2010年11月01日
事故を見た
今日、車で買い物に行き、買い物を終えて相生山のダイエーの交差点から北に坂を上ったところの信号とバス停ののところで事故を見たのだ。
軽乗用車の後ろのガラスが割れて、その後ろにバイクが倒れていた。そして、男の人が抱えらて立ち上がったところだった。
運転中なので詳しいこともわからないが、軽乗用車の後ろのガラスが割れて、しかも後ろにガラス片がないということは、ひょっとしたらバイクが追突して、ライダーがガラスに突っ込んだろうか??
けがなどの様子もわからないが、大したことがないことを祈っている。
皆さん薄暮になる時間は気をつけましょう。
軽乗用車の後ろのガラスが割れて、その後ろにバイクが倒れていた。そして、男の人が抱えらて立ち上がったところだった。
運転中なので詳しいこともわからないが、軽乗用車の後ろのガラスが割れて、しかも後ろにガラス片がないということは、ひょっとしたらバイクが追突して、ライダーがガラスに突っ込んだろうか??
けがなどの様子もわからないが、大したことがないことを祈っている。
皆さん薄暮になる時間は気をつけましょう。
タグ :自己
2010年11月01日
10年秋の平泉への旅 11 長岡JC~黒崎PA
米山からの佐渡を見ることができなかったことはものすごく残念。悔いても悔いても・・・・といっても自分の力ではなんともならないことなので、すっぱりと諦めないとこの先のドライブができなくなる。
ということで、気持ちを切り替えて、本線に戻る。
米山SAを過ぎると高速は海から遠く離れていく。長岡JCは越後平野の真ん中にあるからそちらに向けて山側に移動するのだ。
長岡JCまでは結構上り下りがある。越後平野の中を走るというイメージからするとかなり違う。しかし、長岡JCを過ぎると本当に平ったいところを走ることになる。(ナビは長岡JCでもすんなりと案内してくれた。かなり高速では楽だな)
この長岡JCから先を走ったのはもう15年くらい前になるかと思う。あの時に比べたら交通量は10倍くらいに増えているんではないかとすら思うくらいに交通量が多い。特にJCで東京方面から割り込んでくる車が本当に多かった。
右側を上越新幹線が走っているが、前に来た時は『燕三条』の駅付近はあまり建物もなく閑散とした印象だったが、今は結構きれいに建物も多く時代の流れを実感する。
新潟JCの手前の黒埼PAで一休みすることに。
家を出てから7時間を過ぎた12時09分だ。これだけ走ってきた割には疲れを感じないのは、緊張の中にあるからだろうか?走行距離470キロ、まだ行程の半分少しを過ぎたところだが。
この時間になると車の中は温室になっている。上越に入るまでは妙高高原という高地を走ってきて冷えていたが、平野に入ったところで外気温も高くなっているようで、窓を閉め切っていると車の中は温室になる、かなり汗をかくようになった。太陽もまぶしくなっている。エアコン嫌いな私は、高速では珍しく窓を少し開けて走るようになったくらいだ。
この黒埼PAでは写真を撮ることもなく、だって海も見えないし。。トイレを拝借しただけなのだが、さすがに腹が減ったので、持ってきたパンをかじってお茶を流し込んだりしたことで15分近くを費やしている。
そうだ、このPAで今夜の宿泊先を予約したのだ。だから時間がかかっているのを思い出した。楽天の予約センターに電話をかけて平泉のホテルの空きを聞いたらもう埋まってしまったというので、
いたしかたないので一関のインター近くを指定したらすんなりと空いていた。そこを予約してこれで今夜の寝るところはく確保、まぁそんなにあわてることもないと一安心。
この先の新潟JCから先は会津若松~郡山間を除くと全て初めての高速道路。緊張もするわな。景色も初めてになるので、心に余裕を持たせる必要もあるという、そんな準備の休憩でもあったようだ。ホテルの予約で本当に安心できている感じかな?
本線に戻って、一路北の新潟JCを目指す。
***この記事・写真がないので行程の地図を***
ということで、気持ちを切り替えて、本線に戻る。
米山SAを過ぎると高速は海から遠く離れていく。長岡JCは越後平野の真ん中にあるからそちらに向けて山側に移動するのだ。
長岡JCまでは結構上り下りがある。越後平野の中を走るというイメージからするとかなり違う。しかし、長岡JCを過ぎると本当に平ったいところを走ることになる。(ナビは長岡JCでもすんなりと案内してくれた。かなり高速では楽だな)
この長岡JCから先を走ったのはもう15年くらい前になるかと思う。あの時に比べたら交通量は10倍くらいに増えているんではないかとすら思うくらいに交通量が多い。特にJCで東京方面から割り込んでくる車が本当に多かった。
右側を上越新幹線が走っているが、前に来た時は『燕三条』の駅付近はあまり建物もなく閑散とした印象だったが、今は結構きれいに建物も多く時代の流れを実感する。
新潟JCの手前の黒埼PAで一休みすることに。
家を出てから7時間を過ぎた12時09分だ。これだけ走ってきた割には疲れを感じないのは、緊張の中にあるからだろうか?走行距離470キロ、まだ行程の半分少しを過ぎたところだが。
この時間になると車の中は温室になっている。上越に入るまでは妙高高原という高地を走ってきて冷えていたが、平野に入ったところで外気温も高くなっているようで、窓を閉め切っていると車の中は温室になる、かなり汗をかくようになった。太陽もまぶしくなっている。エアコン嫌いな私は、高速では珍しく窓を少し開けて走るようになったくらいだ。
この黒埼PAでは写真を撮ることもなく、だって海も見えないし。。トイレを拝借しただけなのだが、さすがに腹が減ったので、持ってきたパンをかじってお茶を流し込んだりしたことで15分近くを費やしている。
そうだ、このPAで今夜の宿泊先を予約したのだ。だから時間がかかっているのを思い出した。楽天の予約センターに電話をかけて平泉のホテルの空きを聞いたらもう埋まってしまったというので、
いたしかたないので一関のインター近くを指定したらすんなりと空いていた。そこを予約してこれで今夜の寝るところはく確保、まぁそんなにあわてることもないと一安心。
この先の新潟JCから先は会津若松~郡山間を除くと全て初めての高速道路。緊張もするわな。景色も初めてになるので、心に余裕を持たせる必要もあるという、そんな準備の休憩でもあったようだ。ホテルの予約で本当に安心できている感じかな?
本線に戻って、一路北の新潟JCを目指す。
***この記事・写真がないので行程の地図を***
2010年11月01日
10年秋の平泉への旅 10 米山SA
米山SAに着いたのが10時34分。当初の予定よりも早いけど、所要時間としてはかかりすぎだよなぁ。
そんなことよりも佐渡はどうなのだ?車を降りるとすぐにレストラン棟の後ろに回った。海が見える、海が見える、久しぶりに見る青い日本海だ。いつも日本海は黒いイメージだけど、この青い海は2回目だぞ。そして目をこらず。北の方向を目を凝らしてみる。佐渡の島影は????
こんな写真が何枚も撮ってある、最高に拡大してみても佐渡の島影らしいものは写っていない。天気が良くても海から立ち上る水蒸気で見えないのだろう。あぁ。今回も残念だなぁ。。。
(佐渡を見たのは、40年前に札幌から大阪に飛ぶジェットの中から見ただけだ。地上から見たいのだぁ。)
どっちにしても、ここでも今日も佐渡を見ることができないことはわかった。帰りにもこのSAには立ち寄ると思うので、その時の天気を期待するしかないようだ。
とまぁ、残念な気持ちはいたしかたないが、来たことで現状の写真だけは撮っておこうとあちこち動いて撮ったものを載せておきます。(ただし一部です)
島影のように見えるのは新潟方面の陸です
こんなきれいな海の向こうに佐渡があるんです
こうした岩も点々とあります。これのかなり北に「笹川流れ」があるのです
これがSAの名前の由来の米山らしい。
午前11時という時間は、
海から山を見ると逆光になるんですね。
そんなことよりも佐渡はどうなのだ?車を降りるとすぐにレストラン棟の後ろに回った。海が見える、海が見える、久しぶりに見る青い日本海だ。いつも日本海は黒いイメージだけど、この青い海は2回目だぞ。そして目をこらず。北の方向を目を凝らしてみる。佐渡の島影は????
こんな写真が何枚も撮ってある、最高に拡大してみても佐渡の島影らしいものは写っていない。天気が良くても海から立ち上る水蒸気で見えないのだろう。あぁ。今回も残念だなぁ。。。
(佐渡を見たのは、40年前に札幌から大阪に飛ぶジェットの中から見ただけだ。地上から見たいのだぁ。)
どっちにしても、ここでも今日も佐渡を見ることができないことはわかった。帰りにもこのSAには立ち寄ると思うので、その時の天気を期待するしかないようだ。
とまぁ、残念な気持ちはいたしかたないが、来たことで現状の写真だけは撮っておこうとあちこち動いて撮ったものを載せておきます。(ただし一部です)
島影のように見えるのは新潟方面の陸です
こんなきれいな海の向こうに佐渡があるんです
こうした岩も点々とあります。これのかなり北に「笹川流れ」があるのです
これがSAの名前の由来の米山らしい。
午前11時という時間は、
海から山を見ると逆光になるんですね。
2010年11月01日
10年秋の平泉への旅 9 上越通過・大潟PA
上信越自動車道最後のIC高田ICを通過。このICは何年前だったか、そうだ5年前に来た時に降りたのだ。当時書きかけの小説のネタを確認するために、栃木、茨城を経由して日本横断をしたときに居多ヶ浜の夕陽を見るため飛んできて、ここで降りて山麓線を通ったのだ。
そんな昔の思い出を描きながら通過した。
上越JCは、これで2回目。
最初に利用したのは、初めて一人で上越に来た時上越ICまで行くのに利用した。上越に来るのは何回もあるけど、来るたびに入り方が違うのだ。この話は、平泉からの帰りに上越を通過することになるので、それまでお預けということでご容赦いただいて。
このJCはそんな複雑ではないから問題なく通過、そして北陸自動車道に入る。この北陸自動車道はオービスが何箇所かあることで有名らしい。広い高速の割には交通量が少ないから皆さん飛ばすから、その対策のようだ。これはいつだったか土地の人に聞いた話だ。そんなことが頭をよぎったので、あんまり飛ばさないように自重して。
借りてきたレンタのプリウスの運転も慣れてきたので、それなりに飛ばすこともできるようにはなった。しかし、今回の旅は、一気に800キロを走って、翌日からその分を数日かけてかけて、区切って帰ってくる。そのためにはあまり疲れてははいけないということもあって、緊張の度合いを少なくするためにも飛ばすことは抑えている。(めずらしい)
上越ICの横のJASCO(なぜかAEONではないのだ)の看板を左に見ながら通過する。
実はこの先は2回目なのだ。最初のときはまだ上信越道ができていなくて、長野から18号線で野尻湖まで来てペンションで一泊し、翌日早朝に18号線で上越入りして、この上越ICから北陸道に乗って、新潟まで行き、その先はまだ磐越自動車道が郡山~会津若松だけだったために、会津までを国道で走った時に利用している。
今回は、そんな昔なかったところが出来上がっているので乗ったり下りたりの面倒さがなくてありがたいと思うが、その分交通量が多くなっている。
上越通過は10時を回っている。米山SAまで走ってもいいけど、その前に小休止。ということで大潟PAによる。写真も撮っていないから海は結局見えなかったのだろう。正直記憶に残っていないのだ。
ただ、今地図を確認しているけど、この辺りは戦国時代に直江兼続らのほかに多くの上杉謙信の配下だった武将の名前の土地が結構あるところでもあるらしい。そして、海が近くて山が遠く平地が広くてコメ作りにはいい土地なのではないかと思う。
ここから海は見えるかどうかはわからない。とにかくノートにキロ数と時刻は記録したが、私の頭の記憶に残っていないから、どうだったのか分からない。多分にトイレだけの休憩をしたのかと思う。
しかし、黒姫野尻PAからただ50キロを走ったの過ぎないのに立ち寄ったというのは、ひょっとしたら海が見えるという思いがあったのかもしれないが、それが記録に無いのは見えなかったのだろうと思うが…
さて、ここからは左に海が近いが、残念ながら海までの距離はある。高速が海そのものに近いところとなると米山SAまで行かねばならないのだ。
私は、佐渡を陸からみたいのだ。何度も上越に来たけど一度も佐渡を見ることができないでいる。土地の人いわく、よほどいい天気でないと見えない、それに上越、直江津辺りでは無理だからか柿崎辺りに行かねばともいわれたが、柿崎で見えるのか?柏崎の間違いではとすら思うくらいに、上越の陸と佐渡とは距離がある。
とにかく米山SAに行けば佐渡が見えるとネットに書き込みもあるのだから、まずはいってみようと。それに当初の予定は米山SA辺りで昼食をとることにしていたからでもある。
そんな昔の思い出を描きながら通過した。
上越JCは、これで2回目。
最初に利用したのは、初めて一人で上越に来た時上越ICまで行くのに利用した。上越に来るのは何回もあるけど、来るたびに入り方が違うのだ。この話は、平泉からの帰りに上越を通過することになるので、それまでお預けということでご容赦いただいて。
このJCはそんな複雑ではないから問題なく通過、そして北陸自動車道に入る。この北陸自動車道はオービスが何箇所かあることで有名らしい。広い高速の割には交通量が少ないから皆さん飛ばすから、その対策のようだ。これはいつだったか土地の人に聞いた話だ。そんなことが頭をよぎったので、あんまり飛ばさないように自重して。
借りてきたレンタのプリウスの運転も慣れてきたので、それなりに飛ばすこともできるようにはなった。しかし、今回の旅は、一気に800キロを走って、翌日からその分を数日かけてかけて、区切って帰ってくる。そのためにはあまり疲れてははいけないということもあって、緊張の度合いを少なくするためにも飛ばすことは抑えている。(めずらしい)
上越ICの横のJASCO(なぜかAEONではないのだ)の看板を左に見ながら通過する。
実はこの先は2回目なのだ。最初のときはまだ上信越道ができていなくて、長野から18号線で野尻湖まで来てペンションで一泊し、翌日早朝に18号線で上越入りして、この上越ICから北陸道に乗って、新潟まで行き、その先はまだ磐越自動車道が郡山~会津若松だけだったために、会津までを国道で走った時に利用している。
今回は、そんな昔なかったところが出来上がっているので乗ったり下りたりの面倒さがなくてありがたいと思うが、その分交通量が多くなっている。
上越通過は10時を回っている。米山SAまで走ってもいいけど、その前に小休止。ということで大潟PAによる。写真も撮っていないから海は結局見えなかったのだろう。正直記憶に残っていないのだ。
ただ、今地図を確認しているけど、この辺りは戦国時代に直江兼続らのほかに多くの上杉謙信の配下だった武将の名前の土地が結構あるところでもあるらしい。そして、海が近くて山が遠く平地が広くてコメ作りにはいい土地なのではないかと思う。
ここから海は見えるかどうかはわからない。とにかくノートにキロ数と時刻は記録したが、私の頭の記憶に残っていないから、どうだったのか分からない。多分にトイレだけの休憩をしたのかと思う。
しかし、黒姫野尻PAからただ50キロを走ったの過ぎないのに立ち寄ったというのは、ひょっとしたら海が見えるという思いがあったのかもしれないが、それが記録に無いのは見えなかったのだろうと思うが…
さて、ここからは左に海が近いが、残念ながら海までの距離はある。高速が海そのものに近いところとなると米山SAまで行かねばならないのだ。
私は、佐渡を陸からみたいのだ。何度も上越に来たけど一度も佐渡を見ることができないでいる。土地の人いわく、よほどいい天気でないと見えない、それに上越、直江津辺りでは無理だからか柿崎辺りに行かねばともいわれたが、柿崎で見えるのか?柏崎の間違いではとすら思うくらいに、上越の陸と佐渡とは距離がある。
とにかく米山SAに行けば佐渡が見えるとネットに書き込みもあるのだから、まずはいってみようと。それに当初の予定は米山SA辺りで昼食をとることにしていたからでもある。