2007年07月26日
旅の記録 上越3日目 その3 五智国分寺奥の院を目指す
2005年5月12日 4日目 (上越3日目)
五智国分寺奥の院を目指す
林泉寺から、「毘」ののぼりが林立するものがたりの館」の横を抜け、加賀街道に戻った。
国道8号線に入って、左折する。五智国分寺の奥の院といわれている「明静寺」にいこうとしているのだ。地図はない。ただ国道8号線のトンネルよりも山にある。だからトンネルを越えたところあたりに入り口があるのではないかと、またもや思い込みの走りだ。
トンネルを越えてもそれらしいものはなく、途中でカニを売っている店に聞いても、「この土地の人間じゃない」というご返事で、あきらめてそのまま進むとJR北陸線の駅があるので、そちらに車を入れた。多分昔の国道ではないかと思う。
お年を召した方が歩いておられるので、「明静寺に行きたい」というと、五智国分寺の奥の院でということなどの説明をされてから、海岸の方向に下りて、看板にしたがっていけばいいという。車で行けるかどうかは聞かなかった。聞くべきだったのだが、行けると思っているから聞かなかったことが後で困ったことに。
車をユーターンさせて(元国道なのだろうが、今は海岸側に広い現在の国道がありみんなそちらを通る)、もときた道を引き返すが、海岸におりるところがわからない、結局またトンネルをくぐってしまった。ナビのなさ。悲しい。もう今度はレンタカーでナビ付きにしようと思う。今の車は、来年の車検でお別れだなぁ。長年連れ添ってもらっているのにね。 ( この車、廃車までは2年命が延びました)
トンネルを超えてたぶん旧国道と思う道を見つけて入り込む。海岸出に、出た、これをまた上越市街と反対の方向に行かねばならない。ご老人のお教えの通りの入り口があったのだが、非常に不親切な入り口で、本当の入り口よりもひとつ手前をほんの数メートルの違いだが手前を入ることになってしまった。この道を入ると山道で上っていく。なかなか案内板がない。行き着いたところにラブホテルがある。こんなところじゃないともっと上がると、公園に出てしまった。
迷い込んだところ
あらまぁ。。。 草刈をしている人に、お寺のありかを聞いたらご存じない、事務所があるのでそこで聞けとのこと。事務所は誰もいない。事務所を出て見回すとほかにも草刈の人がいる。どうも雰囲気はこれが事務所の人のようだ。この人に訪ねてもわからない。ようは、地元の人間もあんまり知らない寺のようだ。国宝があるというのに。
致し方ないので、もときた道を下りることに、さてこの道は私には苦手な勾配の道。対向車がいないからいいようなものの、左側は崖だよぉ。
何とか怖いのを我慢して下りきって、看板をよく見ると小さな川の向こう側にももう一本道がある。そこに車を入れたのだが、これが駐車場?確かにライトバンが1台とまっている。その右に細い道が山に上がっている。これかと思って上がり始めたが、どうも細すぎるし、対向車なんかが来ようものならにっちもさっちも行かなくなりそうだ。上ることのトライもあきらめて、バックした。
駐車場に止まっている車の人に聞いてみた。これがお寺に上がる道ですかと。よくは知らないけれど、無理なようなことをおっしゃる。どうも諦めたほうがよさそうだ。いとも簡単にあきらめた。
車を海岸に戻す。これが昔は国道だったのだろう。二股に分かれて、海岸に降りる道と、現在の国道8号線に向かう道がある。大昔は、ひょっとしたらこの海岸の道が加賀街道だったのか?いずれにしても、ここから西は山が海岸まで迫っている。東は、居多ヶ浜だ。
光源寺 **「明静寺」ぼ写真を掲載したいところですが**
私は海岸に降りて、居多ヶ浜を東に向かう。この道を通って直江津駅に向かう。駅は、親鸞ゆかりの地とは関係ないものだが、書きかけの小説の舞台だ。前回来たときは、駅舎を見るくらいで済ませてしまったが、ホームに立ってみたくなっているので、駅に向かうのだ。
上陸記念堂の横の道を通り抜け、とりあえず途中にある光源寺の写真を撮るために細い道を走らねばならない。
**次回は 信越線・北陸線の JR直江津駅 **
五智国分寺奥の院を目指す
林泉寺から、「毘」ののぼりが林立するものがたりの館」の横を抜け、加賀街道に戻った。
国道8号線に入って、左折する。五智国分寺の奥の院といわれている「明静寺」にいこうとしているのだ。地図はない。ただ国道8号線のトンネルよりも山にある。だからトンネルを越えたところあたりに入り口があるのではないかと、またもや思い込みの走りだ。
トンネルを越えてもそれらしいものはなく、途中でカニを売っている店に聞いても、「この土地の人間じゃない」というご返事で、あきらめてそのまま進むとJR北陸線の駅があるので、そちらに車を入れた。多分昔の国道ではないかと思う。
お年を召した方が歩いておられるので、「明静寺に行きたい」というと、五智国分寺の奥の院でということなどの説明をされてから、海岸の方向に下りて、看板にしたがっていけばいいという。車で行けるかどうかは聞かなかった。聞くべきだったのだが、行けると思っているから聞かなかったことが後で困ったことに。
車をユーターンさせて(元国道なのだろうが、今は海岸側に広い現在の国道がありみんなそちらを通る)、もときた道を引き返すが、海岸におりるところがわからない、結局またトンネルをくぐってしまった。ナビのなさ。悲しい。もう今度はレンタカーでナビ付きにしようと思う。今の車は、来年の車検でお別れだなぁ。長年連れ添ってもらっているのにね。 ( この車、廃車までは2年命が延びました)
トンネルを超えてたぶん旧国道と思う道を見つけて入り込む。海岸出に、出た、これをまた上越市街と反対の方向に行かねばならない。ご老人のお教えの通りの入り口があったのだが、非常に不親切な入り口で、本当の入り口よりもひとつ手前をほんの数メートルの違いだが手前を入ることになってしまった。この道を入ると山道で上っていく。なかなか案内板がない。行き着いたところにラブホテルがある。こんなところじゃないともっと上がると、公園に出てしまった。
迷い込んだところ
あらまぁ。。。 草刈をしている人に、お寺のありかを聞いたらご存じない、事務所があるのでそこで聞けとのこと。事務所は誰もいない。事務所を出て見回すとほかにも草刈の人がいる。どうも雰囲気はこれが事務所の人のようだ。この人に訪ねてもわからない。ようは、地元の人間もあんまり知らない寺のようだ。国宝があるというのに。
致し方ないので、もときた道を下りることに、さてこの道は私には苦手な勾配の道。対向車がいないからいいようなものの、左側は崖だよぉ。
何とか怖いのを我慢して下りきって、看板をよく見ると小さな川の向こう側にももう一本道がある。そこに車を入れたのだが、これが駐車場?確かにライトバンが1台とまっている。その右に細い道が山に上がっている。これかと思って上がり始めたが、どうも細すぎるし、対向車なんかが来ようものならにっちもさっちも行かなくなりそうだ。上ることのトライもあきらめて、バックした。
駐車場に止まっている車の人に聞いてみた。これがお寺に上がる道ですかと。よくは知らないけれど、無理なようなことをおっしゃる。どうも諦めたほうがよさそうだ。いとも簡単にあきらめた。
車を海岸に戻す。これが昔は国道だったのだろう。二股に分かれて、海岸に降りる道と、現在の国道8号線に向かう道がある。大昔は、ひょっとしたらこの海岸の道が加賀街道だったのか?いずれにしても、ここから西は山が海岸まで迫っている。東は、居多ヶ浜だ。
光源寺 **「明静寺」ぼ写真を掲載したいところですが**
私は海岸に降りて、居多ヶ浜を東に向かう。この道を通って直江津駅に向かう。駅は、親鸞ゆかりの地とは関係ないものだが、書きかけの小説の舞台だ。前回来たときは、駅舎を見るくらいで済ませてしまったが、ホームに立ってみたくなっているので、駅に向かうのだ。
上陸記念堂の横の道を通り抜け、とりあえず途中にある光源寺の写真を撮るために細い道を走らねばならない。
**次回は 信越線・北陸線の JR直江津駅 **
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2005年5月9日 | 2005年5月10日 |
名古屋から軽井沢 その1 | 栃木県二宮町の朝 |
名古屋から軽井沢 その2 | 朝のお勤め 高田・専修寺 |
軽井沢から達磨寺 | 高田・専修寺 その2 |
達磨寺から高崎・前橋 | 稲田・西念寺 |
前橋から専修寺 R50号線 | 水戸市河和田 報佛寺 |
栃木県真岡市で宿泊 | 報佛寺 坊守さんのお話 |
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下妻市 小島草庵後 | |
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2005年5月11日 | 2005年5月12日 |
上越2日目 その1 | 上越3日目 加賀街道 |
上越2日目 フェリー乗船場 | 上越3日目 謙信ゆかりの林泉寺 |
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