2007年12月28日

役所の裏金

名古屋で、市役所、区役所、市民病院の裏金が問題になっている。

新聞報道によると、業者に架空請求書を切らせているようだが、ちょっとした会社で会計監査をすればコンなのはいっぱい出てくるはずだが、税務署も怠慢か、無視、黙認をしているのだろう。
 (商品の在庫が合わなくなるんです。下を読まれるとわかると思います。)

架空請求書の他に、
 1:ほかの品物での納入伝票  
    これは、余った予算の消化に、正式な科目が使えないから
    多くの場合は、形が消えていく、正もぬ品を指定される。
    **これは、納入側は本来の商品と違うものを打ったことになるので、在庫が合わなくなる。
 2:ほかの会社からの納入
    1の手法が使えない部署がありえ、その場合は科目を選べる会社経由での納入をさせる。
 3:年度をまたいで分割して納入伝票をきらせる
    これは、金額が大きいときにやるようだ。

これらの方法は、役所だけではなくて、国公立の大学も平気で行っている。日ごろは値切り倒してくる会計課の連中も、予算消化のときは細かいことは言わず、ただただ伝票の記載内容のみを気にする。  

Posted by 生田 at 13:02Comments(6)TrackBack(0)社会性

2007年12月28日

自動車とロボット3原則

 私は、ミステリー好きであるとともにSF(サイエンスフィクション)も大好きである。
 特にロボットに関しては、アトムは別にして、大好きである。

 ロボットに関する小説の中で、アイザック・アシモフの「私はロボット」がある。この小説は、いろんな意味で現在工作物を作りことに携わる人に、ぜひとも読んでほしいと思うことが書かれている。

 その一番重要なところは、小説の冒頭に書かれている「ロボット工学三原則」である。
 1:ロボットは人間に危害を加えてはならない。 また、人間が危害を受ける可能性があるときは、何もしないでいてはいけない。
 2:ロボットは人間の命令に従わねばならない。第1原則に反する場合は除く。
 3:ロボットは、自殺してはなんらない。それは、第1、第2原則に反する場合を除く。

 私は、自動車はロボットの一種であると思っているが、この3原則を読むとき、自動車というものは3原則が守られていないように思えてならない。
 交通自己というもので、人間に危害を加えていることが多々ある。また、人間がへまをしたときに、そのへまを打ち消すようなことも出来ていない。

 3原則が、夢の夢、ということは理解はしているが、酒を飲んで運転するということは、第一原則、第二原則から見たときすら、何をか云わんの現状である。酒を飲んでの運転は、出来ないようにできないものか?自動車関連の方がお読みになったら、ぜひとも考えていただきたい一つである。

**
 これを書いた 12月6日はNHKでロボコンがあったのだ。
 ロボットの戦いでありながら 結構涙ものでした。  ロマンです。

 愛知県は、交通事故死ワーストワンでもある。
  **愛知県のお役人と話したとき、「北海道に次ぐ第2にい」と誇らしげにいわれたことがある。
   こういうヤカラには、この3原則はわからないだろうと思う。  

Posted by 生田 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)社会性

2007年12月27日

京都の思い出 嵐山・天龍寺

 これから、遠い過去の思い出を自分のために、少しでも記憶のあるうちに残しておこうと思って、記憶を辿りつつ書いていきます。何せ40年以上も前の話もあるので、、現在の京都とはかなり違うと思うし、私の記憶違いもあるかと思います。
 もし、お気づきの点あれば、ご教授いただけると幸いです。


 その1:天龍寺
 ここ天龍寺を訪れたのは、2度あるのだが、一度は全く記憶に残っていない。理由はわからないが、とにかく大学でありながら「修学旅行」のあるところだったので、その1週間のうちのほんの短い時間だからかもしれない。

 もう一度は、大学1年のときの正月2日、一人で大阪の親戚に予告もなく押しかけて、そこを根城に神戸、須磨と京都を歩き回った時に、行っている。
 大学1年というと、もう45年も前になるのかな? とにかく、一人で京都に行った初めての事で、小学校の修学旅行と、中学、孝行での遠足(当時は、名古屋からバスではなくて、国鉄で教徒まで、そして京都の観光バスを使った)で2回か3回来ているらしいが、その記憶も遠すぎて書こうにもかけない。
 親戚の家を朝出て、梅田から阪急で桂まで行き、桂から嵐山に行き、渡月橋を歩いて渡っている。その日はものすごく寒く(昔はさむいのがあたりまえ)雪がちらついた記憶がある。嵐山のどこに何があるのやらさっぱりわからず、歩いていった先の左側に大きな寺があったので入り込んだら天龍寺だったと行ったところ。
 
 寺の中には何があったのかの記憶はない。ただ、本堂の北側だと思うが、何代かの天皇さんの陵があったと記憶している。今でもアルバムを開けば、その陵の写真があるはず。

 最近、ここ10年くらい嵐山に行ったことがない、いったときも車で近くを走り回っただけで、天龍寺には入っていない。
 TVなどでの中継を見ると、今の嵐山は観光客、それも修学旅行生相手の変なものがいっぱい出来て私の持つイメージとはかなり違うようだ。
 天龍寺など(ダケではないが)は、私が行ったときは、正月でありながら人はほとんどいなかったように思う。

天龍寺を出てからの記憶が・・・・・・・
 大覚寺に行ったことは記憶しているが、バスに乗ったのか、歩いたのか、ただただ大覚寺には池のほか何もなかったという記憶なのだ。(ドラマ「暴れん坊将軍」などで出てくるところらしいが、見た覚えは全くない)



 京都は、観光地であることは確か。しかし、それでも昔は、現在のように京都駅でバスに乗れないなってことはなかったと思う。今は、みんなが行き過ぎる。もっと他に行こう・・・・・

  

Posted by 生田 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)京都

2007年12月26日

New Year Card が

 ついさっき 海の向こうから 賀状メールが、届きました。
  とはいえ、迷惑の部類のメール
 
 案内先を開こうとしたら
  ウィルスバスターが 開いてはだめって !!

 送られたメールのタイトルは、 A fresh new year
  来ても開かないほうがよさそうです。  

Posted by 生田 at 17:29Comments(0)TrackBack(0)PCの話

2007年12月26日

京都への思い入れ 修学院の隣 赤山明神

 実は、昨年ハンディPC Sony Clie を落としてしまった。
 その中には、いくつか書きかけの旅行記が入っていたはず。今、見つかったとしても、電池切れで、メモリが消えてしまっているだろうから、旅行記はなくなってしまっているはず。
 その中の一つに、『赤山明神』へ行ったときのものが含まれている。
 
 「赤山明神」は、東山の来た、宮内庁管轄の『修学院離宮』の隣にある。ごく一般の方にはメジャーなところではないのだが、親鸞の話を知る人には、必ずといっていいほど出てくるところなのでご存知の方も多いことと思う。


奥の緑の木立の壁、右側は修学院離宮である。


 この『赤山明神』と親鸞のかかわりは、親鸞が比叡山の修行僧であったときに、京に降りてきて帰るときに立ち寄ったとき、不思議な女性に出会い、「玉」をもらっている。そしてそれは、いずれ結婚したといわれる「玉日姫(九条兼実の娘といわれる)との出会いを暗示したものということになっている。
 この話は、親鸞の『妻帯』という大きな問題に繋がることとして、有名な逸話である。

 こうした下地があるので、昨年8月の非常に暑い日に行ってきた。

 この明神は、きらら坂(雲母坂)を少し入ったところにある。五条からバスを乗り継いでいったのだが、降り立ったところは白川通りの『修学院』で、きらら坂を経由して明神までは、日陰がなく本当に汗びっしょりでたどり着いた。


きらら坂から明神の鳥居を望む


 しかし、明神の中に入り込むとそこは鬱蒼とした木立の中、涼しかったと記憶している。



  **ここで、名古屋語出身の女性にお会いした。京都に嫁ぎ、生活されているとのこと。そして、赤山明神のお札などを売る係りをされていた。***

 明神とは言うものの、神様というよりも仏教の関係の修行道場ということであったということだが・・

 親鸞がこの地で不思議な女性とであったのは、多分夜ではないか?私は、真昼間だものなぁ。。 あの名古屋出身の女性のような・・・ 茂、夜ならば、わかる気もせんでもないが。何か、得ることがあるかと思ったが、その日は結局何も感じることもなく、魔よけのお札を買って帰ってきた。

 もう一度、暑くもなく。寒くもない季節に訪れてみたいと思っている。


**
 御所、赤山明神、比叡山 この線は京都の鬼門の方角ということだそうです。
**  

Posted by 生田 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)京都

2007年12月25日

サンタの現在位置 って

ラジオを聴いていたら
 ネットで サンタクローズの現在位置をリアルタイム?で流しているサイトがあったとか。
 なんでも米軍のプログラムの一つだそうで。
  (どうも、もう中継は終わっているようでした)

 だけどねぇ。。。
  サンタ産が来ないおうちはどうすりゃいいんだ??
  現在を言われて、挙句の果てに来なかった。

 サンタさんは、何人かで受け持って世界を回っていますが、
  一部の地域を担当したサンタさんは、
  交通事故のために、今年はいけなくなってしまいました。

 なんて、流すのかなぁ??


孫のところには来たそうで。。。
   

Posted by 生田 at 23:15Comments(0)TrackBack(0)今日の日

2007年12月25日

責任者出てこい・・

今ねTVでそんなタイトルの番組やっている。
 今は、社会保険庁の話。

 過去社会保険庁の問題で、データ入力した会社については全く触れられていないんですよ。
 最初の頃は、役所・行政の中にあった電電公社。いまのNTTですね。ここが請け負っていたということでしょう?ここの責任はどうなっているの?
 入力ミスがものすごくたくさんあるにもかかわらず、そのチェックもしていない。データ処理をする会社として一番恥ずかしい問題を、どこの誰もがウンヌンしない。もっとも、もう時効だということで問題視できないのかもしれないが、責任を問えないにしてもやはり現実はどうだったのか位は表に出させる必要があるのではないかと思う。

 昔、データの入力は、今のようなキーボードから直接ではなかった時代がある。キーボードからの直接入力が可能になり普及hしたのは30年にならないと思う。それまでは、パンチカードに一旦打ち込んで、それを読み取らせていたのだが、その頃の体制は、データの入力=穿孔(パンチに穴を開ける)係りが、キーボードを使って打ち込んで、それを検孔(カードのデータを検査する.変換できない、漢字あってると思うけど自信ない)係りが、別な、険孔機というキーボートで同じデータを見ながら打ち込んでチェックをした。つまり、2人の手が入っているのでチェックは結構厳しい。
 しかし、この裏にとんでもない問題(手抜きの方法)があることは、これらの機械を使った経験のある人たちなら、わかることも多い。

 また、キーボードから直接入力が出来るようになると、2人体制が崩れることになる。本当は、別々に打ち込んで、突合せをするといいのだが、そんなことはおおそらくコスト低減ということかすることはやめる方向になる。つまり「手抜き」である。
 多量のデータ入力のオーダーが入ると、臨時の係りを雇い入れキーボード入力させる。チェックもしない。

 これが、多くのデータ入力のミスの裏だと、データ処理経験者ならまぁ想像できる話だ。

 データ入力のミスは、人間が実行する限り(機械がすれば正確ということではなく神様以外がという意味)つきものであることは否定しない。しかし、チェック体制がないものは、データ処理を請け負うだけの資格はないのだ。
 しかし、社会保険庁の年金データ(おそらくそれ以外も)はチェック体制を持たない企業が請け負ったと見られても致し方ないであろう。というのは、ミスの確率が大きすぎるように思うから。時効になっていない事例については、今からでも契約金の返却を求めても良いのではないかとすら思う。

 現時点で、住民基本台帳ネットワークなどのデータは、いったいどこが受け持って入力したのか。献金などに絡んでいるだけに、心配の種は全てが公にされるまで、尽きないだろう。(されても、運用などの問題が残るだろうが。)

**
 NTTは、電話債券を保護にしようとしている、そんな悪でもあるのが。債権は、解約と請求があれば、本来返却されるべきものなのだが。返さないとごねている。
**  
タグ :責任年金

Posted by 生田 at 20:18Comments(2)TrackBack(0)社会性

2007年12月25日

父親が電話に出ない・・・

今朝、ホントは遠くにいるはずの息子からでんわ。
  「おじいちゃん所に来たけど、だれもおらん。電話かけても、戸を叩いても返事がない」
  「ん?? トイレにでもいるかな?ちょっと発って、もう一回やってくれ」
 父親は、一人暮らし。
  しばらくして、また電話
  「やっぱ、だめだよ。おらんよ」

 これは、ヤバイ。何かあったんかと慌てて車を走らせる。
 混んでいると40分はかかるところを
 何とかうまいことかわして30分ちょい。

  この間、息子は、近くの喫茶店に待機。
 実家の近くまで来たところで、息子から電話。
  「家にいったら、おったよぉ。。」
 正直、ホッ
  
 なんと、今日は病院へ行く日だったらしい。
  そこへ、息子(父親から見れば孫)が突然の訪問。  
  それで、こんな騒ぎになった。

 父親曰く、「騒ぐことじゃないだろう」 と涼しい顔。
  出かけるときは、ヒトコト言ってからにしてくれぃ。


まあ、今日は、週2回の支援の日でもあったので、
  そのまま、いろいろお掃除したり。。
  蛍光灯(器具)を取り替えて、
  ガスレンジの背面パネル(壁)のお化粧をしたり、
  必要なものの買出しに言ったり。
    **これが、父親へのクリスマスプレゼント
      ケーキは、高島屋で一番小さいデコレーションを。
      今夜、一人で全部食べるといっていた。

 疲れたゾォ。
   

Posted by 生田 at 17:58Comments(2)TrackBack(0)今日の日

2007年12月25日

真実の口

 「真実の口」は、ヘップバーンの「ローマの休日」でグレゴリペックがいたずらをするシーンで有名なもので、何でも『うそをつくと、口に入れたてが食べられてしまう』ということだそうだ。
 (ローマにはいくつかあるんだって。 ん???)

昨日 熱田神宮に行った際に、ちょっと時間が余ったので、目の前の名鉄パレにいった。4回だったかに『DAISO』があり、その入り際に『真実の口』がある。なんでも100円で真実を教えてくれるという物らしいが・・・
 孫と話をした
 私 「この口に手を入れるとね、うそついていると手が食べられてしまうんだって。」
 孫 「ふぅ~~ん」
 私 「手入れてみるか?」
 孫 「うん」
 私 「ウソついていると食べられるぞ。
     ウソついてないか?」
 孫 「ついてないょ」

 孫は、自信満々の表情で 口に手を入れた。
  あぁ。このままで育ってほしい と思ったものです。  

Posted by 生田 at 10:09Comments(0)TrackBack(0)昨日の話

2007年12月25日

メリークリスマス




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――――――――――

Merry Christmas





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FireFoxなどで見るとダビデの星が点滅します。
  

Posted by 生田 at 08:23Comments(0)TrackBack(0)今日の日

2007年12月25日

京都への思い入れ 北大路

京都への思い入れは、前回書いた「親鸞研究」の他にもう一つあります。

 若いころ そう、大学を卒業して就職したのが大阪。
 名古屋生まれで育ちも名古屋。東京で5年過ごして、身についている文化は、名古屋と東京の下町。
 大阪の河内に住み着いたものの、文化の違いには戸惑いも多く、勤めの人間関係もいろいろストレスになって、時折京都の、人があまり来ないお庵でボォ~~としていたことが何度となくある。
 そのボォ~~としていた寺がわからなくなってしまった。いや、寺そのものはわかっている。その寺の中の一つの庵なのだが、それがわからない。もう40年にもなるので、庵の中にいた僧職の方々もほとんど変わってしまったので、訪ね歩いてもわからなういという返事ばかりだ。

 3回ほど寺に通い、たずねることが出来る庵は全部訪ねたのだが、拝観拒否の庵まではやはり遠慮してしまう。ひょっとしたらその拝観拒否の庵の中の一つなのかもしれないのだが。

 今でも、情景は頭の中になるのだが。その情景に会うところが見つからない。
 40年という年月の流れが、庵の立替もあったという。

 そういったことから、私の思い出の場所が、いまだに見つかっていない。機会があるごとにたずねて、何とか見つけたいとは思うのだが。

 寺は、大徳寺。おそらく『大仙院』という庭園で有名な寺としてご存知の方も多いと思います。
 この寺の中にあった小さい庵で、いくたびにお話したのが、黒い袈裟を召された尼さんだったのです。大徳寺で尼さんという記憶を持つ人に出会っていないのです。
 その庵の入り口には、与謝野晶子の詩を書いたものがありました。

 手がかりは、これだけです。
  藁をもつかみたい心内です。  

Posted by 生田 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)京都

2007年12月24日

年末の熱田神宮と思い出

今日は 窓のお付き合いで熱田神宮に行ってきた。


この空いているところが、
大晦日の夜から歩けないほどになります。
行く手が、本殿です。



 おなかが空いたので、きしめんを食べたいという。
 年頭の初詣は難しいだろうから、先に済ませようとついでに。
 お参りのあとで、きしめんを食べた。

 宮きしめん の南に太鼓橋がある。


大昔、赤ん坊のとき、この橋を登ることができなくて、
 泣いた と母が行っていたことを思い出した。  

Posted by 生田 at 20:23Comments(2)TrackBack(0)今日の日
  
2015大津・京都の旅
1泊2日のドライブ旅行
2015北海道・道東の旅
1週間870kmのドライブ旅行
大学OB会と
50年ぶりの鎌倉
OB会の後に鎌倉と横浜に行ってきました
15年年頭 広島宿泊の旅
鞆の浦、竹原、宮島に行きました
14年秋 京都宿泊の旅
久しぶりに新幹線に乗りましたが・・・
13年秋 京都ドライブ旅
京都の紅葉の名所・毘沙門堂に行きました
12年秋 室生寺ドライブ旅
すてきな観音様と再会です
室生寺五重塔
12年秋 京都ドライブ旅
1年ぶりの京都です
三千院
10年秋 平泉ドライブ旅
4泊5日 2000キロの一人旅です
平泉・わんこそば
   
10年夏 室生寺 日帰り旅
素晴らしい観音さんに出会いました
室生寺・五重塔
10年初夏 宇治・長岡 日帰り旅
09年11月26日久しぶりに黄檗山満福寺・六地蔵・法界寺谷寺・長岡天神
布袋さん
09年秋京都 日帰り旅
09年11月26日久しぶりに 紅葉がきれいな京都
南禅寺の紅葉
08年秋京都 日帰り旅
08年11月25日貧乏・一人・日帰り旅の記録です。
鳳凰堂を望む
観光シーズン 京都の歩き方
京都市・地下鉄 東西線沿線
09年浅草と川越
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07年信州の旅
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生田
生田
 トップの写真は、我が家の庭で、鳥達につつかれ実もなくなり枯れ果てた柿の枝です。人生も同じで、仕事仕事で突き回されてここまで来て、落ち着いたら、だんだん枯れていくんだという思いです。  
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