2007年07月09日

旅の記録 下妻市 小島草庵跡

 2005年5月10日 茨城県下妻市  小島草庵跡
     または、 日本横断 その3

 さて、話を本筋に戻そう。国道125号線は北西から西に大きくカーブしている、そして、下妻市にはいった。もう1時に近い時間だ、2時間近いドライブをしているので、トイレ休憩をしなければ。目の前の高架橋の手前にJASCOがある。全国どこに行ってもJASCOがある。よくよくお世話になるショッピングセンターだ。

 時間があるときならば、じっくりマーケッティングしていくのだが、先を急ぐのでトイレを拝借しただけで車に戻った。そして、地図で確認したところ、もう草案跡のところまでそんなに距離ではない。

 車を国道に戻し、西に向かう。以前草案に入る道が非常にわかりづらく狭かった記憶がある。前回は家内が同乗していたので、ある程度のナビをしてもらっていた。しかし、今回は私ひとりの力でたどり着かねばならないのだ。そんな緊張感があるにもかかわらず、前に入った入り口がわからない、通り過ぎてしまった。
 関東鉄道常総線を越えたところのT字路で通り過ぎたことを知り、ユーターンのためにその交差点を左折。その道でユーターンしてきて、同じ交差点を右折して国道に戻ったものの、右側の入り口の道がわかりづらい。
 あったと思って反対車線に曲がって飛び込んだところはなんと個人の家の入り口、ほんの少し前に細い道があって、それが前回入り込んだ細い道のようだ。交通量が少なくてよかった。いったん国道でバックして、その細い道に入る。
 すれ違いなどできない私の車の幅いっぱいなのだ。対向車が来ないことを祈って先進。幸いというか当然というか、対向車は来なかった。次の小さい交差点で左折、この道でよかったのだが、ここで右から小型乗用車が。地元の女性だろうと思われる運転。確かに細い道だが、非常にごゆっくりである。気がせいているだけに、余計に遅く感じてイライラ。
 
 それにしてもこのあたりが、数年前に来たときと変わっていない。何の変化もないといってもいいだろう。なんとなくその変わりのないところが懐かしくは思うのだが。田んぼの中をまっすぐではないが、目的地に向かっている。だだっ広いところにぽつんとコンクリートの建物がある。前回来たときにもあったのだが、実はこれが小島草案跡の現在の目印といっていいかもしれないのだ。それにしても無粋なものと思う人が多いのではないだろうか。

 小島草案跡は、だだっ広い中にぽつんと大きな木があって、その下に五輪塔がいくつか並んでいるという風情が一般的なのだ。本にはこのコンクリートに建物があるなんて書いていないのだ。つまり、最近の本では昔誰かが書いたものをパクリ引用で書くと当然この建物は出てこない。出てきても雰囲気などわかりはしないだろう。
 前回来たときは、この建物がまだ出てきて間もないときだったのかもしれないが、人が沢山いたように思う。しかし、今回は人の気配を感じない。確かに中に車は止まっているのだが、人の気配がない。これが「茨城県西農業共済組合」なのだ。
 MapFanというインターネットの地図検索サイトがあるが、なんとこの共済組合は書かれているが、小島草案跡は何も書かれていないのだ。下妻市の指定史跡なのだが・・・

 下妻の草案跡は、指定の駐車場がある。バスでも止められるような広さだ。前回は、指示とおりにその駐車場に車を止めたが、誰もいないのにそんなところに止めなくても、草案跡のすぐ横に止めればいいのだ。


 小島草案跡 は、前回はきれいに掃除されていた。しかし、今回は荒れている。2年前に行った板倉町の恵信尼の墓(廟書)といわれいているところほどひどくはないにしても、雑草も伸び放題に近いし。それにしても、ここは誰が掃除をするのだろう?浄土真宗教団のどこかの寺か?それとも市指定史跡と指定をしている下妻市なのだろうか?
    (帰ってからのネット検索の結果では、管理者は下妻市)

 多くの場合、寺の関係、寺にある婦人会の方々がお掃除をなさったりするのだが、この近くにはお寺はないよぉ。。。。多くの古い施設は、西本願寺が管理されているように思えるが、ここはお西さんは、管理されていないのかな?

 まずは、大きなイチョウの木の下にある枯れかかっている花の生けられたものに向かって、手を合わせる。しかし、五輪塔はそのイチョウの反対側、後ろにあるのだが。なにか感じが違う。どうも、手を合わせたものは西を向いてるようだが、五輪塔はイチョウの東にある。なにか作られすぎた印象は、前回も感じている。

 名古屋に帰ってから、いろいろネット検索して見つけるものには、この地方の浄土真宗寺院の多くが大谷派(東本願寺)が多い。なぜ?????

 長居をすることも思わせないほどの殺伐とした印象。草案を離れて道に田んぼ道に戻ると、ちょっとはなれたところに筑波山が見える。周りはただ平坦で何もないのだ。利根川が氾濫したら、この辺りは必ずといっていいくらい水に浸かったのではないだろうか。

 高田専修寺の周辺も、同じことが言える。住職はそんなことはないように言っていたが、私は、氾濫したときは、昔ならば必ず水に浸かったと思うのだ。
 小島での水害、高田での水害、そんな経験が稲田の山の上に引っ越すことになったということは考えられないのだろうか。前にも書いたが、親鸞が京都以外のところで高いいとこに住んだのは稲田だけなのだ。

 親鸞は、虐げられた人々に向かっての布教をしたということが多く語られている。もし、この小島草案にしても、高田専修寺の近辺にしても、水害で命を落とすことが多かったとしたら、またこのあたりの人々が、二宮町で二宮尊徳が農業を振興背させるためにいろいろ苦労をしたように、多大な収穫を求められるような政治的な圧力に虐げられていたとしたら、そうした虐げられた人々に心の安らぎを与えるための布教をしていたとも考えられるのだが。

** 次回は、長野に向かって走ります。 しかし・・・・ **


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過去の記録
 2005年5月9日
  名古屋から軽井沢 その1
  名古屋から軽井沢 その2
  軽井沢から達磨寺
  達磨寺から高崎・前橋
  前橋から専修寺 R50号線
  栃木県真岡市で宿泊
 2005年5月10日
  栃木県二宮町の朝
  朝のお勤め 高田・専修寺
  高田・専修寺 その2
  稲田・西念寺
  水戸市河和田 報佛寺
  報佛寺 坊守さんのお話
  筑波山麓を走る

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 トップの写真は、我が家の庭で、鳥達につつかれ実もなくなり枯れ果てた柿の枝です。人生も同じで、仕事仕事で突き回されてここまで来て、落ち着いたら、だんだん枯れていくんだという思いです。  
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