2016年10月12日

2016年9月 高山・平湯・上高地の旅 6 飛騨千光寺3

 飛騨千光寺の寺宝館で両面宿儺に対面し、これは頑張らねばという決意をした。そして、僧坊に向かった。
 実は、寺宝館の前に休憩所があるのだが、そこにどなたが彫られたものかは存じませんが、本物と同じ大きさの両面宿儺の模刻が置いてあった。大変失礼だけど、本物を見た後では見ない方が良かったと思ったものだ。。。

 それを見た後で、僧坊に向かって歩いて行く。とちゅには観音さんやら花が並んでいた。少し登りますね。。。テレビなどで見るときは、だいたいがこの僧坊が先に出て寺宝館が後だからこんな景色を見たことはなかったが、それでもテレビで見る僧坊のイメーが思い起こされる。

 僧坊の前に来ると左側が崖になっていて、下には仁王門が見え、仁王門からは結構急な、段数の多い階段で上がらねばならないことがわかる。車が一台止まっていたが、寺宝館には客がいなかったからすでに僧坊に入っておられるんかなぁ・・・それにしても、大駐車場に車を止めて正解だったよ。仁王門の前に止めていたら、あの階段を上るという私には苦手なことをしなければいけなかったのだ。ほっ。

 朱印をもらうために来たのだが、窓開いてないよ。。。インターホンのボタンを押したら、「朱印ですか?」と返事があり、ちょっとタイムラグアがあってご住職(だと思う)が出てこられて、朱印帳に書き込んでくださった。もちろんお代300円はお払いしてます。
 その後、この寺のご本尊の十一面観音を拝観したいと申し出たら、どうぞということだ。「拝観料は?」と聞いたところ、寺宝館の拝観料に含まれているからご自由に中に入ってご覧あれと言われ、中に消えていかれた。
 入口の木戸を開け、中に入り、靴を脱いでおくに入らせてもらった。左手に進むと仏像があった(あれっどんな仏像だったか記憶から消えている。。。歳だなぁ)その前に座って合掌したのだがどうにも十一面観音ではないと思って、キョロキョロしたらまだ奥があって、階段を上がって行くと本堂に行けるらしい。
 本堂に向かって階段を上り、廊下をあちこち曲がってちょいと歩きました。そして、「開けたらか必ず閉めろ」と書かれた木戸を抜けると外に本堂があった。入り口がわからず一回りしたら、障子から十一面観音が見えると、そこからの置いたのだが、へぇ?って感じで帰ろうとしたらまた木戸があって、それをかけると本堂の中に入ることができた。
 天井には龍の絵があり、正面には暗いのでよくは見えなかったが立派な十一面観音が立っておられた。こんな山奥に、いつ誰がお建てになり、十一面観音を祀られたのだろう・・・寺伝を読んでくればいいものを読まない私の悪い癖です。お行きになったら、読んで来てください。

 さて、目的は果たしました。ということで、元来た道を引き返し、車に乗りました。そしてまたあの坂道をくねくね曲がりながら158号戦に降りて逝きました。  

Posted by 生田 at 21:35Comments(0)TrackBack(0)旅行など

2016年10月12日

仏さんに惚れ込んで。。。12 興福寺国宝館 沙羯羅像

 興福寺の国宝館には本当にたくさんの国宝の仏像がある。どれもこれも力作で、どれに惚れ込んでもしょうがないとも思えるのだが、その中でもいくつか私の好みの仏像がある。今回は八部衆の一つ沙羯羅像について書くことに。

 興福寺国宝館でいちばんの人気は、言わずと知れた阿修羅像だが、これも八部衆の中の一つ。確かにあの三面六臂のあの凛々しい顔は、だれもが惚れるだけの要素を持っているとは思う。私の場合は、その阿修羅を差し置いて他の八部衆が好きということは、どうにも私の反体制の気持ちが出ているのかもしれない。
 反体制といえば、野球で言えば巨人、ドフトバンクが嫌い、相撲では昔大鵬の時代には柏戸が好きだったし、仏さんの世界では立体曼荼羅のど真ん中に入り大日如来が嫌いで阿弥陀さん大好きなんよなぁ。。。
 その流れからかもしれないが、阿修羅よりも沙羯羅(さから)の方が好きなんだよねぇ。

 興福寺は結構な回数いっている。何せ大阪に住んでいる時は、近鉄電車で奈良まで行けば、ちょいと東に移動すると興福寺なんだからね。豆まきなんかも行ったことあるんだよなぁ。。
 最初に訪れたのは、小学校の修学旅行。雨の中、JR(当時の国鉄)関西線で奈良駅まで行き、そこから歩いて猿沢池まで一直線。そして猿沢池から五重の塔に上がる階段のところで記念撮影をした。もう60年も前の話なのに今でもしっかりと覚えている。
 しかし、奈良の記憶はそれだけ。興福寺で何見たのか、東大寺で何見たのかさっぱり覚えていない。代わりに猿沢池の階段の上の右側に女の子が埋められたところがあるけど、そこで先生がとくと話をしてくれたことは今でもあたまにのこっている。なんで????

 ということで、記憶にあるのはやはり大学の木美術研究(古美研)の時。しかし、その時に印象に残ったのは、阿修羅でも沙羯羅でもなく違うものなんだよなぁ。これはいすれ書くことにします。
 そのあと興福寺は何度も言っているにもかかわらず、なせか国宝館(昔は違う建物に収蔵されていたともう)には行っていない。理由は全くわからない。ひょっとしたら、写真を撮ることができないからなのかもしれない。大阪在住の時は、重いカメラと三脚持って行ってたからなぁ。
 沙羯羅に惹かれることになったのは、一昨年だった北円堂だか南円堂だかの修復ご開帳の折についでに立ち寄ったのだ。昔と違って綺麗になた国宝館に足を踏み入れ昔とは仏像の配置も変わったなぁなんて思いながらメインの展示室に入った。そこには阿修羅をど真ん中にした八部衆があった。向かって右から左に見ていく。まだ阿修羅まではいかない。秘湯ひとつ見て行き、アァ結構可愛いイ顔した仏像だなぁと思ったものだ。(写真はネットのものを拝借)
 そして、その中でもいちばん可愛いと思った小笠からなのだ。どうして、多くの人が阿修羅を好むのだろう?と不思議でならないのだ。

 可愛い顔が好き。沙羯羅の顔は少年だよねえ。確かにこの顔好きだよ、でも現実の世界で美少年が好きなんて趣味は持ち合わせていないので、誤解しないでください。可愛い孫は大好きですが・・・・うわぁ
 この沙羯羅もできればもう一度は見ておきたい像の一つですが、さて見にいくかなぁ???
   

Posted by 生田 at 15:20Comments(0)TrackBack(0)寺と信仰

2016年10月12日

仏さんに惚れ込んで。。。11 東大寺法華堂 不空羂索観音

 東大寺は、何度行ったか?小学校、中学の遠足、大学の古美研、就職して大阪に住んでから2度、名古屋に戻ってから2度くらいかなぁ??この法華堂(三月堂)に足を運んだのは、大学の古美研の時と娘が奈良の大学に入学した際に送り届けたその翌日早朝に訪れている。つまり2度だけ。
 3回目の時は、前述したように早朝だった。早朝の割にはもう拝観が許されていて、朝日の木漏れ日(字が違うか?)が差し込む堂の中での拝観となった。あの堂々とした不空羂索観音には圧倒されたものだ。造形的にはかなり難しいものだけど、どなたが彫られた(ではないなぁ、脱活乾漆造だから)ものか、心からその仏師に手を合わせたくなったものだ。




 ただ、今思うと、不空羂索観音の脇侍が日光月光だよなぁ。。。不思議に思うんです。日光、月光という菩薩さんたちは、一般的には薬師如来の脇侍と記憶しているが、なんで同じ観音さんの脇侍をお務めなのだろうと。。。。大体は、一つ位の下の点が脇侍なるんだけどねぇ。

 今気になってネットWikipediaで調べたら、この法華堂不空羂索観音の脇侍は、今は日光、月光と称されているが、本来の仏像名は不明とある。ではなぜ、いつから今のようになったのかと、さらに疑問になるのだが。。。

 そんなことはさておき、とにかくこの不空羂索観音は威圧感がある。でかいからだけではないと思うのだなぁ。。やはりできがいいからだと思うんだよな。でも、京都の東寺の立体曼荼羅を最初に見たときのような威圧感ではない。東寺の威圧感はあの大日如来のふてぶてしい顔がそう思わせたのだろうと思う。

 日光、月光に関しては、戒壇院の四天王と同じようになんかリアルだよなぁって。でも大きいからちょっと気持ち悪い感じがした。それと比較するから、余計に不空羂索観音が引き立っているのかもなぁ。

 そうそう、不空羂索観音の漢字の読みなんだけど、どうも最近は「ふくうけんさくかんのん」というらしい。しかし、私らは「ふくうけんじゃくかんのん」と”じゃく”と濁音で教えられている。なので、講座やテレビのナレーションで「さく」と言われるとものすごく違和感を覚えるんだなぁ。

 
 ちなみに、京都の「修学院」も今は京都の市バスすら「しゅうがくいん」と発するが、私らは「しゅがくいん」と教えられているんで、これも違和感がある。
 そういえば、名古屋の「鶴舞」も「つるまい」ではなく「つるま」なんだよなぁ。読めない人が多くなると言葉、漢字の読みもかなり変わるものですね。。
  

Posted by 生田 at 10:35Comments(0)TrackBack(0)寺と信仰
  
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 トップの写真は、我が家の庭で、鳥達につつかれ実もなくなり枯れ果てた柿の枝です。人生も同じで、仕事仕事で突き回されてここまで来て、落ち着いたら、だんだん枯れていくんだという思いです。  
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