2007年09月26日

伊勢湾台風から

海外からのラジオ放送 さんのBLOGを読んで
 さうかぁ。今日はそんな日だったんだと教えられました。

確か 土曜日ではなかったかと(海外からのラジオ放送の記事に書いてあったからではなく記憶で。)
 いつも大災害のある記憶が休みを挟むことが多いせいもある。

 あの時は、台風が通過する頃に停電になり
 何の情報も無くなった。確か夜中ごろに通過したと思う。

 翌朝 外に出てみて、周りの見晴らしがいい。
 理由は、近所の大きな建物(倉庫)がぺしゃんこになっていたから。

 そのときは、被害のことも知らず、(我が家はほとんど被害がなかった。)
 近くの低いところが水に使っていた。でも南のほうがあのような被害にあっているとはしらずにいた。

 しかし、訪れる人が南の状況を知らせていく。しかし、何万もの人が死んだとは誰も思ってなかった。

 月曜日、学校に行く。(高校1年でした) 前期の期末試験の初日。
 しかし、友人たちが出てきていない。試験は延期になった。
  生徒会の先輩たちと救援に向かおうと
  県庁だったか、市役所だったかに押しかける。
   しかし、体制整っていななかったようだけど
   自衛隊が名城公園に救援物資(毛布)を運んでくるからそれを手伝うことに。
    (毎日新聞だたかにそのときの写真載ったような記憶)
  しかし、そのときも何万もの人が亡くなったとは知らずに。

 数ヶ月してから、小学校のときの恩師宅にお見舞いに行った。
  場所は、長島。 かなり酷い被害を受けたところだったようです。
  近鉄、関西線ともにまだ不通で、1号線を三重交通だったかのバスで行った。
 1号線の両脇は、まだ田んぼばかりだったけど、
  その田んぼには水がいっぱいだった。

 恩師の話も覚えている。
  ご近所でかなりの方がなくなられたそうです。
  火葬の手配が出来る状態ではないので、
   皆さん穴を掘って 死体を焼かれたということを聞いた。

 私の先輩で、行方不明のままの方がおいでになる。
  もう48年も前の話なのですね。来年は50回忌かぁ・・・  

Posted by 生田 at 17:06Comments(6)TrackBack(0)社会性

2007年09月26日

妙高高原 1 06旅の記録 3日目 1

 第3日 北国街道・19号を走る  その1
    上越から妙高高原 1

6月2日、旅行3日目。今回は、雨にはあっていない。上越に来るたびに、旅程のどこかで雨になった。今回は雨はなかったが、これは梅雨の晴れ間ではなく、まだ梅雨になっていないから。
 しかし、昼間は好天でも、夕方は雲が多い。おかげで夕日が海に沈んでいかないのだ。

 今日は、松本までの旅。150キロくらいか。高速を使えば1時間半。しかし、これを7時間かけていこうというわけだ。急ぐたびではない。また、急げないのだ。国道でもない北国街道をたどる。そして、その途中ではお勧めの蕎麦を食べなくては。

 蕎麦屋は、信濃町。野尻湖よりも南、小林一茶旧宅のある町だ。そこまでは1時間と少しでいってしまう距離。これを昼にあわせるように行くのがこれまた大変なのだ。途中で見るものはあるにしても。

 昨年は朝早かった。雨も降っていた。その中の知らない初めての道、飯山街道の峠越えだった。今年は、18号線に沿っているので昨年のように心細さはないのが精神的には楽な気持ちだ。
 朝8時半、ホテルをチェックアウト。

 ホテルは上越大通りに面している。上越大通りはもう何度行ったりきたりしたことだろう。昨年まではJR高田駅前で宿泊したから、直江津海岸・居多ヶ浜との間を往復するのに何度も走っている。それに、昨日も今で言う『えしんの里』や山寺薬師などへの往復で走ってもいる。そして、名古屋の岐路には必ずこの通りから出発している。
8時半という時間は、大都会であるならば通勤時間帯で、道路は大渋滞する時間でもある。上越はまだそういった大渋滞というところをみたことはない。とはいえ、高田公園、高田駅の入り口あたりの交差点はやはり車は多い。

この通りを南に道なりに走っていけば、自動的に信濃町に行き着く。距離もたいしたことはない。おそらくまともに走れば1時間少々で行き着けるのではないかと今では思えるのだが、何しろ、現在の18号線を走るのではなく、旧十八号線もしくは、北国街道(別名加賀街道)と思われるところを走ってみようと思っているのだから、何に出会い、何を見、それらがどれだけ時間がかかるか予想はつかない。とにかく、思いつくままに走っていくということだ。

上越大通りが4車線が2車線になったあたりで、前日もそうだったが、もう工事を始めたのか、予想外の渋滞だ。とはいえ、そんなに時間がかかったわけでもない。この渋滞を抜けると、急激に車の量は減る。
数年前までは、旧中野市・現妙高市の市中に入るまでは途中のんびりとしていた。しかし、高速道路が完成したころからか工場が増えてきた。これは私の印象でしかないのだが、現18号線の南のショッピングセンターの周りも商業施設やら宿泊施設が増えたように思う。

そんなことを頭に思い浮かべながら妙高市の町並みの中に入った。ん?なんとなくトイレに行きたい。理由がわからない。ひょっとしたらこの先に走る道順の中に、トイレ休憩する場所のないことが頭をよぎったのかもしれない、一番最初に出会ったスーパーの駐車場に車を入れた。まだ開店の準備中のようだ。が、トイレは借りられるようなのでお借りした。

これで一安心。元の道に車を戻し、南下する。南下するとはいうものの、下るのではなく、道は登り勾配に入り、だんだん勾配がきつくなる。毎度通るたび、といっても3回目だが、このあたりの住宅の作り方には感心する。さすが雪国の作り、住宅の入り口波紋名2階なのだから。(ただ、みんなとはいえなくなっているのかもしれない。)
住宅は確かに高いところに入り口があるが、商店、工場、作業所はやはり1回に入り口、作業がないと仕事にならないのだろう。

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Posted by 生田 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2007年09月25日

月見団子


今日は父親の所に出かけた

途中で食事のねたなど買い込むついでに
団子を買った。

父親おいしそうに食べた。

私たちも食べようと、
帰りに買いに行ったが、売り切れていた。

残念
  

Posted by 生田 at 19:52Comments(0)TrackBack(0)その他

2007年09月25日

中秋の名月

今日は、中秋の名月



いい天気に恵まれ きれいな月です

しかし、とった時間が悪かった
もっと早く、
大きなときに撮るべきだった
残念
  

Posted by 生田 at 19:45Comments(2)TrackBack(0)その他

2007年09月25日

上越の夜・土産を買う 06旅の記録 第2日 15

 第2日 上越市内を走り回る  その14
    上越の最後の夜 土産を買う

 海の様子を見に行かねばならないので、琴平神社の子供たちの様子に見切りを付けて、車を居多ヶ浜に移動。まだ日は高い。しかし、かすんでいる・・・・

 じっくりと眺めていようかと思ったが、自然に呼ばれてしまった。近くには、用を足すところはない。記念堂になかったかといってみたのだが、残念ながら外にはない。さて困った困った。こういうときはスーパーに行くことだ。いここから一番近いスーパーは私の嫌いなIY。しかし、それ以外は遠すぎる。ということでIYに。

 広くない駐車場。とはいえ、満杯ではない。名古屋ナンバーなんて停まるの初めてではないかな?

 用を足すと同時に、明日松本で会うKさんや、M君へのお土産を買おうかと思い立って、店の中でこの地の特産物を見て回る。そんなにたくさん店があるわけではないが、みやげ物にするものは結構あるようだ。しかし、ここは直江津。高田とは土産が異なる感じがする。文化の違いがやはりあるようだ。
いろいろ見たが、なぜか買うという決断ができない。理由がわからない。IYということだけではない何かが邪魔をしている。よくよく縁がないのかも。

 IYの駐車場をでて、居多ヶ浜に戻った。

 太陽が海に近づいていく、しかし、海の上には雲がある。今は太陽の反射は見られるものの、海に沈んでいくことは望み薄だ。できるだけ写真を撮った。



 太陽は、とうとう雲の中に消えた。まだ日没には10分ほどあるにもかかわらず。もう、これ以上ここにいる意味はない。みやげ物を探しに、直江津の駅前に向かった。

 直江津の駅前は、区画整理されていないので、本当に走りづらい。
 ここの商店街。7時という時間でもう真っ暗も同然。それにみやげ物など売っているという雰囲気が感じられない。ぐるぐる回ったが、あきらめた。
 さて、どうしようかと迷った。IYに戻ろうかと一度はそちらに向かったが、どうももう一度入る気になれず、なれたJASCOに向かった。ここはみやげ物が少ない、IYのほうが多かった。困ったと思ったが、いまさら戻れないので、何とかここで買うことに。
 栗饅頭やら、継続団子、両方とも直江津の名物とか。ここで、松本への土産を全部そろえた。我が家への土産は・・・ 同じものも買ったが、ほかにないかと。「かんずり」はもともと買うつもりだったので、食品売り場に。年に1本使うとして、来年は来ない可能性が大きいから2本買った。食品売り場を抜けて、みやげ物を買った反対のほうを見ると、この地のものを売っている。飴と書かれている。硬い飴ではなく、柔らない飴とのこと。これを買って、お土産は全部終了。

 さて、時間はもう8時だ。晩飯を食べなくては。とりあえず寝酒を買って、晩飯探しに。ラーメンの地と前日聞いたので、ラーメン屋を探して高田を向いたり、山麓線を走ったり、結局見つけられずに・・・
 ホテルの前を北上。8号線で左折。ガストがあったので、入ってしまった。若い子ばかりで、おじさん一人は何故か場違いにみえる。係りの若い女性に聞いたら、時折叔父さん一人もあるとか。

 腹も膨れた。ホテルに帰って。今日はこれで終わり。
 明日は、北国街道で長野に、そして19号線で昨年同様に松本に行く。明日は急ぐ旅ではない。

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Posted by 生田 at 00:20Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2007年09月24日

花の名わからず



この花の名前
ネットで調べたんですが
見つかりません

ご存知の方のご協力を

大きさはいちばんひろいところ
(花弁の先から先)で
5mm ほどです。
  

Posted by 生田 at 17:36Comments(0)TrackBack(0)庭の花など

2007年09月24日

この間は、ごちそうさまでした。。

タイトルの通りのメールが届く
 差出人 小森 江里子

 毎日、一日に数通
  そんなご馳走した記憶はないし、
 そんなな名の人も知らないし。
  困ったやつらだ。

メール本文は、

>そんなに、私の裸が見たいの??
>四十超えたオバサンじゃ~~辛くない??
>良いのかな~?!
>・・tp://www.ppeme.XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX
>恥>ずかしいので誰にも見せないでね!!


と、
 まあ、暇なやつがいるんだなぁ・・・
  これじゃぁ、見る気も・・・・・・・

 迷惑メールでも
  時折 笑わせてくれるのがあるんだよね。
  そういうのは楽しみにしてんだけど  続きを読む

Posted by 生田 at 13:45Comments(0)TrackBack(0)社会性

2007年09月24日

今日の料理・越前そば

 スーパーで売っていた越前そばが今日の昼食。

 生そばで、説明書には3分ゆでると書いてある。3食分(おまけで1食分多かったから)を熱湯の中に放り込んで(ちゃんとぱらぱらと)。3分ゆでてみた。硬いのだ、時折硬さを見ながらゆで続けた。
 1分は長くゆでたかな? このくらいと思う硬さになったので、湯を切って(これ蕎麦湯なんでほかの鍋に少し残す)、よくよく水で洗って、そして、ほかの鍋に用意していた氷水の中につけた。

 これだけやって 水を切って ざるに盛って、ついてきた麺汁にわさびを入れて、食した。3人分を2人で。
 まあ、氷水につけた分、口当たりはよかったぞ。

 ただ、のりをかけたら 味が変わってしまった。

 本当は、大根おろしで食したかったのだが、あい方が「わさび」というのでわさびに。今度は大根おろしにしよう。

**お蕎麦屋さんに、最近行ってないなぁ。。 最後に行ったのは、もう2ヶ月も前かぁ**  

Posted by 生田 at 13:15Comments(0)TrackBack(0)不器用男の料理

2007年09月24日

セージの花



我が家の庭の隅で咲いています。

セージはいろいろ種類があるようですが、
そのどれになるのか、
ネット検索してみたけれどわからない・・・
  

Posted by 生田 at 11:57Comments(2)TrackBack(0)庭の花など

2007年09月24日

懐かしの坊守さんに・・ 06旅の記録 第2日 14

 第2日 上越市内を走り回る  その14
    林正寺で先代・坊守さんの遺影にhttp://
 団体さんは、外に出てバスに乗る前に、記念写真を撮っている。おば様方は姦しく、いや騒々しく集まって撮っている。ひとつのグループが私に撮ってくれという。断る理由もないから、撮ってさし上げることにした。念仏発祥の地 の碑をバックに、数人のおばさまがたを彼女らのカメラに収めた。

 団体さんは、バスに乗り、お帰りになる。なんか手をお振りになっているので、それに応えたのだが・・・・ 今夜は、赤倉ホテルだとか。

 住職と話をしようとしたが、住職はタクシーを呼んでいる。何でも寺に来客があるので、お帰りにならないといけないとか。
 何とか、お母さんの話をしたいというと、今年四月にお亡くなりになられたと。そして、、彼女がどんなことを外で話していたか聞きたいから寺まで来ないかとおっしゃる。私は私でお線香をあげたいのでおくことにした。私は、タクシーのあとをついて寺まで行くことになった。

 寺は大きなものなのかと思ったものだが、意外と小さく、古い住宅地の中にある。住職の話では、明治だか、昭和だの宗教の改革期に、本堂のない寺は罷りならないことになって、あわてて作ったということだ。

 本堂は、今ではどこにでもある真宗のお寺のものだ。古いものではない。阿弥陀さんの立像に手を合わせてきた。

 来客は、私と入れ替わりにお帰りになるようだ。住職は、私を奥の庫裏に案内された。まだそんなに古くはない仏間だ。仏壇の前に小さい写真が。あのお婆チャマの。もっと大きなものにしてあげればいいものをと腹の中で思ったものの、人のことは言えな。我が家では母の写真は飾っていないから。

 つい先日49日を済まされたばかりのようだ。これなら昨年、無理してでもあっておけばよかったものをと悔やむ。

 住職といろいろ話をした。彼は、母親が記念堂でどんなことをしていたのか知りたがっていた。家の中では、母親としての顔だったが、外ではどんなことをしていたのか、まったく知らないということなのだ。
 私は、あの1時間くらいの短い話を語った。そして、私の持っていた彼女の印象を伝えた。住職に喜んでもらえたと思う。
 
 私は、なぜ上越に来ているのか、親鸞が関東に行く際に越えた峠の話や、『女犯偈』についての私の思いなどの話をした。住職から得たものは、峠越えは18号線沿いつまり北国街道が一番楽ではないかと、飯山街道はきついとおっしゃる。『女犯偈』については私の思いと同感だともはなされた。

 1時間以上話をしていただろうか。夕日を見るべき時間まではまだあるにしても、まだこの当たりで見ておかねばならないところも多い。お暇することに。

 奥さんが始めのころお茶を入れてくださったのだが。どこかであったのか。そんなことはないということだった。

 車を出す際、住職は道路へ出て、ほかの車を見ていて下さった。この道、ひょっとしたら昔の街道だったかもしれない。

 車を祈念堂に戻すのではなく、一旦関川のほうへ走らせた。そして、関川に沿って海岸へ出て、安寿と厨子王の慰霊塔に向かう。そこにある琴平神社に参った。

 この琴平神社の境内で、男の子と女子が、花(レンゲ?)で冠を作っていた。女の子が指導しているようだが、男の子がうまくいかないことにいらだっているようだ。おとこのこは、しきりに『もう少し待ってよ』と哀願していた。こんな情景は、名古屋では見ることができないかもしれない。


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2007年09月23日

記念堂で法話を聞く 06旅の記録 第2日 13

 第2日 上越市内を走り回る  その13
    親鸞聖人上陸記念堂・林正寺のご住職の法話を聞く

 ところてんを食べて、車に戻り、上陸記念堂に向かう。団体さんがくるのはわかっているから、少し前に行っておこうと思ったのだ。バスが来たら駐車もままならないかもしれないもの。

 駐車場で、車はすいているときはバス用のところに置くのだが、今はバスのことを考えて乗用車用に入れた。記念堂に向かった。小柄な女性が草むしりをしている。昨年話をした女性かと思って、声をかける。



 どうも、昨年の女性ではないようだ。ちょっとばかり、つっけんどんに返事が来た。話では、今は3人の女性が交代で記念堂をお守りしているとのこと。ということで、私の思い違いという指摘を受けた。
 
 記念堂を見るとお坊さんがいる。ひょっとしたら林正寺の住職かと女性に聞くと、そうだという。もうじき法話があるから聞いていったらと言う。法話を聞くことよりも、住職と話がしたかったので、声をかけようとしたら、なんとそこに件の団体さんが来てしまった。住職はそちらの相手をしなければならないから、私は声をかけることができなくなった。

 団体さんは、大阪市高槻の西本願寺系の団体さんらしい。大阪くんだりからバス旅行。皆さん私と同じくらい、いや上もおいでになる、それなりの年配の団体だ。まあこうした団体さんはえてしてマナーはよくないものだが、まあまあそんなに酷くはないと思ってみていたら、引率の僧侶がくわえタバコで記念堂の庭を歩いている。なんとまあ嘆かわしいことだ。少しは文化的な意味を持つところと考えて、タバコは遠慮するものだ。

 団体さんは、なんだかんだと歩き回っていたが、法話があるから記念堂に入れという言葉でみんな記念堂に入る。私も暇だから、それに住職がどんな話をされるの聞きたくて同じように中に入った。
 
 住職の話が始まった。親鸞の話をしている。話し方はすらすらというものではなく、時々つっかえたりする。話の調子は、落語家の三遊亭小朝を素人にした感じだ。非常にソフトである。うまいとはいえないが(失礼)、みんながじっと聴くことになるのではないかと思う。私のように、早口でまくし立てるタイプではない。おそらく多くの人が、朴訥とした印象を持つことだろう。

 住職の話に出てくる内容は、私としては目新しいものがそんなにあるわけではない。まあ、解釈が違うなぁと思うものもあるが、これは宗門の人に語るときに有効なものだろうと思う。
 ひとつだけ私としては目新しいものが。それは、親鸞が親不知・子不知を歩いて海岸を越えただろうという話だ。親鸞が流されてくる12年前に源義経がやはり親不知・子不知の岸を歩いた記録があるという。あの岸は、潮が引けば歩くことができるということなのだ。
 これまで私の読んできたもののすべてが、船で親不知子不知を越えたとあったという記憶なのだ。

 前日のあの親不知のお休みどころの写真がこれで生きてくる。
   
 昨日は、上から岸を見下ろしたが、歩けるようなところはまったくなかった。だから、とても歩けるところとは思いもしない。800年近く前と今とでは地形も異なるかもしれない。
 
 上越近くの古い資料は室町時代以降のものしかなく、それ以前のものはまったくないということだ。この越後の地は今の世でも大きな地震に見舞われる。五智国分寺も本来はもっと海の方向にあったということである。 (現在の上越市の東のほうにあったという説もあるようです。)
 魚津の埋没林もそれをうかがわせる。ということは、ある時代に大きな地震に見舞われ、海岸の地形が変わっているとも考えられる。大地震は過去の資産と飲み込むと当時に地形も変えている可能性は十分にある。

 話がそれてしまった。
 住職の話は30分ほどあったのか。暑い日で汗をかいていたが、海から吹き込んでくる風がちょっと寒さを感じさせた。


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Posted by 生田 at 00:00Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2007年09月22日

今日の料理

今日は、大学の講義の後で 墓参りに行ってきた。
 今日は、母の月命日でもあるので。

帰りに夕飯のねたを買う。
 何にすると聞かれた
 何も考えていなかった
  ちょっと肉が食いたくなった。(肉売場の横)
  野菜炒めでもするか
  焼きそばが食べたくなった (麺類の売り場)

 このあとで、
  野菜、ピーマンともやしを買って
  そのまま自宅に直行
  
 もう6時を回っている。
  そのまま料理開始。
   キャベツを切って、ピーマンを切って
   肉を切って
  大きいフライパンで野菜をいため
  小さいフライパンで肉をいため   (同時に)
   味付けは、塩と胡椒とウスターソース
   3人分をいためる
   肉は全部に火がとおったところで野菜に加える。
  
 そばは細い麺 4人前
   これは一度に出来ないので、
   野菜を一旦さらに上げて
    そばを2回に分けていためる。
    味付けは、塩、胡椒、ウスター
   そばがそれなりにいためあがったところで
    具の野菜と肉を入れてもう一度いためる。

 以上は私以外。

 私用は、これににんにくを刻んだものを別にいためて加えてある。

 私はもちろん、ほかの2人も完食。 赤生姜を忘れた・・・・

ちょっと足りなかったかなぁ?? 量が。  

Posted by 生田 at 21:26Comments(3)TrackBack(0)不器用男の料理
  
2015大津・京都の旅
1泊2日のドライブ旅行
2015北海道・道東の旅
1週間870kmのドライブ旅行
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OB会の後に鎌倉と横浜に行ってきました
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鞆の浦、竹原、宮島に行きました
14年秋 京都宿泊の旅
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13年秋 京都ドライブ旅
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生田
生田
 トップの写真は、我が家の庭で、鳥達につつかれ実もなくなり枯れ果てた柿の枝です。人生も同じで、仕事仕事で突き回されてここまで来て、落ち着いたら、だんだん枯れていくんだという思いです。  
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