2018年03月25日
行って来ましたメタボ支援料理講習
今日は朝、先日と同様に明け方6時少し前にいい夢を見ているところで突然のくしゃみ。それからがまた大変で、小rを止めるにはまた朝飯を食べるより手はない。食べなければ薬飲めないし。
食事して、薬飲んで、なんとか収まった。まだ6時半だよ。。。ここで寝たら今度起きるのがいつになるのかわかったものでないので、しょうがないからテレビつけて、昨夜録画した映画を見ていた。しかし、眠いのだ。睡眠不足だから当然だけど。座椅子に背をもたせかけて半分うとうとしながらテレビを見ていた。7時過ぎに家内が起き出したので、「寝てしまうかもれないから、その時は8時には起こして」と頼んだ。
その他のみを使うことなく、なんとか8時少し前に目覚めた。それからが大変。お出かけの用意をしなければ。今日は、メタボ予備軍の支援の料理教室があるのだ。10時に集合だけど、バスと地下に乗らねばならない。今日は日曜日だから、バスは少ないしなぁ。。。。
9時15分頃家を出た。バスまで15分あるので、歩いた方があ早いと、花粉が飛び交う中歩きました。マスクの下にティッシュを入れて、18分。体が温まって来たらくしゃみも鼻水も止まった。
10時5分前に徳重に到着。エレベータで3街の緑保健所支所に行くが、まだ担当の人間が来ていなくて入れず。ここで花の奥が痛くなって来た、どうも花粉をいっぱい吸い込んでいるらしい。こう言う時は飴を舐めるのだが、家に忘れて来た。1回までおりてDAISOで100円ののど飴を買って来た。
エレベータで3回の戻って受付に行ったら、おや行列です。順番なんてどうでもいいから最後尾に並んで入るのを待つ。
受付済んでテーブル席に。テーブルの上には資料が置いてある。昨年とはかなり違う扱いをされている。委託を受けた組織の違いからかな?昨年よりはしっかりとできている。
その資料と一緒にメジャーが置いてあった。これで腹の周りを図れと言うのだ。自分で測れないから担当のお姉さんに頼んで測ったもらった。98センチだって。変わらんなぁ。。。
それから血圧測ってもらったりして。。。。
講習が始まった。いろいろメタボになった時のリスク・脅しを延々と聞かされて、私は初めてでないだけに、毎度おないような話で新鮮味もないし。。。ただ、資料は見た目によくできているので持って帰りたかったが、ダメとのこと。講習聞いて、資料見て、その時は分かったつもりだけど、資料持って帰らないと、家に帰ったらみんな忘れているよ。だって、行列のときカレイ臭がひどかったもん。
講習終わって、今度は料理に。この時11時45分でした。料理の部屋に移動して、今度がメタボ気味のお兄さんからのお話が延々と続く。約1時間喋ってたよ。お腹空いてしまった。
渡されたレシピは、和風脚を使ったカレーライス。まさか行列のカレイ臭のダジャレかいなと思ったものだ。
4人人組で作る。タマネギ、人参を切って炒めて、。。。。だし入れて、水入れて、煮込んで、そこにカレールーを入れて。。。。別に炊いてもらっていたご飯を人それぞれ持って、そこにカレーを入れて。
ご飯の量、昨年は選択できなかったけど、今年氏は自分で死兆星できたのでよかったよ。昨年は荒福食わされたのでいつもの3倍くらい食べされられたけど、今日は100gとしてもらっていい腹具合で食べ終えた。
作権はひどい料理だったけど、今回は良かったですねぇ。使った材料も、今の私にはあまりい大きく影響するものもなかったので。このカレーは挑戦してみるのもいいかなぁ。。
食べ終わって、家に帰りました。帰る時もバスに乗れず。乗ろうと思えば1時間待たなくてはならないので、運動することを求められているし、ということで20分近く歩いてきた。
いい一日でしたぁ。 あぁまだ早いか。。。。。
食事して、薬飲んで、なんとか収まった。まだ6時半だよ。。。ここで寝たら今度起きるのがいつになるのかわかったものでないので、しょうがないからテレビつけて、昨夜録画した映画を見ていた。しかし、眠いのだ。睡眠不足だから当然だけど。座椅子に背をもたせかけて半分うとうとしながらテレビを見ていた。7時過ぎに家内が起き出したので、「寝てしまうかもれないから、その時は8時には起こして」と頼んだ。
その他のみを使うことなく、なんとか8時少し前に目覚めた。それからが大変。お出かけの用意をしなければ。今日は、メタボ予備軍の支援の料理教室があるのだ。10時に集合だけど、バスと地下に乗らねばならない。今日は日曜日だから、バスは少ないしなぁ。。。。
9時15分頃家を出た。バスまで15分あるので、歩いた方があ早いと、花粉が飛び交う中歩きました。マスクの下にティッシュを入れて、18分。体が温まって来たらくしゃみも鼻水も止まった。
10時5分前に徳重に到着。エレベータで3街の緑保健所支所に行くが、まだ担当の人間が来ていなくて入れず。ここで花の奥が痛くなって来た、どうも花粉をいっぱい吸い込んでいるらしい。こう言う時は飴を舐めるのだが、家に忘れて来た。1回までおりてDAISOで100円ののど飴を買って来た。
エレベータで3回の戻って受付に行ったら、おや行列です。順番なんてどうでもいいから最後尾に並んで入るのを待つ。
受付済んでテーブル席に。テーブルの上には資料が置いてある。昨年とはかなり違う扱いをされている。委託を受けた組織の違いからかな?昨年よりはしっかりとできている。
その資料と一緒にメジャーが置いてあった。これで腹の周りを図れと言うのだ。自分で測れないから担当のお姉さんに頼んで測ったもらった。98センチだって。変わらんなぁ。。。
それから血圧測ってもらったりして。。。。
講習が始まった。いろいろメタボになった時のリスク・脅しを延々と聞かされて、私は初めてでないだけに、毎度おないような話で新鮮味もないし。。。ただ、資料は見た目によくできているので持って帰りたかったが、ダメとのこと。講習聞いて、資料見て、その時は分かったつもりだけど、資料持って帰らないと、家に帰ったらみんな忘れているよ。だって、行列のときカレイ臭がひどかったもん。
講習終わって、今度は料理に。この時11時45分でした。料理の部屋に移動して、今度がメタボ気味のお兄さんからのお話が延々と続く。約1時間喋ってたよ。お腹空いてしまった。
渡されたレシピは、和風脚を使ったカレーライス。まさか行列のカレイ臭のダジャレかいなと思ったものだ。
4人人組で作る。タマネギ、人参を切って炒めて、。。。。だし入れて、水入れて、煮込んで、そこにカレールーを入れて。。。。別に炊いてもらっていたご飯を人それぞれ持って、そこにカレーを入れて。
ご飯の量、昨年は選択できなかったけど、今年氏は自分で死兆星できたのでよかったよ。昨年は荒福食わされたのでいつもの3倍くらい食べされられたけど、今日は100gとしてもらっていい腹具合で食べ終えた。
作権はひどい料理だったけど、今回は良かったですねぇ。使った材料も、今の私にはあまりい大きく影響するものもなかったので。このカレーは挑戦してみるのもいいかなぁ。。
食べ終わって、家に帰りました。帰る時もバスに乗れず。乗ろうと思えば1時間待たなくてはならないので、運動することを求められているし、ということで20分近く歩いてきた。
いい一日でしたぁ。 あぁまだ早いか。。。。。
2018年03月13日
今日は最悪を超えるか?
昨日はお出かけ
ほんの少し地上を歩いただけ
多くが地下街を歩いた
それでも
帰りの地下鉄でくしゃみをした
それからが大変
涙、涙
そして 鼻からも涙が
流れて止まぬ
家に帰って薬を飲んで
ちょっと治った
しかし
夜になって未だ涙、涙
今朝 起きた時
口の中
鼻につながっているところに違和感
完全に炎症を起こしている
朝ドラを見ていたら
くしゃみが連続で
ついでに涙涙 鼻からも
新聞を入れに外に
家の中よりも暖かい
あぁ気温が高くなりそうだ
風はそんなにないけど
この分だと花粉はかなり飛びそうだなぁ
昨日が最悪だったけど
今日はそれを超えそうだ
悲惨です
ほんの少し地上を歩いただけ
多くが地下街を歩いた
それでも
帰りの地下鉄でくしゃみをした
それからが大変
涙、涙
そして 鼻からも涙が
流れて止まぬ
家に帰って薬を飲んで
ちょっと治った
しかし
夜になって未だ涙、涙
今朝 起きた時
口の中
鼻につながっているところに違和感
完全に炎症を起こしている
朝ドラを見ていたら
くしゃみが連続で
ついでに涙涙 鼻からも
新聞を入れに外に
家の中よりも暖かい
あぁ気温が高くなりそうだ
風はそんなにないけど
この分だと花粉はかなり飛びそうだなぁ
昨日が最悪だったけど
今日はそれを超えそうだ
悲惨です
2018年03月12日
涙涙の日 末期癌・8年目に突入
今日は、朝イチに病院に行った。駅まで15分(いつもより早く歩けた)歩いて地下鉄に乗って久屋大通りまで、そこから歩いて5分強耳鼻科の病院に。聴力検査をして、それから初めて耳鳴りの検査をした。私の頭の中の耳鳴りは、検査で聴いた音とはかなり違うなぁ。でも、患者一人一人違うだろうからしょうがないよな。
聴力は昨年11月と変わりなく、よくならないわなぁ。もう良くなることはないと宣言されているから。そのあとで補聴器のボリュームを上げてもらう、これでかなり聞こえが変わり、人に迷惑をかけること少し減るかもしれない。
耳鼻科をでて、また歩いて久屋まで。ここでまた地下鉄に乗って国際センターまで。ここから歩いてガンの診察と注射を受けに行く。
思い起こせば、多くの人には「あれから7年」と言えば”東日本大震災”ということなのだろうが、私個人にしてみると、大震災の記憶と同時に”末期癌宣告”が蘇ってくる。昨日過去のブログを調べていて、7年前の明後日15日に初めて大病院で癌の疑いの診察を受けている。そして3月末に検査入院、そして前立腺癌ステージ4の末期ガン宣告を受けた。
そんな話を今日医師とした。私は、末期がんで放射線治療、手術はいずれも手遅れでできないということで結果的にホルモン療法をという結論の手術方針を4月に示された。
一般的に前立腺癌のホルモン療法は、5年を境に再燃することが多いと言われている。ワツァ日の場合は、先月の採決でのPSA(マーカー値)は”0.008以下”というほとんどゼロというのがもう5年も続いている。これは医師曰く”こういうのは非常に珍しい”とのこと。ありがたいことだが。。。
7年前の3月11日は、そんな末期癌が津波のように私の体に襲いかかっていることを知らずに、仕事に出ていた。帰り道の地下鉄の中で地下鉄が止まった。それだけ揺れたのだろうが、その時はそんな大地震があったとはアナウンスされなかった。
家に帰ってテレビを見ていたら、つまみが押し寄せるところがライブ映像で流されていた。その映像は仙台に向かっていたのだが、その時私はブログに”仙台が水浸しになる”と書き込んでいる。
私の癌は、全く自覚症状はなかった。だから大地震やらなんやら、事故事件いろいろあってもそちらに気を向けることができた。痛みやら何か自覚症状があれば、それどころではなかっただろうが。
さて、わたしの癌は8年目に入ります。この先どうなるのか、知っているのは神様だけらしい。仏さんも知っているかなぁ?家の仏さんたちなんも言わんのだけど。。。。
今からまた仏さんを彫りに行きます。
聴力は昨年11月と変わりなく、よくならないわなぁ。もう良くなることはないと宣言されているから。そのあとで補聴器のボリュームを上げてもらう、これでかなり聞こえが変わり、人に迷惑をかけること少し減るかもしれない。
耳鼻科をでて、また歩いて久屋まで。ここでまた地下鉄に乗って国際センターまで。ここから歩いてガンの診察と注射を受けに行く。
思い起こせば、多くの人には「あれから7年」と言えば”東日本大震災”ということなのだろうが、私個人にしてみると、大震災の記憶と同時に”末期癌宣告”が蘇ってくる。昨日過去のブログを調べていて、7年前の明後日15日に初めて大病院で癌の疑いの診察を受けている。そして3月末に検査入院、そして前立腺癌ステージ4の末期ガン宣告を受けた。
そんな話を今日医師とした。私は、末期がんで放射線治療、手術はいずれも手遅れでできないということで結果的にホルモン療法をという結論の手術方針を4月に示された。
一般的に前立腺癌のホルモン療法は、5年を境に再燃することが多いと言われている。ワツァ日の場合は、先月の採決でのPSA(マーカー値)は”0.008以下”というほとんどゼロというのがもう5年も続いている。これは医師曰く”こういうのは非常に珍しい”とのこと。ありがたいことだが。。。
7年前の3月11日は、そんな末期癌が津波のように私の体に襲いかかっていることを知らずに、仕事に出ていた。帰り道の地下鉄の中で地下鉄が止まった。それだけ揺れたのだろうが、その時はそんな大地震があったとはアナウンスされなかった。
家に帰ってテレビを見ていたら、つまみが押し寄せるところがライブ映像で流されていた。その映像は仙台に向かっていたのだが、その時私はブログに”仙台が水浸しになる”と書き込んでいる。
私の癌は、全く自覚症状はなかった。だから大地震やらなんやら、事故事件いろいろあってもそちらに気を向けることができた。痛みやら何か自覚症状があれば、それどころではなかっただろうが。
さて、わたしの癌は8年目に入ります。この先どうなるのか、知っているのは神様だけらしい。仏さんも知っているかなぁ?家の仏さんたちなんも言わんのだけど。。。。
今からまた仏さんを彫りに行きます。
2018年02月14日
毎月恒例の内科診察
昨日は前立腺癌の恒例の採血
今日は内科の薬をもらうための診察
診察といってもこの一月の生活の報告
この一月の間の変化
1:聴覚の問題 朝の聞こえが悪い
2:夜寝る時の足の指の痛み
1は耳鼻科の範疇でもあるけど
内科に絡むものもありので報告
2は薬は飲むなとの指示、理由は現状の尿酸値の値からなら薬を飲むことで他の影響の方が大きいと判断されたのだ。先生の言葉に従うのみ。
あとは、花粉症が始まったので目薬とうがい薬を処方してもらう。花粉症対策の抗アレルギー剤は毎日飲んでいるので特別なことはない。
ということで、簡単に終了。
また来月。
血圧の高い人の高温度の入浴について質問して来た。やあっぱりあんまりするものではないとのこと。ただ、湯船で血圧下がってもそのまま沈没する可能性よりも、ぷっつんして沈没の可能性が大きいような意見だったよ。
2018年02月13日
今日の血糖値 81
今日は前立腺癌の検診のための採血に行ってきた
朝7時に起床で
8時少し前に朝食
パン1枚とコーヒーとラブレとウィンナ2本
8時45分に家を出た
地下鉄の駅まで歩く
だいたい15分出るけるのに
今日は信号に2回も捕まって20分近くかかってしまった
地下鉄で25分
病院の近くまで行けばいいけど
時間が余ったので歩くことに
一駅手前で降りて15分近く歩いた
この病院
連休明けにも関わらず
空いてるんです
毎度空いてます
でも
今日は2人目だったので
ちょいと待ち
診察室で先生の問診
なんてことなく薬の処方をお願いして終わり
処置室で採血
採り終わって
ちょいと待ってと言われた
何やら小さい器具に血を
血糖値調べてくれた
81だって
標準110以下だから正常なんだよなぁ
でも食事度2時間半
歩いたせいかな?
飴を舐めたんだけどねぇ
明日は内科です
朝7時に起床で
8時少し前に朝食
パン1枚とコーヒーとラブレとウィンナ2本
8時45分に家を出た
地下鉄の駅まで歩く
だいたい15分出るけるのに
今日は信号に2回も捕まって20分近くかかってしまった
地下鉄で25分
病院の近くまで行けばいいけど
時間が余ったので歩くことに
一駅手前で降りて15分近く歩いた
この病院
連休明けにも関わらず
空いてるんです
毎度空いてます
でも
今日は2人目だったので
ちょいと待ち
診察室で先生の問診
なんてことなく薬の処方をお願いして終わり
処置室で採血
採り終わって
ちょいと待ってと言われた
何やら小さい器具に血を
血糖値調べてくれた
81だって
標準110以下だから正常なんだよなぁ
でも食事度2時間半
歩いたせいかな?
飴を舐めたんだけどねぇ
明日は内科です
2018年02月08日
ノックアウト寸前・・
2018年02月01日
ガン闘病で大切なこと
末期前立腺癌が見つかってからもうじき7年になる。昨年12月のCT及びRIの検査でガンの病巣は見えなくなっていると言われている。しかし、最高600近くあったマーカーPSAのことがあり、ガン細胞がどこかに隠れている可能性は払拭できないと、無罪放免にはならず、相変わらず3ヶ月に一度の採血とホルモン注射そして毎日のホルモン剤の服用を強いられている。
ガン病巣が見えなくなったということは、一応回復している方向なのだが、ここに至るまでは結構大変な思いをしている。
側から見るとなんの問題もないちょっとずんぐりむっくりのおじさんなのだが、内側はガンを抱えるだけではなく、一過性の脳梗塞を体験したり、腰椎を圧迫骨折して3センチ近く身長が縮んだり、問題はいっぱい抱えている。
とはいうもののガンが小さくなったということは、ガンを抱えているというストレスが少しは軽減していることは確かだ。この”ストレス”というものがガン治療では大きな意味があるようだ。
ホルモン剤での副作用による体重増加を知った時、食事療法を取り入れて塩分カット、肉食停止などを決意したのだが、担当医からは「ストレスが溜まるからやめておけ」と言われている。しかしそれを無視して食事療法を1年続けたのだが、確かにストレスがかなりきかった。
末期ガンという宣告を受けただけでも、受けたことのないに人にはわからないと思うほどのストレスを抱える。ちょっとしたことで、どこかが痛めば「転移した?」なんて思うことはしょっちゅうだ。そこに食事療法で、食べたいものを食べなくしているから食べ物への欲求不満が募るばかりだ。1年の間に何度爆発したことか。(家内にはかなりな迷惑をかけたことを反省している。)ガンには、これで良かったのかどうかは、ガンに聞いてくれぇだ。
とにかくストレスを溜めないように努力していたのだが、その努力自体がストレスになるという矛盾もある。たまたま宣告の前年から趣味で木彫り、仏さんを彫るということを始めていた。慣れないことをしているから、彫るだけでもストレスになるはずなのだが、慣れてくるとだんだん彫ること自体に集中できるようになり、彫っている間は全くのストレスがなくなったのだ。
そして、彫るということに集中できるようになって、その間は間食もしなくなるので、体重の増加を幾分でも抑えることができるが、これにはストレスかからないから、一石二鳥だったかもしれない。
ガンに関する医学的な論文を検索して読んでいると、結構書かれているのが「ストレス」を溜めない」ことがいいような感じだ。ストレスを溜め込むと、がん細胞が喜ぶのかもしれない。
ただ、ストレスを感じるのは、人によってものすごくさがあるもので、誰かがして成功したからと同じことをしてもそれ自体がストレスになるという可能性が大きいので、試行錯誤しながらどれがいいかを探すのがいいのではないかと思う。
ガン闘病の方に参考になるような話ではなく申し訳ないけど、ガン自体が人それぞれ症状が異なるし、自分の症状に合わせた生活が望まれる。
ガン病巣が見えなくなったということは、一応回復している方向なのだが、ここに至るまでは結構大変な思いをしている。
側から見るとなんの問題もないちょっとずんぐりむっくりのおじさんなのだが、内側はガンを抱えるだけではなく、一過性の脳梗塞を体験したり、腰椎を圧迫骨折して3センチ近く身長が縮んだり、問題はいっぱい抱えている。
とはいうもののガンが小さくなったということは、ガンを抱えているというストレスが少しは軽減していることは確かだ。この”ストレス”というものがガン治療では大きな意味があるようだ。
ホルモン剤での副作用による体重増加を知った時、食事療法を取り入れて塩分カット、肉食停止などを決意したのだが、担当医からは「ストレスが溜まるからやめておけ」と言われている。しかしそれを無視して食事療法を1年続けたのだが、確かにストレスがかなりきかった。
末期ガンという宣告を受けただけでも、受けたことのないに人にはわからないと思うほどのストレスを抱える。ちょっとしたことで、どこかが痛めば「転移した?」なんて思うことはしょっちゅうだ。そこに食事療法で、食べたいものを食べなくしているから食べ物への欲求不満が募るばかりだ。1年の間に何度爆発したことか。(家内にはかなりな迷惑をかけたことを反省している。)ガンには、これで良かったのかどうかは、ガンに聞いてくれぇだ。
とにかくストレスを溜めないように努力していたのだが、その努力自体がストレスになるという矛盾もある。たまたま宣告の前年から趣味で木彫り、仏さんを彫るということを始めていた。慣れないことをしているから、彫るだけでもストレスになるはずなのだが、慣れてくるとだんだん彫ること自体に集中できるようになり、彫っている間は全くのストレスがなくなったのだ。
そして、彫るということに集中できるようになって、その間は間食もしなくなるので、体重の増加を幾分でも抑えることができるが、これにはストレスかからないから、一石二鳥だったかもしれない。
ガンに関する医学的な論文を検索して読んでいると、結構書かれているのが「ストレス」を溜めない」ことがいいような感じだ。ストレスを溜め込むと、がん細胞が喜ぶのかもしれない。
ただ、ストレスを感じるのは、人によってものすごくさがあるもので、誰かがして成功したからと同じことをしてもそれ自体がストレスになるという可能性が大きいので、試行錯誤しながらどれがいいかを探すのがいいのではないかと思う。
ガン闘病の方に参考になるような話ではなく申し訳ないけど、ガン自体が人それぞれ症状が異なるし、自分の症状に合わせた生活が望まれる。
2018年01月30日
発熱後12時間の睡眠で・・・
昨夜36.5度の発熱、一般的にはどうってことのない体温だけど、平熱が35度くらいしかない私には大変なことで、どうにもだるいし、それで風邪薬と解熱剤を飲んで8時過ぎに布団に潜り込んだ。
30分のしないうちにぐっすり寝たようで、目が覚めたら12時だった。4時間ぐっすり寝たからか、その時は熱があるとは思えなかった。解熱剤が功を奏したようだ。
といって、それから起きだすわけにもいかないので、そのまままた布団に潜り込んだ。のごが乾くので水を多量に飲んでいることもあって、トイレに2時間半から3時間おきに起き出した。
そんなに冷え込んでいるとは思わなかったが、ちょっと外が白く感じたけど。。。。
朝最終的に起き出したのは、8時を回っていたから、またまた12時間寝たことになる。熱のせいで体が痛かったのも取れているし、熱のあるようには思えないように回復。よかったよかった。。。。
雨戸を開けた。オォ、庭が白い。ガレージの屋根の白い。雪が降ったんだ。夜中外が白いとかなんじたのはこのせいだったのかな?
それにしても、夜中また夢を見続けていた。疲れる夢だったけど、今朝は不思議と疲労感はない。体調が回復したおかげかな?
今日は、ちょっと自重するかな? でも、そればっかりだと、木彫りができないんだよなぁ。
30分のしないうちにぐっすり寝たようで、目が覚めたら12時だった。4時間ぐっすり寝たからか、その時は熱があるとは思えなかった。解熱剤が功を奏したようだ。
といって、それから起きだすわけにもいかないので、そのまままた布団に潜り込んだ。のごが乾くので水を多量に飲んでいることもあって、トイレに2時間半から3時間おきに起き出した。
そんなに冷え込んでいるとは思わなかったが、ちょっと外が白く感じたけど。。。。
朝最終的に起き出したのは、8時を回っていたから、またまた12時間寝たことになる。熱のせいで体が痛かったのも取れているし、熱のあるようには思えないように回復。よかったよかった。。。。
雨戸を開けた。オォ、庭が白い。ガレージの屋根の白い。雪が降ったんだ。夜中外が白いとかなんじたのはこのせいだったのかな?
それにしても、夜中また夢を見続けていた。疲れる夢だったけど、今朝は不思議と疲労感はない。体調が回復したおかげかな?
今日は、ちょっと自重するかな? でも、そればっかりだと、木彫りができないんだよなぁ。
2018年01月29日
発熱・・・ 風邪?
2018年01月17日
ニンジンジュースの落とし穴
これまでに末期の前立腺癌の対策のために1年間とった食事の話を書いたけど、そこで”ニンジンジュース”について触れていた。その中に”ニンジンはリコピンが多い”と書いたけど、どうも私が誤解したか、誤解する記事を読んでの記憶で書いていたと思われる。
”ニンジン”は確かにリコピンを含んで入るけど、品種によって含んでいる量が違うらしい。多い品種もあるけどガン対策としてのリコピンの量には至らないと判断できる記事が多いと思った。
ではなぜガン対策に”ニンジン”がとなると、いろいろ読んだものから判断すると”カロテン”ということに行き着いた。しかし、医学的に”ニンジン”がガン対策として認められているか?となるとそう行った医学論文には今の所確実なものに出会っていない私です。
とはいうものの、結果的には私の場合はそれなりの効果があったことは確か。
さて今回は、”ニンジンジュース”で問題が起きたことに触れておきます。
何が問題だったのか?それは、1日で1,5〜2リットルくらいのニンジンジュースを飲み続けた半年。気づいたら、掌が赤くなっていた。冬にみかんを多く食べると起きるのと同じことが起きていた。
ネットで検索したら「これは柑皮症と言って、カロチンの摂り過ぎで皮膚に色素が沈着したもの。」という記事に出会った。確かに黄色(私はっどちらかというと赤くなった、もともと赤くなる体質らしい)
黄色もしくは赤くなっても、問題はないということのようで、接種をやめれば消えていきます。とはいえ、ニンジンジュースを飲み続けていると、どこまで色がわかるかはわかりません。私は空の色を見ながら、掌が赤くなったかっと思ったらやめて、治ったと思ったら飲むということをしていました。
現在は、多量に飲んでいない(1日200CCくらい)ので、赤くなることはないですが、多量に飲もうかと思っている方は、この体の色が変わることは頭に置いておかれるといいかと思います。
”ニンジン”は確かにリコピンを含んで入るけど、品種によって含んでいる量が違うらしい。多い品種もあるけどガン対策としてのリコピンの量には至らないと判断できる記事が多いと思った。
(五寸ニンジンには結構リコピンがあるとのことですが・・・)
ではなぜガン対策に”ニンジン”がとなると、いろいろ読んだものから判断すると”カロテン”ということに行き着いた。しかし、医学的に”ニンジン”がガン対策として認められているか?となるとそう行った医学論文には今の所確実なものに出会っていない私です。
とはいうものの、結果的には私の場合はそれなりの効果があったことは確か。
さて今回は、”ニンジンジュース”で問題が起きたことに触れておきます。
何が問題だったのか?それは、1日で1,5〜2リットルくらいのニンジンジュースを飲み続けた半年。気づいたら、掌が赤くなっていた。冬にみかんを多く食べると起きるのと同じことが起きていた。
ネットで検索したら「これは柑皮症と言って、カロチンの摂り過ぎで皮膚に色素が沈着したもの。」という記事に出会った。確かに黄色(私はっどちらかというと赤くなった、もともと赤くなる体質らしい)
黄色もしくは赤くなっても、問題はないということのようで、接種をやめれば消えていきます。とはいえ、ニンジンジュースを飲み続けていると、どこまで色がわかるかはわかりません。私は空の色を見ながら、掌が赤くなったかっと思ったらやめて、治ったと思ったら飲むということをしていました。
現在は、多量に飲んでいない(1日200CCくらい)ので、赤くなることはないですが、多量に飲もうかと思っている方は、この体の色が変わることは頭に置いておかれるといいかと思います。
2018年01月15日
薬が一つ減りました
今日は毎月恒例の内科の診察日。月曜日に行くのは珍しく、たどり着くまで1時かなんか買ってしまった。それだけ渋滞してたってことです。
診察は、問診だけ、いや先月撮ったCT画像も見てもらって再チェックしてもらった。なんの心配もいらんとのことです。肋骨の一番下が痛いと言ったら、湿布薬を貼って様子みろとのこと。そして朔月の血液検査の結果をもう一度見て、CT画像と合わせて”尿酸値を下げる薬は飲まなくていいだろう”ということで飲み薬がまた一つ減った。
薬の服用が減ることはいいことだなぁ、体が楽だもんなぁ。
何がこうした方向に寄与しているのだろう?まぁ尿酸値の場合は、ずっとに見続けていた薬が寄与しているのは確かだけど、ガンの病巣が見えなくなっていることなども考えると、何かが寄与していると思わざるを得ないけど、私にはわからないなぁ。
さて、もっともっと薬が減ることを祈ろう。
診察は、問診だけ、いや先月撮ったCT画像も見てもらって再チェックしてもらった。なんの心配もいらんとのことです。肋骨の一番下が痛いと言ったら、湿布薬を貼って様子みろとのこと。そして朔月の血液検査の結果をもう一度見て、CT画像と合わせて”尿酸値を下げる薬は飲まなくていいだろう”ということで飲み薬がまた一つ減った。
薬の服用が減ることはいいことだなぁ、体が楽だもんなぁ。
何がこうした方向に寄与しているのだろう?まぁ尿酸値の場合は、ずっとに見続けていた薬が寄与しているのは確かだけど、ガンの病巣が見えなくなっていることなども考えると、何かが寄与していると思わざるを得ないけど、私にはわからないなぁ。
さて、もっともっと薬が減ることを祈ろう。
2018年01月14日
今朝は大変・・・
今朝は大変。カテゴリーが”自分の健康”になっているけど、私のことでなく家内の健康の問題。
朝8時半頃布団から抜け出してきた。日曜で予定は買い物くらいだからゆっくりでいいということだったのだ。起き出して居間に行った、アコーデオンを開けたら、えぇ?家内がひっくり返っている。なんで?補聴器をつける前のなので、話しかけても帰ってくる言葉がわからない。どうも気持ちが悪いと行っているみたいだけど・・・・補聴器をつけて話したら、お腹が痛い、気持ちが悪い、頭がふらつく。。などいろいろいう。
と言って顔色は悪くない、どうもそれは血圧が高いせらしい。180くらいまで上がったとか。何か悪いもの食べたかなぁ。。。昨日は、完全には同じものを食べていない。昼飯はプライムツリーで私はラーメン(自由が丘なんとかだけど美味しくなかった)、家内は天ぷらうどん。油がきつかったと言っている。夕方彼女が買ってきた御園座の”たい焼き(味噌味のあんこ。これも美味しくなくて吐き出したかった)”、夕食は彼女は魚、私は鳥のレバーで異なっているけど、ガンモが同じくらいかぁ。食べたものが悪かったとしても、私と症状が違ってくっる。
しばらく横になっていて、お腹が痛いとトイレに行った。出てきて結構すっきりしたみたいで、だんだん表情も変わってきた。それから1時間。洗濯をしたり、それを干したり。落ち着いたみたいで、買い物に出かけた。もう大丈夫なようだ。
結構バタバタしたので、命綱の薬を飲むのを忘れていた。昼飯をたべたあとで薬を飲んだ。
私は、もっか健康です。
朝8時半頃布団から抜け出してきた。日曜で予定は買い物くらいだからゆっくりでいいということだったのだ。起き出して居間に行った、アコーデオンを開けたら、えぇ?家内がひっくり返っている。なんで?補聴器をつける前のなので、話しかけても帰ってくる言葉がわからない。どうも気持ちが悪いと行っているみたいだけど・・・・補聴器をつけて話したら、お腹が痛い、気持ちが悪い、頭がふらつく。。などいろいろいう。
と言って顔色は悪くない、どうもそれは血圧が高いせらしい。180くらいまで上がったとか。何か悪いもの食べたかなぁ。。。昨日は、完全には同じものを食べていない。昼飯はプライムツリーで私はラーメン(自由が丘なんとかだけど美味しくなかった)、家内は天ぷらうどん。油がきつかったと言っている。夕方彼女が買ってきた御園座の”たい焼き(味噌味のあんこ。これも美味しくなくて吐き出したかった)”、夕食は彼女は魚、私は鳥のレバーで異なっているけど、ガンモが同じくらいかぁ。食べたものが悪かったとしても、私と症状が違ってくっる。
しばらく横になっていて、お腹が痛いとトイレに行った。出てきて結構すっきりしたみたいで、だんだん表情も変わってきた。それから1時間。洗濯をしたり、それを干したり。落ち着いたみたいで、買い物に出かけた。もう大丈夫なようだ。
結構バタバタしたので、命綱の薬を飲むのを忘れていた。昼飯をたべたあとで薬を飲んだ。
私は、もっか健康です。
2018年01月08日
ガン対策の民間療法
7年前の4月に”前立腺癌”の末期を宣告された。それから家内がネットで調べまくっていた。私はそれとは別にガンマーカーPSAについて調べたりしていた。
家内は、ネットで”ゲルソン療法”なるものを見つけ、またその派生、亜型のものを見つけたりしていた。そこに書かれていたものは
1:四つ足動物の肉、乳製品をカットする
2:ニンジンジュースを多飲する
3:ナトリウムをカットする
などなど。
そして、書店で”ガンが消える食事”という済陽ナントカという医師の書いた本を見つけている。この書籍にはゲルソン療法の亜流の方法が書かれていた。ゲルソン療法ほどきつくはないが基本的には同じような方法を取っている。
まぁ試しにやって見るかということよりも、ガン宣告された直後は”駄目元”というよりも、何かにすがる気持ちの方が強かったのだろうと今になって思うのだが、とにかくやってみることにした。
1:四つ足動物の肉、乳製品カット
これについては、食事の際に入れなければいいわけで、自宅での料理方法はそんなに面倒ではない。ただ、問題は外食だ。肉はちょっとした料理に含まれているので、外食は敬遠することになる。
また、乳製品については、いろんな考え方があるかもしれないが、乳製品のか好物のヨーグルトもこの際やめることにした。
2:ニンジンジュースの多飲
ニンジンジュースは、リコピンを多く含んでいるからガンリスクを避けるにはいい食材という。これを食事にするとかなり多量にいれなければならないことになるが、それでは少ないのでジューズにすることが薦められていた。そいうことで、ジューザー(ミキサーではない)を買い込んだ。我が家には昔あったけどかなり長い間使っていなかったので新しいものを購入。本当はスロージューザーが欲しかったのだが、当時はかなり高額だった(国産がなく韓国製で6万円以上したと思う)ので致し方なく一般的なジューザーを買い込んだ。
これで位置に3回、毎回400〜500ccを飲んだのだ、狂気の沙汰だよなぁ。ジュースにするためのニンジンの買い込む量も半端ではない。金銭的な問題もあって、安く手に入らぬかと農家を探すドライブを何度したことか。(その過程で”松平東照宮”や”六所神社”に出会った)
その後、スロージューザーがシャープから販売され価格もなんとか安くなったので購入して、今はそれを使ってい。(昨年末、前のジューサーはリサイクルショップに)
3:ナトリウムカット
まぁ早い話が「塩分を完全になくせ」ということなのだが、そんなことは無理な話で、自然界のものには少なからず塩分を含んでいる。なので、料理には一切使わないこと考えなければならない。減塩なんて半端なものではないのだ、醤油や味噌まで制限をしなければならない。
さらには、それまで市販の食パンを食べていたのだが、食パンは塩分がなかり入れられている、またうどんも塩分を使ってこねる率が高いので、小麦粉を使った市販のもはかなりな部分カットすることになった。
また、ハムやソーセージなどにも塩分が多く使われているので、四つ足動物の肉を避けることと合わせてハムも禁止と相成った。
以上の3点が大きな食事対策だが、これらの派系で外での食事をどうするかということになる。
当時はまだ実家で養父の残した仕事を週2回していたのでそれにも通わねばならない。ことで昼飯が問題となる。ガン宣告までは、パックの麺類を食べていたのだが、それはダメということになって、どうするか?
これも含めて、外に出るときはできるだけ”おにぎり”に”おぼろ昆布”を巻いたもので我慢するという方法をとることにした。
街中で食事をしなければいけないときは、肉のないものを選択する、ということで日本食で魚料理が多くなった。(魚は避けることにはしていなかったのだ)
全部書くとなかり細かいことになるので、このくらいにしておき、またいずれ違った面でのことをこうかと思う。
上記したことは、ほぼ1年間実行した。2年目からは少しずつ緩和している。
家内は、ネットで”ゲルソン療法”なるものを見つけ、またその派生、亜型のものを見つけたりしていた。そこに書かれていたものは
1:四つ足動物の肉、乳製品をカットする
2:ニンジンジュースを多飲する
3:ナトリウムをカットする
などなど。
そして、書店で”ガンが消える食事”という済陽ナントカという医師の書いた本を見つけている。この書籍にはゲルソン療法の亜流の方法が書かれていた。ゲルソン療法ほどきつくはないが基本的には同じような方法を取っている。
まぁ試しにやって見るかということよりも、ガン宣告された直後は”駄目元”というよりも、何かにすがる気持ちの方が強かったのだろうと今になって思うのだが、とにかくやってみることにした。
1:四つ足動物の肉、乳製品カット
これについては、食事の際に入れなければいいわけで、自宅での料理方法はそんなに面倒ではない。ただ、問題は外食だ。肉はちょっとした料理に含まれているので、外食は敬遠することになる。
また、乳製品については、いろんな考え方があるかもしれないが、乳製品のか好物のヨーグルトもこの際やめることにした。
2:ニンジンジュースの多飲
ニンジンジュースは、リコピンを多く含んでいるからガンリスクを避けるにはいい食材という。これを食事にするとかなり多量にいれなければならないことになるが、それでは少ないのでジューズにすることが薦められていた。そいうことで、ジューザー(ミキサーではない)を買い込んだ。我が家には昔あったけどかなり長い間使っていなかったので新しいものを購入。本当はスロージューザーが欲しかったのだが、当時はかなり高額だった(国産がなく韓国製で6万円以上したと思う)ので致し方なく一般的なジューザーを買い込んだ。
これで位置に3回、毎回400〜500ccを飲んだのだ、狂気の沙汰だよなぁ。ジュースにするためのニンジンの買い込む量も半端ではない。金銭的な問題もあって、安く手に入らぬかと農家を探すドライブを何度したことか。(その過程で”松平東照宮”や”六所神社”に出会った)
その後、スロージューザーがシャープから販売され価格もなんとか安くなったので購入して、今はそれを使ってい。(昨年末、前のジューサーはリサイクルショップに)
3:ナトリウムカット
まぁ早い話が「塩分を完全になくせ」ということなのだが、そんなことは無理な話で、自然界のものには少なからず塩分を含んでいる。なので、料理には一切使わないこと考えなければならない。減塩なんて半端なものではないのだ、醤油や味噌まで制限をしなければならない。
さらには、それまで市販の食パンを食べていたのだが、食パンは塩分がなかり入れられている、またうどんも塩分を使ってこねる率が高いので、小麦粉を使った市販のもはかなりな部分カットすることになった。
また、ハムやソーセージなどにも塩分が多く使われているので、四つ足動物の肉を避けることと合わせてハムも禁止と相成った。
以上の3点が大きな食事対策だが、これらの派系で外での食事をどうするかということになる。
当時はまだ実家で養父の残した仕事を週2回していたのでそれにも通わねばならない。ことで昼飯が問題となる。ガン宣告までは、パックの麺類を食べていたのだが、それはダメということになって、どうするか?
これも含めて、外に出るときはできるだけ”おにぎり”に”おぼろ昆布”を巻いたもので我慢するという方法をとることにした。
街中で食事をしなければいけないときは、肉のないものを選択する、ということで日本食で魚料理が多くなった。(魚は避けることにはしていなかったのだ)
全部書くとなかり細かいことになるので、このくらいにしておき、またいずれ違った面でのことをこうかと思う。
上記したことは、ほぼ1年間実行した。2年目からは少しずつ緩和している。
2018年01月06日
末期・前立腺癌 食事対策
前回は、メタボ健診でPSAマーカーの異常値の発見から末期ガン宣告そして治療方針決定までを書いた。今回は治療方針決定の直後の様子を書くことにします。
治療方針は、ガン病巣が大きすぎて他の臓器(なんだか聞いたような気もするけど、全く記憶がない。多分頭真っ白だったんだろう)に癒着、浸潤が著しく、手術不可能、放射線治療不可能で残された治療法は”ホルモン療法”のみと言われた。
この結果を聞いて家に帰った。私は”なんで自分がガンにならんとあかん”とボケーとしていたようだが、ホルモン療法のことをネットで調べまくった。
一つは、毎日ホルモン剤を服用する、もう一つは定期的(初期は30日おき、安定すると90日おき)に腹にホルモン注射をする。そしてこれらのホルモン剤は、男性ホルモンのカットと女性ホルモンの摂取で、前立腺癌の餌になる男性ホルモンをカットするいわゆるガンへの兵糧攻めということらしいとわかった。そして、そこにはホルモン剤による副作用が書かれていた。
副作用の最初に書かれていたのが性欲がなくなること。しかし、年齢が68だったかな?そんな色気も失せつつあったのでなんとも思わない方だった。一番深刻に受け止めたのは、女性ホルモンを摂取することで、肥満になる傾向があること。
当時の体重は、メタボ健診で指摘されたのだが78キロあったのだ。これ以上に肥満になると副作用の一つに書かれていた骨密度が低下することで、骨折やらひいては歩行困難になる可能性も考えられたので、肥満になる前に減量をしておこうと一念発起。ダイエットのための食事対策を考えることにした。
この食事対策は、実は主治医は反対意見だったので念のために書いておこう。食事対策は、結構ストレスを溜め込む。ガン治療で問題になるものの一つに”ストレス”がある。「ストレスを溜め込むからやめたほうがいい」と言われたのだ。しかし、体重のことを考えると、その指摘を無視することで臨んだ。この点、もし実行しようと思う読者がいたら覚悟の上で臨んでください。
私がネット検索するのよりも先に、家内がネットで前立腺癌ついて調べていた。そして、ゲルソン療法やら、済陽なんとかいう医師の話を見つけていた。そこには、ガンの餌になるという”ナトリウム”のカット、四つ足動物の肉、乳製品のカットなどなど、そしてガンリスクを減らすにはリコピンがいいとも。
これらのことも考慮して、ニンジンジュースを多量に取ることにし、食べる主食は玄米、そして肉は四つ足動物も鳥も一切カットした菜食にすることに決めたのだ。
これらの食事療法については、1年間実行したのだが、医師が指摘したようにとにかく食事への欲求不満のストレスがとにかく大きかった。時折爆発するくらいのストレスが溜まったのだ。なので他の方は覚悟の上で実行して欲しい。
1年間実行したが、体重は4〜5ヶ月くらいしてなんと13キロの減量をすることができた。今はそれからリバンドして来ているが、減量をしていなかったら、今頃90キロを超える体重になって、動けなくなっていたかもしれない。
ざっとしたことを書いたが、次回はゲルソン療法やら済陽ナントカの医師の本に対しての意見を書こうかとも思っている。
治療方針は、ガン病巣が大きすぎて他の臓器(なんだか聞いたような気もするけど、全く記憶がない。多分頭真っ白だったんだろう)に癒着、浸潤が著しく、手術不可能、放射線治療不可能で残された治療法は”ホルモン療法”のみと言われた。
この結果を聞いて家に帰った。私は”なんで自分がガンにならんとあかん”とボケーとしていたようだが、ホルモン療法のことをネットで調べまくった。
一つは、毎日ホルモン剤を服用する、もう一つは定期的(初期は30日おき、安定すると90日おき)に腹にホルモン注射をする。そしてこれらのホルモン剤は、男性ホルモンのカットと女性ホルモンの摂取で、前立腺癌の餌になる男性ホルモンをカットするいわゆるガンへの兵糧攻めということらしいとわかった。そして、そこにはホルモン剤による副作用が書かれていた。
副作用の最初に書かれていたのが性欲がなくなること。しかし、年齢が68だったかな?そんな色気も失せつつあったのでなんとも思わない方だった。一番深刻に受け止めたのは、女性ホルモンを摂取することで、肥満になる傾向があること。
当時の体重は、メタボ健診で指摘されたのだが78キロあったのだ。これ以上に肥満になると副作用の一つに書かれていた骨密度が低下することで、骨折やらひいては歩行困難になる可能性も考えられたので、肥満になる前に減量をしておこうと一念発起。ダイエットのための食事対策を考えることにした。
この食事対策は、実は主治医は反対意見だったので念のために書いておこう。食事対策は、結構ストレスを溜め込む。ガン治療で問題になるものの一つに”ストレス”がある。「ストレスを溜め込むからやめたほうがいい」と言われたのだ。しかし、体重のことを考えると、その指摘を無視することで臨んだ。この点、もし実行しようと思う読者がいたら覚悟の上で臨んでください。
私がネット検索するのよりも先に、家内がネットで前立腺癌ついて調べていた。そして、ゲルソン療法やら、済陽なんとかいう医師の話を見つけていた。そこには、ガンの餌になるという”ナトリウム”のカット、四つ足動物の肉、乳製品のカットなどなど、そしてガンリスクを減らすにはリコピンがいいとも。
これらのことも考慮して、ニンジンジュースを多量に取ることにし、食べる主食は玄米、そして肉は四つ足動物も鳥も一切カットした菜食にすることに決めたのだ。
これらの食事療法については、1年間実行したのだが、医師が指摘したようにとにかく食事への欲求不満のストレスがとにかく大きかった。時折爆発するくらいのストレスが溜まったのだ。なので他の方は覚悟の上で実行して欲しい。
1年間実行したが、体重は4〜5ヶ月くらいしてなんと13キロの減量をすることができた。今はそれからリバンドして来ているが、減量をしていなかったら、今頃90キロを超える体重になって、動けなくなっていたかもしれない。
ざっとしたことを書いたが、次回はゲルソン療法やら済陽ナントカの医師の本に対しての意見を書こうかとも思っている。
2018年01月06日
風邪? 花粉症?
今朝は起き抜けから頭が重い
この正月最後の雑煮にを食べていた
鼻水が止まらない
目がしょぼつく
花粉症の症状???
熱はない(と思う)
どう考えても
花粉症の症状なのだ
この寒いのに
それに今年は花粉は少ないと思うのに
これを書いている今も
まぶたの上と下が仲良くくっつく
熱を測っていたのだけど
35度3分 私の平熱だよ(低いなぁ)
体が重い
風邪に似ているけど
熱がないからやっぱり花粉症だろうなぁ
もともとアレルギー体質
食べ物のアレルギーはないけど
花粉と女性にはそれなりのアレルギー反応
ここ数年
花粉症の症状は軽くなった
歳をとってボケて来たのかと思っているのだけど
今年はどうも違うのか?
今までもこの時期に始まったこともある
一番早いのは12月からだった
今年もこんなに早くかなぁ?
これで5月の連休明けまで・・・
軽く済んで欲しい