2010年06月09日
京都・宇治・日帰りドライブ 六地蔵 2
写真が本堂のようだ。実はこの建物のすぐ後ろをJRの電車が走っていくのだ。ここまで近いとは予想もしていなかった。ただ、右手は交通量の多い道路、はうごがJRの線路という割にはあんまりうるさいという感じがなかったのはどうしてだろう??いくら耳が悪くなったとはいえ、うるさいものは余計にうるさく感じるのに。
写真は鐘楼だが、絵の記事に書いた由緒書には「徳川二代将軍秀忠の娘・党福門院が安産祈願のために寄進したとある。ここにも徳川家と浄土宗のつながりがあるとは。
知恩院があんなにでかいのも、徳川さんのおかげです。
この下の写真は、境内にあったもので、いわれなどは分かりません。
帰り道は寺の南の門を出た、
門の右手に石碑があり、この寺が「鎮護道場」と書かれている。ん??何を意味しているのか?国家鎮護のための同情ということなのだろうが、実際には何をする??
道路に面した所に寺の名を刻んだ石碑がある。写真ではカットしてしまったが、すぐ横に郵便の集荷用の赤いポストがあるのだ。そしてこの門に至る炉浮気は2階建ての住宅で。。。昔ら存在する寺なんて感じはないなぁ。。
六地蔵の配管を終わって、これでかねてよりの念願の一つを果たすことができた。今回の日帰り旅行の目的は、電車で来るとかなり歩かねばならないという輪つぁ日の思いを一気に解消するために、満福寺と六地蔵を一気に見るということだったのだが、これで終わった。
この先は、毎度のごとく法界寺に向かう。車で行くのは初めて。。。旧奈良街道を走ってみるかと。
写真は鐘楼だが、絵の記事に書いた由緒書には「徳川二代将軍秀忠の娘・党福門院が安産祈願のために寄進したとある。ここにも徳川家と浄土宗のつながりがあるとは。
知恩院があんなにでかいのも、徳川さんのおかげです。
この下の写真は、境内にあったもので、いわれなどは分かりません。
帰り道は寺の南の門を出た、
門の右手に石碑があり、この寺が「鎮護道場」と書かれている。ん??何を意味しているのか?国家鎮護のための同情ということなのだろうが、実際には何をする??
道路に面した所に寺の名を刻んだ石碑がある。写真ではカットしてしまったが、すぐ横に郵便の集荷用の赤いポストがあるのだ。そしてこの門に至る炉浮気は2階建ての住宅で。。。昔ら存在する寺なんて感じはないなぁ。。
六地蔵の配管を終わって、これでかねてよりの念願の一つを果たすことができた。今回の日帰り旅行の目的は、電車で来るとかなり歩かねばならないという輪つぁ日の思いを一気に解消するために、満福寺と六地蔵を一気に見るということだったのだが、これで終わった。
この先は、毎度のごとく法界寺に向かう。車で行くのは初めて。。。旧奈良街道を走ってみるかと。