような思いなのでしょう、ここが一番人が多かったかな。この日はまだシーズンオフの状態ですが、このGWの連休おときはどれだけの人が押し寄せたことだろうと思います。私たちは、そんな人手を嫌って、先に旅行に出たのですが。。。
この水族館では、軽食を取りながら水槽を見ることができます。泣けを払うんだろうとお見ますが、水槽に接した席ではおそらく全体を見渡せると思いますが、残念ながら満席だったので、1列後ろの無料の席を何とか確保できたので、ここで昼飯をということにしました。大した料理ではなかったと思うけど、座ったまま、食べながらジンベェザメを見るのも乙なものです。
2列目なので柱が邪魔をしてますが、こんなに近くにサメが来るのです。本当にでかさがわかります。
どのくらい座ってたかな?結構な時間座ってました。その間にいろんなものを見ることができました。
うえの画像のように人が魚たちと一緒に泳いだり、色々するショーみたいなものもじっくりと見ることもできるので、絶対にしわって見ることをお勧めしておきます。この場所は、水槽を見るメインの大きな面の右側にありますよ。
もう何もこれ以上書くことは必要ないかと思います。
適当な時間、いつまでも座っているわけにもいかないので、中をあちこちウロウロ、他のことはあんまり記憶に残ってません。
出口を出て、記念品を買い込んだ。2人の孫へのお土産です。
このあと、外に出て海亀を見たりしたのですが、それよりも周りの風景の方をきれいで、亀はどうでもよかったなぁ。。。。。
見終えて、これからまた2時間かけて那覇に帰ることを考えると、万博記念公園は見ることは無理なので諦めました。さて、那覇市街に帰ります。次回は、夜の交際通りです。
2017年05月07日
4泊5日 石垣島の旅 4日目の3 美ら海水族館 2
沖縄「美ら海水族館」の北ゲート駐車場から水族館の入り口に向かう。この日は天気がいい、アプローチの舗装が目に痛いくらいだ。アプローチから水族館の建物を見る左手に海が見えるのだ。
とにかく天気がいい(完璧な晴れということではないけど、雲のはもう限りなく薄くて)おかげで、沖縄降り立ってにきて初めての青い海、そしてその向こうには対ちょこんと浮かぶ島、伊江島そしてその中に突っ立ってい城山がものすごく切れに見えるのだ。そんなに離れていないと思うのだけど、なんか遠くに見える。(初めてなのに何でそう思ったのかはわからない)
これが水族館の入り口です
北駐車場が一番近いようです
そしてこの景色を見ながら左手水族館のゲートに向かうが、その前にお迎えのものが・・・
熱帯魚でしょうかねぇ、派手な色の可愛いけどでっかい魚が出迎えです。実はこの左側にの写っていないところにはもっとでっかいものがあったんですが、それは。。。
それは。。。右の画像です。この水族館のメインキャラのジンベゼザメです。あとで本物を見ることになるのですが、まさかこの像が実物大とは思ってませんでした・・・・(ひょっとしたら本物の方が大きいかもなぁ)
とにかく天気がいい(完璧な晴れということではないけど、雲のはもう限りなく薄くて)おかげで、沖縄降り立ってにきて初めての青い海、そしてその向こうには対ちょこんと浮かぶ島、伊江島そしてその中に突っ立ってい城山がものすごく切れに見えるのだ。そんなに離れていないと思うのだけど、なんか遠くに見える。(初めてなのに何でそう思ったのかはわからない)
これが水族館の入り口です
北駐車場が一番近いようです
そしてこの景色を見ながら左手水族館のゲートに向かうが、その前にお迎えのものが・・・
熱帯魚でしょうかねぇ、派手な色の可愛いけどでっかい魚が出迎えです。実はこの左側にの写っていないところにはもっとでっかいものがあったんですが、それは。。。
それは。。。右の画像です。この水族館のメインキャラのジンベゼザメです。あとで本物を見ることになるのですが、まさかこの像が実物大とは思ってませんでした・・・・(ひょっとしたら本物の方が大きいかもなぁ)