2006年12月19日

このBLOGのアドレス表記

 このBLOGに登録以来、お蔭様で3000件を超えるアクセスをいただきました。つたない戯言にお付き合いいただいていることに、心から御礼を申し上げます。

 さて、このBLOGにどういったところからたどってこられるのかを、時折チェックしています。これは、マイページ >> アクセル元 で表示されるアドレスから逆にたどっていくのですが、なんとPCでは表示できないアドレスがあるのです。それは、携帯から見にこられた方のアクセス元はPCからはたどっていけないのです。
 それならそれらしいメッセージでも出ればいいのですが、そんなものは無視されて何も表示されないので、一見怪しいアドレスに見えるわけです。これには困っています。
 プロバイダーに改善を要望しておきましtが、当面は何もできないようなので、同じ憂き目に会わないようにと、ここに書き込ませてもらいました。

 みなさんも、いろいろプロバイダーに要望を送りましょう。
 何しろ、このBLOGが目下やっていることは、試験運用で正式運用のための問題点の洗い出しですから。

 私から既にあげてあるものは、
  BLOGトップのへ背景画像などを含めHTMLの書き換えのマニュアル作りです。これは、かなり早い時期に要望をあげていますが、制作中とのことで・・・・・  

Posted by 生田 at 13:52Comments(0)TrackBack(0)その他

2006年12月18日

地震

 12月17日23時45分頃愛知県で地震があった。
 最近、この近くで細かい地震があるようになった。一時全くと言っていいほど揺れていなかったから、やっとというか、ついにというか、揺れ始めたのだなぁって思う。
 阪神大震災がそうだった。昔関西に住んでいた頃、もう30数年前だが、その頃の関西は全く揺れなかった。その前には東京に住んでいたので、しょっちゅう地震があることで、東京は揺れるものという思いがあったが、関西は揺れないのだと思っていた。
 東海地方の大きな地震といえば、もうかなり以前の話になるんでえはないか。濃尾地震、東南海?いずれも太平洋戦争前か、最中か、直後のことで、もう60年も大きな地震がない。
 遠くで、大きな揺れがあるたびに、東海地方が揺れないことに、逆に恐ろしさを感じている。

 いつか、きっと、ど~~ん と大きな揺れが来るんだろうなぁ・・・・・ と思いつつ。  

Posted by 生田 at 00:03Comments(0)TrackBack(0)社会性

2006年12月17日

植木にありの巣が

 我が家の植木の幹にアリが巣を作っていた。かなり以前からアカメの色が悪いなぁといっていたのだが、その原因は幹に中に巣を作り、食い荒らし、茎の中は空洞になりつつあるからだった。赤目柘植2本がやられた。しかる所で相談したら、まあ薬を撒くより手はないだろうと。ということで、薬を買ってきて、とりあえずスプレーをしたが。。

 我が家は、いろいろ自然が・・・ 夏から初秋にかけては、ヤモリ君が窓の網戸に張り付いて、明りに向かって飛んでくる虫を食べていた。ヤモリ君は、親子だったのか、大きいのと小さいの2匹いた。寒くなって一時網戸の隙間から部屋の中に。しかりつけたら、外に出て行ったが、寒くなったのでどこにいるのか。多分、縁の下で冬眠しているんではないかと思われる。
 庭には、カエル君もいて、今は落ち葉の下で冬眠している。春になると、のそのそ動き始める。

 ヤモリ君や、カエル君は、被害があるわけではないが、アリは困ったものだ。家を食べるし、植木も食べる。見つけ次第、退治しないと・・  あまり殺生はしたくないのだが。

 あぁ。そうそう。先日玄関にゴキブリがいた。寒くなったからか、動きが完全に鈍かった。夏場は敏捷なのに。それにしてもゴキブリが家に出たのは久しぶり。どこから来たのやら。もう来なくていいよ。  

Posted by 生田 at 22:07Comments(0)TrackBack(0)その他

2006年12月17日

マイ旅 23 松蔭神社・萩市

 米子まで高速で行き、境港で妖怪を見て、その夜は松江で宿泊。翌日雨の中をとことこ走って
出雲大社に参詣し、出雲蕎麦を食べ損ねて、またとことこ走って車の中から予約した萩のホテルに宿泊。(たまたま、港にあり、海に沈む夕日も見られるリゾートでした。当日はだめだったけど)
 翌日朝一番に行ったのが、明治維新発祥の地、松蔭神社。穢土から明治にかけての人を神様として祭っている。まあ、ここだけではなく、あちこちで、いろんな人が神様になっているんだなぁ・・・と。
 ここは、神社ということと、吉田松陰が塾(松下村塾)を開いていた松蔭の旧宅などがあります。
 
 ここを見ると、家の入り口などの鴨居の高さが低いんですよ。昔の人は、皆さん背が低かったんだろうなぁと、想像したりします。それに、私のように体重の思う人間が歩くと、家は地震のごとく揺れそうな奇もします。

 萩の町は、車まで移動するか、自転車で移動するかしないと面倒ですねぇ。。
 歩いてもたいしたことはないとはいえますが、歩いてご覧になるのでしたら、じっくりと腰をすえてご覧になられんことを。

 地図はこちら  

Posted by 生田 at 21:34Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2006年12月17日

公共の予算金額は・・ (その1)

 今年は、談合、しかも官製談合の話が多かった。これは、たまたま自治体の首長が逮捕されることが続いたからに過ぎないように思う。元は、もっと根の深いところに原因があるのではとさえ思っている。
 この先書くことは、工事価格を例に挙げているが、ナニモ価格は工事に限らない。物品納入。委託業務も同じことなのを頭において。
 談合でいつも報道される数字に、落札率といううのがある。予定価格と落札=実際に請ける工事価格との割合を言うのだが、報道もこの工事予定価格の決まる過程を書いたり話したりすることはなかったのではないか。少なくとも私はそれらを読んだり聞いた入りした経験はない。

 公共の工事の価格、値段はどうやって決まるのだろうか?
 工事が完成するまでには、いろんなことをしなければならない。

1:企画を作る。 道路ならどこを通すか、どんな道路にする火など
   これには、国土計画、都市計画が絡む、そこへ、住民やら企業やら政治化が複雑に絡む

2:企画に基づいて、調査をする
   この調査に対して、予算が必要となる。このために、予算算定を行うが、ここにも、いろいろ問題がありそう。というのは、ここの入札があるわけだから。
    ここの予算を決めるのはどうやってするのか疑問がある。
   工事の場合は、ボーリング調査、測量調査度、これらの人件費など単価は誰が決める?

3:調査に基づいて、基本設計をする
   これが、予算を決める基になる。ここでの設計をどこがするのか大きいものは入札となるが、この段階の設計は、建設コンサルタントといわれるところが実際の設計を行う。これの入札にかかわる金額の単価は誰が決める?
   ***
   建設コンサルタントは、完全独立系もあるが
   多くが、メーカー、工事会社などの出資子会社である。
   ***   

   この基本設計に基づいて、予算算定のための数量を計算する。つまり、道路なら、山を削ったり、土を盛ったりするする数量。橋や建築物なら、コンクリートや鉄骨、鉄筋がどれだけいるか、こうした数量を計算する。
   この算出された数量に、『単価表』というものに記載されている金額をかけ、算出された金額を合計し、それに諸経費などを加えて予算金額(案)が決まる。
   

 問題になるのは、この数量と単価表なのである。数量は、設計図さえあれば、おそらくそんなに差はなく算出できるし、設計がなくても算出された数量表があればいい。それに基づいて、単価をかければ工事金額の大筋は計算できる。
 工事設計図、仕様は、入札の際には計算に必要なので、公開される。これkらから算出した数量に、それぞれの請け負う業者の単価を入れることになるのだが、ここに役所の単価票を入れたらどうなるかは、一目瞭然でしょう。
 さて、この単価表とは何か。どこにあるのか。誰が持っているのか。
 数年前に、東海地方の某県の工事単価表が、行方不明になったことがある。この単価表さえ手に入れれば、工事予算は、設計図の入手で簡単に計算できることになるから、どこかの誰かが盗んだのだろう。もしくは、やってはいけないことだが、秘密裏に貸し出したのか・・・
 
 と、このように大筋の流れで工事の予算金額が決まっていくのだが。

**この続きは、いずれ第2弾で**  

Posted by 生田 at 10:38Comments(0)TrackBack(0)社会性

2006年12月16日

マイ旅 22 Merry Xmas・京都駅

 JR京都駅の上のほうには、大きなクリスマスツリーがあります。



 皆さん夜写真を取られるんですが、こうして、昼間見ると趣が違います。

地図はこちら  

Posted by 生田 at 20:12Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2006年12月16日

マイ旅 21 鏡文字(琴平神社)・上越市

 もう同じ場所を既に2回紹介していますが、この場所には3つの史跡があるという。しかも、それぞれのゆかりはメジャーでありながら、史跡自体は非常にマイナーです。

 この神社の名前を示す碑の文字をじっくりと眺めると、『琴』の文字が裏返しになっています。こうした文字を『鏡文字』というのだそうです。記憶では、海の安全を祈願するためと書いてあったように思います。そんなにはこうした鏡文字の碑はないと思います。

 マイ旅9(安寿と厨子王) マイ旅17(芭蕉の句碑)もこの敷地内ということのようです。

 この神社は、1812(文化9年)に、四国の金比羅大社からの分祀ということです。

 鏡文字は、近くにお聞きになられたら、是非ご覧になられんことを。
地図はこちら  

Posted by 生田 at 18:49Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2006年12月15日

マイ旅 20 上杉謙信・上越市

 マイナーな旅 ももう20枚になりました。ただマイナーな所だけではなく、時にはメジャーな所もと方針を変えてはいますが、やはり基本はマイナーなところをできるだけたくさん紹介できればと思っています。

 写真の銅像は、戦国時代に長野の川中島で武田信玄と戦った『上杉謙信』の銅像です。場所は、謙信の居城のあった春日山、現在は公園になっています。この春日山の途中に、石垣の高いところに堂々とした姿でたっています。(像が小さいので、拡大しいたものを別に用意しました。)

 謙信は、上越では英傑であり、上越市には「謙信大通」という名の広い道もあります。また、県内の信用金庫の名前が、『謙信』をもじったのか『けんしん』というそんな看板をよく見かけます。
 この銅像のある春日山には、現在は城はありません。門な
どの遺構が少し下った林泉寺という寺に移されて、この寺には謙信ゆかりの宝物を収めた宝物殿もあります。
 この山に城があったのは、本来は周りの見晴らしが非常によかったということなのですが、今は山自体が背の高い樹木にさえぎられ見晴らしはよくありません。高いところに上れば佐渡島が見えるかと期待していったのですが、見事裏切られました。(市役所の職員の方が、「これでも切ったんだよ」と。以前はもっとうっそうとしていたようです。)

 **江戸の時代に、松平の殿様は、高田に城を構えました**
地図はこちら  

Posted by 生田 at 12:23Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2006年12月15日

マイ旅 19 錦帯橋・岩国市



 子供の頃からいくつかの太鼓橋を渡ってきたような。
 名古屋の熱田神宮の南門から入って確か左だったか、確か、今は渡ることができない、石の太鼓橋があったような記憶が。まだ本当に小さい頃、その橋を登ることができずに泣いたような記憶もある。もう60年も昔の話かと。

 津和野から、雨の中を、そして山の中の国道を走りに走ってやっとたどり着いた。写真のときは幸い雨が上がっていたので、川には波紋もなくきれいなめがねを取ることができた。
 向こう岸に歩いて、向こう岸だったか、こちらの岸だったかでお金を払って。向こうに渡っても特にこれといってみるべきものはあったかどうか。記憶にあるのは、佐々木小次郎の銅像。なぜこんな所にと思ったものです。

地図はこちら
 この橋、維持費に相当お金がかかるようです。木造の橋は大変ですね。  

Posted by 生田 at 00:23Comments(2)TrackBack(0)旅行など

2006年12月14日

マイ旅 18 乙女峠マリア堂・津和野

こ 私の旅は、多くは本当にマイナーなところへ行きますが、この写真は 島根県の津和野にある『マリア堂』で、非常にメジャーなところです。
 写真では、大きな教会のように見えますが、実際には非常に小さい祈りの場です。このマリア堂へ行くには、津和野駅の裏手あたりになるのですが、車で行くとちょっと面倒です。津和野駅の近くの踏切を越え、細い道を入っていき、数台しか止められない駐車場(?)に車を入れ、そこから細い道を歩いて上ります。行き着くまでには、ちょっと時間があるように思うので、結構長く上ったように思えます。(地図では直線で300米ないのではないかと)。私が行ったときは、ちょうど真ん中あたりに昔お店だったのでhな哀歌という廃屋がありました。そういった感じのところなので、『本当にここかな?』と疑いたくなるかもしれません。
 マリア堂自体は、本当にかわいい、小さいものです。今までいろいろキリスト教の祈りの場を、教会を含めてみてきましたが、これほど小さいものは他には経験がありません。結構な山の中という印象と、津和野というもともと人口の少ないところで、人の集まるという前提に作られたものではないと思います。修道煮の修道の場、ということではないでしょうか。

 **
 津和野は、旅行のパックでは、萩とセットになることが多く、
 そのせいか、萩から近いと思われ、山口県にあると誤解されるようです。
 しかし、萩からはちょっとした距離がある島根県の山の中です。
 **
地図はこちら  

Posted by 生田 at 10:38Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2006年12月13日

マイ旅 17 お地蔵さん・六角堂・京都市

 京都は、年に何度となくいっています。今年は4回。そのたびにいろいろ見に行くのですが、これもまた結構マイナーなところが多いのです。しかし、時には京都の真っ只中、通称『へそ石』といわれるものがあるところにおきます。
 ここは、池坊のお花をなさる方には知らないとは言わせないところで、池坊の発祥の地、池坊の名前の由来ともなっている寺です。
 京都の駅前から烏丸通をまっすぐ北に行き、烏丸六角の交差点の右側には、池坊関連のビルがあり、その中に埋もれるように「頂法寺」があリます。この寺にいつからか「へそ石」が置かれ、京都の中心位置とされています。そして、写真のかわいいお地蔵さんもあります。
 (平安京のときのど真ん中と、今の京都のど真ん中は違います。平安京の東西の中央は、現在の千本通りですが、今は東に偏った町になっているので、烏丸通が中央といわれています。)

 この寺は、通称六角堂といい、上から見ると本堂(?)は六角形をしています。隣のビルのエレベータの中からその形を確認することができます。
 この寺は、周りが池坊ということで、お花の世界にはメジャーであるとともに、親鸞が夢で観音からお告げを受けたといわれていることで、親鸞研究でもメジャーなところです。

 夕方は結構早く閉門されます。お早い時間にどうぞ。(夢を見ることはできない・・・)

 アクセスは、京都駅から地下鉄烏丸線で烏丸御池で下車、3本南に下がります。)

 地図はこちら
   

Posted by 生田 at 23:32Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2006年12月13日

我が家の紅葉


 先週末から庭のもみじが紅くなった。それまでは完全に緑色だった。先週の初めは緑半分、紅半分という。写真とっておけばよかったと、今になって悔やんでいる。
 我が家の柿、桜はもう葉なんてないのね・・・

 あちこちの紅葉が、今年は12月になって見ごろいうところも多いとか。

 実は、この季節の狂いが怖い。  

Posted by 生田 at 11:38Comments(0)TrackBack(0)その他
  
2015大津・京都の旅
1泊2日のドライブ旅行
2015北海道・道東の旅
1週間870kmのドライブ旅行
大学OB会と
50年ぶりの鎌倉
OB会の後に鎌倉と横浜に行ってきました
15年年頭 広島宿泊の旅
鞆の浦、竹原、宮島に行きました
14年秋 京都宿泊の旅
久しぶりに新幹線に乗りましたが・・・
13年秋 京都ドライブ旅
京都の紅葉の名所・毘沙門堂に行きました
12年秋 室生寺ドライブ旅
すてきな観音様と再会です
室生寺五重塔
12年秋 京都ドライブ旅
1年ぶりの京都です
三千院
10年秋 平泉ドライブ旅
4泊5日 2000キロの一人旅です
平泉・わんこそば
   
10年夏 室生寺 日帰り旅
素晴らしい観音さんに出会いました
室生寺・五重塔
10年初夏 宇治・長岡 日帰り旅
09年11月26日久しぶりに黄檗山満福寺・六地蔵・法界寺谷寺・長岡天神
布袋さん
09年秋京都 日帰り旅
09年11月26日久しぶりに 紅葉がきれいな京都
南禅寺の紅葉
08年秋京都 日帰り旅
08年11月25日貧乏・一人・日帰り旅の記録です。
鳳凰堂を望む
観光シーズン 京都の歩き方
京都市・地下鉄 東西線沿線
09年浅草と川越
浅草観音
07年信州の旅
上田城内
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プロフィール
生田
生田
 トップの写真は、我が家の庭で、鳥達につつかれ実もなくなり枯れ果てた柿の枝です。人生も同じで、仕事仕事で突き回されてここまで来て、落ち着いたら、だんだん枯れていくんだという思いです。  
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